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インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント
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VI VI. 南アフリカ共和国におけるHIV母子感染の抑止
 Reducing Mother-to-Child Transmission of HIV Infection in South Africa
Jimmy Volmink,Patrice Matchaba,Merrick Zwarenstein
川上 純一   富山医科薬科大学附属病院 薬剤部
エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
序 論(Introduction)
政治的背景(Political Context)
ポリシーの論拠(Rationale for the Policy)
われわれからの報告書(Our Report)
反映と一般化(Reflection and Generalization)
文 献
用語集(Glossary)

政治的背景(Political Context)
 南アフリカには,現在のところHIV/AIDSに対処するためのエビデンスにもとづく包括的な国家ポリシーは存在しない。どのような介入を行うか否かについての方針決定は,エビデンスにもとづく組織的なアプローチのレベルには達していない。英国の国立最適医療研究所(National Institute for Clinical Excellence: NICE)のようなシステムは南アフリカでは有益であり,特に限られた情報源しかない状況において適していると考えられる。
■□■  エイズの流行に対する政府の対応  
  (Governmental Response to the Epidemic)  ■□■
 以前の国民党(National Party)政権の下では,HIV/AIDSは主に同性愛者や黒人のみに感染すると考えられて優先事項として考慮されなかったため,その政策に大きな成果はみられなかった。エイズが広まりつつあった1990年代初頭,南アフリカは政治的な転換期にあり,この問題に対処するための効果的な政府が存在しなかった。しかし,1994年にアフリカ民族会議 (African National Congress: ANC)が政権の座に就き,HIV/AIDSに対する合理的なアプローチが考案された。

 新政府は,HIV/AIDSに対する政府内のタスクフォース(当時副大統領であったThabo Mbeki大統領が初代議長を務めた)を任命し,この問題に対して迅速かつ決断力を伴った活動を行った。広報キャンペーンとHIVワクチンのための政府援助をただちに実施した。しかし不運にも,これらの取り組みは感染制御のための活動を妨げる論争に発展することとなった。このような状況の中で,エイズ感染は急速に広まっていった。以下の内容は,公表されている保健省からの回答である。
Sarafina II
 Sarafina IIは,アフリカの若者の間でのHIV感染拡大を抑止する教育のために制作された演劇である。作品は,1,400万ランド(約1億6000万円)で契約を結んだ南アフリカの人気劇作家によって制作された。しかし,これは費用対効果のよい対策ではないとの反感が高まり,すぐに世間から強い反発が起こった。また,プロジェクトの資金に対する不正行為も疑われた。寄付金(寄付は欧州連合EUから)を誤用したとの保健省に対する批判の中で,Sarafina IIは,途中で廃止となった。このスキャンダルは政府やエイズのための活動家,寄付者らの間の援助や信用を失うこととなった。
Virodene
 1997年,南アフリカのプレトリア大学の研究チームが,エイズのための薬物治療法を発見したと発表した。Virodeneと名づけられたこの薬剤には,工業用溶媒として使用されたジメチルホルムアミドが含まれていた。何人かの政治家は,科学的なエビデンスによる説明が不足していたにもかかわらず,この薬剤がHIV治療のための安価な代用手段であると発表した。その後,間もなく,有効性に関するエビデンスが不足しており,動物実験とヒトでの初期の研究から毒性(toxicity)も疑われたため,政府は臨床試験を許可しなかった規制当局である医薬品協議会(Medicines Control Council: MCC)との紛糾に巻き込まれることになった。この論争の後にMCCの会長は解雇された。

