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インフォーミング・ジャッジメント
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IV IV. ブループリスクリプション(転換期におけるプログラム)
 (Blue Prescriptions: A Program in Transition
Mari Trommald,Einar Skancke,Arild Bjornda,Audun Haga,Andrew D. Oxman
渡邉 裕司   浜松医科大学 臨床薬理学
IV. ブループリスクリプション(転換期におけるプログラム)

Blue Prescriptions: A Program in Transition
Mari TrommaldEinar Skancke
Andrew D. Oxman
訳:  渡邉 裕司浜松医科大学 臨床薬理学  
エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
序 論(Introduction)
薬剤償還プログラムの概要 (Overview of the Drug Reimbursement Program)
プログラム変更の実施:5つの事例
 (Implementation of Changes in the Program: Five examples)
プログラム変更の評価 (Evaluation of Changes in the Program)
反省と一般化(Reflection and Generalization)
文 献
用語集(Glossary)

エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
 本報告書は,ノルウェーにおいて,新薬をヘルスケア保険償還に向け審査する過程で行われた研究者とポリシーメーカーとの共同作業,およびエビデンスの活用についての記述である。承認された薬剤は青色の用紙に記載されるため「ブループリスクリプション」と呼ばれている。著者はMinistry of Health and Social Affairs (保健省)で取り上げられた5つの論点について,入手可能な資料の検索,さまざまな程度でこの決定に加わった著者らの討論を通じて,また本報告書の草案段階での参加者や,二人の外部評価委員によるレビューなどを通じて検討を加えた。本研究の目的は,方針決定の手続きの理解を深め,改善しうる領域を同定し,最終的には優先課題を決定するためのより合理的で明確なプロセスの構築をめざしている。

 薬剤償還プログラムはノルウェーの福祉政策であり,さまざまな規定により構成されている。1990年代のプログラムの改正は,費用対効果をことさら重要視するものであったが,それでもなお薬剤審査の多くはインフォーマルなものであり,場合に応じて外部の専門家の意見が求められるのみであった。この組織化されていない手続きによって,専門家や医薬品業界の代表者らによるロビー活動が,保健省のポリシーメーカーと議会の政治家に対して影響を及ぼしやすい環境を生じ,結果として,これから総括する事例での方針決定に大きなインパクトを与えた。
序 論(Introduction)
■□■  ノルウェーのヘルスケアシステム  
  (The Norwegian Health Care System)  ■□■
 ノルウェーのヘルスケアシステムは,クオリティとその正当性が重視される背景の中で開発された。すべての人々は住居,職場,居住環境,健康保険や社会サービスにおいて,居住区や経済状況にかかわらず適切な水準が与えられなければならない。

 この福祉政策にもとづいたヘルスケアシステムの重要な要素は,税金による資金供給である。病院と主なヘルスケアシステムは主として,中央当局からの包括的補助金と州によるNational Insurance Schemeからの償還により資金提供を受けている。このプログラムの会員になることは必須であり,すべての人を対象とし,従業員と雇用主の支払い義務により財政がまかなわれている。National Insurance Schemeは退職年金,障害者給付金,疾患給付金,失業給付金,薬剤を含むヘルスケアを保障している。

 患者による自己負担(コーペイメント)には救急治療に対するものと,償還薬剤に対するものがある。患者による自己負担の上限は,年間1,450ノルウェークローネ(NOK)($U.S.160)である。〔2001年3月のレートを用い1NOKを0.11USドルに換算。〕この金額を超える費用は(償還の薬剤と救急治療のための費用),保険プログラムにより補填される。

