この報告書(訳注:前号のI)が出版されようとしている間に,PBACはほとんどすべてのメンバーが入れ替わった。新しいメンバーには,12人の前メンバーからわずか2人と,これまでにはなかった医薬品業界からの人間が投票権をもつメンバーとして加わった。メディアと議会における長期にわたる議論のなかで,事実を知ったオブザーバーと連邦の野党は,オーストラリア政府が医薬業界の運動に屈服し,それにより費用対効果評価の世界でパイオニア的な方法の独立性と厳格さを損ねたと非難した。連邦政府はそれを強く否定し,旧PBACは医薬品業界に対してあまりにも批判的であったこと,また新しい委員会は,PBSの効率的な運営の中心となる重要な費用対効果分析を続けていくと強調し,一連の改造は正しいと主張した。
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医薬品局の大刷新(Pharmaceutical Board Shake-up) |
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2000年12月のオーストラリア議会の最終週に,政府は,PBACの会員資格について新しい法にもとづいて急いで改正するとの意向を示した。政府のスポークスマンは,新法は,PBACのメンバーにノミネートされる範囲を広げることと,人材入れ替えと新しい血を入れる機会を確保するために会員資格の任期を決めることを目的に提案されたと発表した。これらの変更については議論を呼ぶものではなく,また政府によるレビューでも,以前提案されてはいたが,これらの早急な実行は広くコミュニティからの疑念を呼んだ。
もっとも重要なことは,提案された新法は,旧委員会から新委員会への「過渡期」(transitional period)を設けず,厳格な時間的制限を会員資格について与えたため,過去分についても適用されなければならなくなった。これによって,中心となる会員や,彼らの専門知識また,集団としての記憶を,即座に失う結果となるところであった。会員の多くはこの性急な実行により委員会が弱体化すると,懸念を示した。
オーストラリア医師会(Australian Medical Association: AMA)は,「製薬会社は,この委員会における彼らの影響力を強化したいのであろう」と警告した1)。保健省の前大臣は,もし委員会が力を失うようならば,PBSの将来は存続が危ぶまれる,と述べた。彼は,「もし経済的に価値のない薬がリストに掲載されるならば,費用はさらに増加し,財務省はPBSの廃止を試みるだろう」と話した1)。
オーストラリア臨床・実験薬理学・トキシコロジー学会(Australian Society of Clinical and Experimental Pharmacologists and Toxicologists: ASCEPT)の会員は,「PBACの独立した機能に対する現在の威嚇に対し,多大な懸念をもっており,……医薬品行政プロセスの統合性(integrity)をひどく危うくさせ,オーストラリアの国民に損害を与えることになる。……現在の改正案が修正されなければ,これまでオーストラリアの国民に貢献し,また国際的にも高い基準(bench mark)と広く認められてきた,よく確立されている医薬品行政のプロセスの信用が失われることになる」とみていると厚生大臣に至急のメッセージを送った2)。
医薬品業界側としては,政府のPBACに対する改正案に賛成し,ある会社のスポークスマンは,改正は「新しい薬へのアクセス(access)と入手可能性(availability)を向上させる」と述べた1)。
これらの問題についてのメディアにおける公衆の議論にひきつづき,中央政府の野党は法案の修正について政府と交渉し,それが2000年の議会終了までに可決されることとなった。会員資格に関する過去分を含めての厳格な時間制限は修正され,野党は,技術的な意思決定という複雑な分野でスムーズな移行ができるよう,新PBACにおいて委員会の旧メンバーの多くが続投することを要請した。
2000年12月の改正案可決に続き,古いPBACは解散され,新しいPBACがすぐに開始された。新しいルールの下で,医学,経済学,消費者のグループが被任命者をノミネートし,厚生大臣がそのリストの中から12人を委員会に招いた。大臣は,委員会の審議のために必要な技術や知識をもつと思われる専門家を,ノミネートされた人材以外からも指名することができた。
新PBACが発表される前の2001年の初めに,政府が,PBACの投票権をもつメンバーに医薬品業界の人物を指名したと公的に知られるようになった。パネルは新薬の価値を評価し,勧告をなす権限をもつのであるが,企業の製品である医薬品に対する税金にもとづく助成金(subsidy)である,年間ほぼ40億オーストラリアドルに,直接影響を与えるのである。新しく任命された者は,製薬会社で長年にわたり重役を務め,2000年までの5年間近く,オーストラリア製薬工業協会(Australian Pharmaceutical Manufacturer's Association: APMA)の最高責任者(chief executive)を務めた人物であった。