 その後,南アフリカ医学研究協議会(South African Medical Research Council) による独自のレビュー委員団が,Virodeneの有効性を高く評価した予備的試験の結果は明らかな不正であったと発表し,政府の立場は悪くなった。後になって,Virodeneの開発を支援した政府の決定の裏には収賄があったと反対派は主張した5)
SANAC
 三度目の論争はエイズ諮問協議会(AIDS Advisory Council)を南アフリカ政府エイズ協議会(South African National AIDS Council: SANAC)に交代させることから起こった。そして,HIV/AIDSに関連する問題について政府に助言を与えるために設立された新体制から,国内の多数のHIV専門家と主な非政府組織(nongovernmental organization: NGO)が除外されることとなった。この動きは政府に批判的な者を除外する試みであると考えられたため,大きな反発が起きたのであった。
AIDSに関する異論者 (AIDS Dissidents)
 近年,Mbeki大統領が米国のClinton大統領をはじめ各国の代表に対して,アフリカにおけるAIDS問題に関するHIV感染以外の要因の関与とその解決策を求める公開書状を出したことから,国際的な議論が起こった。この問題へのアドバイスを求めて,Mbeki大統領は,カリフォルニア大学バークレー校の分子生物学者のPeter Duesberg教授が率いる多数のAIDSに関する異論者を含め,エイズ専門家の国際委員会を開催した。Duesberg氏のエイズ問題に対する非科学的な考えは以前に科学誌上でも取り上げられたことがある6)。大統領によるエイズ委員会は2000年5月と7月に開催され,その討論の報告書は大統領に提出された。この報告書には,一般論者と異論者の2つの意見が述べられているだけであり,解決法は示されなかった。
■□■  政府とHIV母子感染の抑止  
  (Government and the Reduction of
 Mother-to-Child Transmission of HIV)
 ■□■
 南アフリカの保健省は,HIV/AIDSを有する妊婦に対して抗レトロウィルス治療を提供することを国家ポリシーとしてはまだ採用していない。しかし,国内外の研究から,抗レトロウィルス薬はウィルスのMTCTの抑止に有効で費用対効果があるというエビデンスが得られたことから,政府の立場は変わらざるを得なくなってきている。批判的な人々は,この状況を国内に流行しているHIV感染に対して取り組む意欲が政府にないものと一貫して解釈してきた。

 Mbeki大統領がエイズ2000国際学会をダーバンで開催することに同意した時には,多くの人々は,政府委員会が南アフリカにおいて有効で包括的なエイズ抑制計画を実行できているのかという疑問を大統領がこの機会を利用して解決してくれることを期待した。また,その計画の一部として,MTCTを抑止するために抗レトロウィルス薬が導入されることが予想された。しかし,これらの期待は実現されなかった。その代わりとして,保健省は2000〜2005年におけるエイズと性感染症への対策計画(HIV/AIDS & STD Strategic Plan)を発表したが,それにもHIVに感染した妊婦に抗レトロウィルス薬を使用することは記載されていなかった7)

 保健省(Department of Health: DOH)の対策計画では,HIVのMTCTの抑止は優先領域1(予防)の中のゴール3として挙げられている。このゴールの目的は,(1)カウンセリングガイドラインを作成して,カウンセラーを訓練することにより,胎児ケアクリニックにおいてHIVの感染チェックとカウンセリングを受けやすく改善すること,(2)HIV/AIDSカウンセリングに携わる産科医療従事者に対して訓練を行い,HIV陽性女性が包括的な産科医療サービスを受けやすくすることにより,HIV陽性女性のための家族計画サービスを改善すること,(3)関係するすべての医師と助産婦を訓練することにより,出産・分娩時の感染減少のためのガイドラインを実行することである。
■□■  政府と多国籍製薬企業  
  (Government and Multinational Drug Companies)  ■□■
 民間の製薬会社は,世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)によって管理されている知的財産権で保護されたHIV治療薬の特許をもっている。この特許は,国家がこれらの薬剤を製造し,安価なジェネリック薬を輸入することを禁止している。製薬業界の見解として,高い薬価は研究と開発のコストを取り戻すために必要であるとしている。

 南アフリカの政権に就いたANCは,必須医薬品(essential drugs)について価格を下げてより入手しやすいようにした。このことは製薬企業の利害と衝突し,米国やヨーロッパの国々との貿易上の論争を長引かせることとなった(http://www.cptech.org/ip/health/sa/)。特に,南アフリカにおける医薬品とその関連物質の管理修正法(Medicines and Related Substance Control Amendment Act)と,薬剤の早急な強制実施権(compulsory licensing)と並行輸入(parallel import)を当局に認めた法令の新セクション15cは,この論争の的となった。