 ノルウェーのヘルスケアの全体的なプランは連邦政府によって作成され,遠隔地においても必要なサービスを提供するという目的で,ほとんどのサービス提供の責任は,プライマリーケアについてはカウンティ(郡),補助的なケアについては自治体に委ねられる。分娩時死亡率などの健康状態指数によるとノルウェーの国民は,他のOECD(Organisation for Economic Co−operation and Development)の国々に比べると比較的良好である1)。しかしヘルスケアシステムは,ヘルスケア専門家の不足などの問題を抱えている。この問題に対する対応の一つは,Diagnosis−Related Groups(DRGs)の使用の普及など病院と医師の活動に応じて支払われるアウトプット方式への変更である。またこれら以外の変更も現在検討中である。現在政府は,各病院が連邦政府の下で組織されるよう,病院の所有権を再編成するよう提案している。プライマリーケアについてはサービスに対する請求を基本に,部分的な均等割料金制度が今年度(2001年)実施されている。新しいシステムにもとづき,一般開業医はリストに掲載された患者について契約を結び,それらの患者のためにサービスを提供するよう特定の義務を果たさなければならない。この改革は一般開業医の役割を強化し,サービスの行われていない地域への医師の再配置を目的としている。
■□■  ノルウェーにおける薬剤経費(Drug Expenditures in Norway)  ■□■
 ノルウェーの国家保険プログラムは,薬剤経費の約半分を補填している。患者は3分の1を直接支払い,病院と高齢者施設が残りを支払う。ノルウェーの4,500万人の人口に対し,1999年には90億NOK(約9億9千万ドル)が処方箋に対して費やされた。過去12年において,償還に対する経費は年間10〜13%の割合で増加した(固定金額の約8%)。1988年の薬剤の請求額は26億NOK(約2億8千300万ドル)であり,これはGNPの0.4%にあたり,1人あたり610NOK(67ドル)であった。1998年の金額は67億NOK(約7億3千9百万ドル)であり,GNPの0.6%,また1人あたり1,520NOK(167ドル)であった(表1参照)。

 この増加には2つの理由があげられる。それは薬剤使用の増加と,新薬や高額な薬剤処方の増加である。薬剤経費の上昇の背景として,薬剤価格の上昇は重要な要因ではない。

 薬剤経費上昇を抑制するためのいくつかの対策が実施されている。1992年に,16歳から67歳までの患者に対し,各処方箋につき,自己負担率が20%から30%に引き上げられた。1993年に参照価格システムが導入され,償還を比較可能な薬剤(たとえば一般薬または類似の輸入薬剤など)の最低価格に制限した。より高額な薬剤が処方された場合には,償還は最低価格である比較薬剤の70%のみが補填される(比較参照システムは多くの批判を受け2001年1月に廃止された2))。

 薬剤経費の増加はあるが,ノルウェーでの薬剤支出額はなお他のOECDの国々より低額である。図1は薬剤消費の相対値を表している。OECDのデータは,1997年に英国はGNPの6.8%をヘルスケアに,また1.1%を薬剤に費やしたことを示している。また米国は,GNPの13.9%をヘルスケアに,1.4%を薬剤に費やした。一方ノルウェーは,GNPの7.5%をヘルスケアに,また0.5%を薬剤に費やした(計算方法の違いにより,OECDの数値はNorwegian Board of Healthの数値と多少異なる)。1997年のヘルスケアとしての薬剤支出のパーセンテージは,ノルウェーの6.7%から日本の20.8%などさまざまである(図2参照)。

 薬剤支出の多くがブループリスクリプションにより補填されることから,製薬会社にはノルウェーの償還リストに新薬を記載するための経済的なインセンティブがある。新薬を償還リストに記載するための審議プロセスは,ほとんどがインフォーマルに行われる。新薬のリスト掲載への否認は,マスメディア,専門家,議会のロビー活動などを介した製薬会社からの激しい批判にさらされてきた。
表1 ヘルスケアと薬剤に対する公的支出,1988−1998
Year GNP
Million NOK
ヘルスケアへの支出 薬剤支出 1人
あたりの
公的薬剤
支出
Million NOK % of GNP Million NOK % of
Health Care
Expenditures
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
639,591
682,347
722,071
762,774
784,296
823,339
869,742
925,866
1,017,794
1,084,788
1,107,082
42,351
43,105
45,675
50,352
52,550
54,036
56,145
60,390
65,850
71,985
79,843
6.6
6.3
6.3
6.6
6.7
6.6
6.5
6.5
6.5
6.6
7.2
2,573
2,806
3,191
3,582
3,953
4,277
4,585
5,053
5,454
6,014
6,715
6.1
6.5
7.0
7.1
7.5
7.9
8.2
8.5
8.3
8.5
8.4
610
663
751
838
919
969
1,054
1,156
1,242
1,383
1,520
Source:Norwegian Board of Health

図1 OECD加盟国における1人あたりの相対的薬剤消費量,1997 図1
図2 公的ヘルスケア支出における薬剤支出の割合,1997図2

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