その新事実は,政府からの新委員会加入招聘に対して5人もの任命者が辞退するという結果を導いた。さらに専門家,消費者団体,保健の専門家,オーストラリア国内とまた国際的な科学におけるオピニオンリーダー,医学雑誌編集者,新聞の論説委員,連邦の野党からの広い抗議を呼んだ。一方,いくつかの薬局グループ,製薬会社のスポークスマン,連邦政府,PBACの新メンバーは,その企業からの人物の就任を擁護した。
擁護者らは,業界からの人物は重要な知識をもっており,すでにどの製薬会社とのつながりもなく,また12人のメンバーからなる委員会に,1人では過度の影響を与えることはできないとした。批判者は,業界の人物が就任することは,本来適切ではなく,委員の間の率直な意見交換の場を損ね,またPBACでの投票は接近することが多く,一票は決定を左右すると主張した。
PBACのメンバーに業界からの人物が就任することは,製薬会社からのかねてからの要望で,このことは公表もされていた。しかし2000年の政府自身のタンブリング・レビュー(Tambling Review)で,「個々の会社が強い利害目的をもっている中での決定は,利益の衝突(conflict of interest)を招くことを妨げることができない」3)との理由で退けられてきた。
2001年2月の第2週までに,政府は,前述の業界のロビーイストを含む新委員会のメンバーを発表したが,何人かのメンバーが再任を辞退したため旧PBACからはわずか2人が含まれているだけとなった。2月中には,オーストラリア議会の両院でPBACの変更について激しく議論された。野党は,政府は医薬品業界の圧力にしたがったと主張した。その議論の中で,ある野党リーダーは,米国医師会雑誌(Journal of the American Medical Association: JAMA)の中で副編集長が述べた「これは,公衆の金でますます富を得ることになる,超金持ち業界(super-rich industry)の勝利である。政治家がこのような事態が起きることを許したのは恥ずべきことだ」という批判の言葉を引用した4)。
政府は,変更はPBSにとって最善の策であると強く反論しながら,PBACの旧メンバーが,害を及ぼすような公衆の論争を作り上げたと繰り返し非難した。また,厚生大臣は何人かを名指し,「ニセの喧嘩」(spat the dummy)と述べた4)。
議会での討論の中で野党は,PBACの業界からの新任者は,厚生大臣が「すでに業界とのかかわりはない」と公言したにもかかわらず,まだ現在も研究主体の小さな生命薬学関連の会社(biopharmaceutical company)の部長(director)を務めていると明らかにした。政府は利益の衝突の可能性についての批判に反対し,新任者をそのまま就任させた。
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医薬品業界のキャンペーン |
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(The Pharmaceutical Industry's Campaign) |
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政府の最近の動きは,PBACの機能をターゲットとしたオーストラリアの医薬品業界の何年かのキャンペーンを背景に起きたものである。キャンペーンの戦略の詳細は公表されていないが,業界の重要人物を含む事情通(informed observers)らは,キャンペーンには少なくとも2つの目標があるとした。第1にはPBACのような政府委員会で業界代表者の座を得ること,第2に医薬品をより容易にPBSのリストに収載されるようにすることである。
オーストラリアのロッシュ(Roche)の長年の責任者は,多くの国内メディアに業界キャンペーンについて語った。2000年12月,彼は「業界キャンペーンというものがあり,それはPfizerによって指揮されている。この目的は医薬品がリストにより容易に掲載されやすくなるよう政府に強要しようとするものである」と述べた1)。2月に彼は,Rocheは業界代表者を政府委員会に任命されるためのキャンペーンに加わるよう要請されたが辞退したと述べたとされた5)。この非公式なキャンペーンは,年次会議やさまざまな共同委員会の構成を通してなされた,医薬品業界とPBACと連邦保健省の3者のより公式な協力関係に,さらに追加して実施されたものである。