 南アフリカ政府は,この措置はWTOの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Trade-Related Intellectual Property Rights agreement: TRIPS協定)には反していないと主張した。その協定では,通常は厳格な商業知的財産権に,例外として,医療の緊急対策が必要な貧しい国々が,国内において必要なジェネリック薬を安価に製造するために特許法をさまざまな方法で回避することを認めている。強制実施権により国家は,緊急事態においては利害に関わる企業に「適切な報酬」(adequate remuneration)を保証している特許の保有者から許可を得なくても医薬品を製造することが認められる。並行輸入では,国家は特許所有者の同意を得なくて医薬品を最低価格での提供者から購入することが認められている。

 これらが認められているにもかかわらず,上記の措置を導入することに対しては大きな障害が存在する。多くの国々は,これまで自国の医薬品産業を守ろうとする米国による貿易制裁におどされてきた。南アフリカは,米国政府から知的財産権を犯す可能性のある国として数年前には特別301条にもとづく監視リスト(301 Watch List)に挙げられていた。これは現在では廃止されたが,米国は南アフリカのポリシーを継続して監視することを言明した。

 さらに最近まで,製薬会社自体も南アフリカ政府に対して直接的な圧力をかけていた。南アフリカ製薬業協会(Pharmaceutical Manufacturers' Association of South Africa)に加盟している39社が医薬品法(Medicines Act)の制定を阻止するために南アフリカの裁判所に告訴していた。しかし,世界全体からの圧力もあり,近年になって企業側は被告側の費用を支払い,告訴を取り下げた。zidovudineを製造していたグラクソ・ウェルカム社(現在はグラクソ・スミスクライン社)は,Mbeki大統領と反対派のリーダーTony Leon氏との間での交換書状にも記されていたように,厳しい批判の的になっていた。

 抗レトロウィルス薬が高価であることはエイズ流行の抑制に対する主たる障害になっていると広く認識されており,UNAIDSを含む多数のグループは貧困者がエイズ治療薬を入手することを妨げている法律を批判してきた。国境なき医師団 (Medecins sans Frontieres: MSF)の発表では,公的研究機関は抗レトロウィルス薬の開発に多額の資金援助を行っており,またエイズ治療薬の承認期間は通常の医薬品業界全体の平均である87ヵ月の半分である8)。このふたつの要因によって,製薬企業が負担する研究開発のコストは減少し,そして抗レトロウイルス薬の場合はコストが高くなるという企業側の主張は弱くなった。さらにMSFは,抗レトロウィルス薬(zidovudine)は1964年に初めて合成されたものであり,そのHIVに対する効果を評価した研究は主に米国国立衛生研究所(NIH)から資金援助を受けていたことを指摘した8)。しかしグラクソ・ウェルカム社は,HIV/AIDS治療薬としてジドブジンの特許を取得したうえで,1987年に過去に市販された中で最高ランクの高額な医薬品として販売を始めた8)

 近年,幸いにも抗レトロウィルス薬のコストに関する重要な展開があった。2000年に,米国政府はエイズを国家の安全に対する脅威と位置づけ,Clinton大統領はサハラ以南のアフリカ諸国がエイズ関連の医薬品を容易に入手できるようにするための法的手段を取ることを政府として認める内容の大統領命令を発した。この告知は,国際連合(United Nations: UN)が発展途上国におけるHIV治療薬の価格を下げるために多国籍製薬企業5社と行った交渉が成立したことを発表したのと同時期に出された(http://www.hivnet.ch:8000/africa/af-aids/viewR?783参照) 。しかし,これらの発表に対する南アフリカ政府の反応は積極的なものではなかった。その理由として,南アフリカ政府は,製薬企業との交渉による価格の引き下げは永続的な措置や薬価問題に関する抜本的な解決ではなく,もし,南アフリカ国内のジェネリックメーカーから購入できる,あるいはブランド医薬品よりもはるかに低い価格でジェネリック医薬品を製造することに成功しているブラジル,タイ,インドなどから並行輸入できれば,価格をより低くかつ継続的に引き下げることが可能になると考えたからである。
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