業界の中でもっとも顕著なのは,1999年のバイアグラ(Viagra)に対する公的助成金(subsidy)拒否について,PBACの各メンバーに対し法的なアクションを起こした,米国にベースのあるファイザー(Pfizer)である。Pfizerの役員らは,PBACは,PBSに掲載することによる全体的な予算の影響を考慮することで,バイアグラを退け,過剰な権力を行使したのではないかと関心をもったのである。
2000年3月の判決で,連邦裁判所は全面的にPfizerのケースを退け(reject)た6)。ただし,上訴(appeal)するかどうかは未決である。裁判の過程で明らかになった文書で,もしバイアグラがPBSに収載されれば,オーストラリアの納税者に年間約5,000万オーストラリアドル以上を課すことになることが明らかになった。
過去2年間に,Pfizerは保健高齢者省の官房室(Office of the Minister for Health and Aged Care)から,少なくとも3人の前職員を直接または間接的に雇用してきた。それらの職員らは長期間にわたる大臣のメディア・アドバイザーや,2000年半ばに省を退職してからPfizerの相談役をしてきた官房室の主任を含んでいる。彼らの活動は知られてはいないが,Pfizerはこれら3人の省の前職員が,PBACを変えようという会社の業務にある面で携わってきたと公表した。
Pfizerの政治的また法的な活動はオーストラリア製薬工業協会(Australian Pharmaceutical Manufacturer's Association: APMA)の活動と一致しているとされた。連邦の産業省(Department of Industry)から就任したAPMAの新しい最高責任者は,2000年2月に,医薬品助成金の対象となるリスト作成のプロセスの改正は,翌年の彼の重要な任務の一つであると公言した。後に国内のメディアで報道されたAPMAの2000年10月の内部秘密文書には,業界は旧PBACのメンバーとスタッフからの,敵対的(hostile)な態度と表現されるものに対し,「大きな関心」(greatly concerned)をもっていたかが示されている7)。
もう一つの重要なフォーラムは,保健省,産業省の大臣,さらにPfizerの役員を含む,製薬会社の多数の役員から構成される医薬品産業ワーキンググループ(Pharmaceutical Industry Working Group)である。PBACは,その会議には代表者はもたず審議は内密に行われた。情報公開法(Freedom of Information)にもとづく請求の後,議事録は公開された。
議会での野党の質問に応じ,政府は首相のシドニーの選挙区(electorate)に工場を持つ製薬会社の役員からなる“Bennelong Group”として知られる非公式なグループの存在も明らかにした。最近の,製薬会社の役員グループと首相の会議は2000年11月であり,そのすべての関係者は,PBACについてではなく,改革と投資についてその会議で話し合われたと述べた。
混乱期間を通して,オーストラリア政府は一貫して,政府が業界からの圧力に屈してPBACのプロセスとメンバーの変更を実施したという意見を否定してきた。保健省の大臣は,再編成された委員会は医薬品助成金の評価を効率よく管理できる専門知識があり,旧委員会より優れていると主張した。「われわれは,なお,薬のリスト掲載について全く同じシステムをもっている。そしてわれわれは,なお,臨床効果と費用対効果とともに,PBACをもっている」と表している4)。
議会での特別な「公衆的重要審議」(Matter of Public Importance)の中で,首相は,旧委員会からのアドバイスはこれ以上受けることはできなかったこと,さらに「委員会と医薬品業界の間に亀裂が増大しつつある関係があった」として,大刷新(shake-up)が正しかったことを強調した。彼はまた,製薬会社の委員会に対する提訴について述べ,PBACのプロセスがより「協力的」になることを希望した。
何人かのオブザーバーには,オーストラリアの医薬品助成金のプロセスの統合性(integrity)と独立はPBACの変化により脅かされ,将来のPBSと国民全員にとって購入可能な医薬品に影を落としたと感じられるかもしれない。また他の者には,業界の前代表を含んだことは,プロセスを危うくするのではなく向上させることができるかもしれない「パートナーシップ」のアプローチであることを意味するであろう。
業界の新しい委員会についての見方は,ナショナルラジオのインタビューの最後に以下のように述べたAPMAの最高責任者の言葉に表されている。「私は新しい委員会に非常に感銘を受けた。首相は人々が考える最高の委員会をさらに超えた委員会を作り上げたと思う」8)
オーストラリアにおける医薬品助成金のシステムが,長期にわたって意味するものが何であっても,最近の変化は,国内外からの公衆的な吟味を,さらに多くまた持続的に受けることになるだろう。 |