厚生労働省科学研究班開発
患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)
使用についてのガイダンス集
理解を深めるための参考資料
3. 質的研究とは?
3.1. 質的研究とは?
質的研究は社会学をはじめとして幅広い学問領域で用いられる研究方法であり、数値化できない、自然な状態の人々の生活のなかにある文脈のプロセスや意味を解釈する。つまり人々を理解するための「なにが?」「なぜ?」「どうやって?」というリサーチクエスチョンに適した研究方法である 1。質的研究と定性的研究は、英語では両者ともにQualitative studyであり、意味は同じである。
3.2. PRO研究における質的研究
PROとQOLに関する質的研究の発表論文数は増加傾向にある(図参照) 2。
特に、尺度開発時の概念生成や作成中の質問票のコグニティブインタビューなどが知られている[臨床試験のためのPatient- Reported Outcome (PRO)使用ガイダンス、2.5.2.質的研究 参照]。さらに、参加者が少ない希少疾患、質問紙による調査が難しい小児疾患の患者、また個人的特性や文化差により計測しにくいスピリチュアルな問題にも、個別性に対応可能な質的研究であれば研究は可能であろう 3。
3.3. 研究方法の選択
質的研究でも量的研究と同様に、「何を明らかにしたいのか?」という目的によって研究方法を選択する必要がある。質的研究方法はいずれも社会学的な理論に裏付けられている。研究方法の基盤となる理論の多様性が、質的研究方法を学びにくくさせている 4。入門時においては、研究方法の選択や分析手順にスーパーバイザーの支援が役立つ。
PROとQOLにおける質的研究として広く用いられているのはインタビューやフォーカスグループである。フォーカスグループは、特定の問題について数人のグループ内の相互作用によって、参加者個々人だけでなく、参加者に共有された考え方が探索される。
3.4. 研究の進め方
研究の基本的な進め方は、文献研究や目的の明確化、参加者への倫理面の配慮など、量的研究と同様なものも多い。ここでは質的研究に特徴的な方法論について解説する。
サンプリングは、合目的的サンプリング(purposive sampling)である。研究目的に応えられる豊かな経験を持っている人々の参加を得る。サンプルサイズは理論的には柔軟性をもつ 5。サンプル数は研究計画段階で決めるのではなく、「飽和(これ以上サンプルを増やしても新たな概念を得られない状態)」をもって参加者のリクルートを終了する。
目的に応えられるよいデータを収集するには、インタビューの訓練が必要である。インタビュアーは参加者との関係性を築きながらも、一方でデータ収集の道具(量的研究では尺度に対応)となるので、ある種の職人性が求められるからである 3,6。
インタビューには、詳細な個人(in-depth)インタビューや構造化インタビューがあるが、インタビューガイドに従って開かれた質問に対して、参加者の視点から自由に語ってもらう半構造化インタビューを使うことが多い。インタビューは録音し、その録音データを文字データ(逐語録)に起こす。言い間違いや繰り返し、沈黙時間なども書き起こしておくと、後述の厳密性や解釈の検討に役立つ。
分析方法は、計画書段階で手順を一つ一つ具体的に確認する。方法の手順は、選択した研究方法によって異なるので、それぞれの分析方法の解説書やチェックリスト 7,8 を参照していただきたい。
文字データを読み込み、帰納的にデータからコードを生成していく主題分析(thematic analysis)が使われることが多い。ことばや文脈の解釈が重要となることから、分析過程の時系列的な記録をメモやノートにとっておく。研究目的によっては、フレームワーク・アプローチや内容分析のようにあらかじめ設定されたコードから探索する方法もある。
質的研究では、量的研究の信頼性や妥当に対応する方略として厳密性があげられる。言語データを対象とした分析の厳密性を高めるには、メモやノート、研究者の背景や経験、否定や逸脱事例の検討、逐語録の監査などが必要となる。そのために分析過程において複数視点からの検討(トライアンギュレーション)や相互チェックなどが用いられる。このような厳密性を高めるために、質的研究の分析では量的研究より長い時間を要する。
結果は外挿可能性を考慮して、人々の生活の中で実装しやすくするために、結果図を作成したりやストーリーラインを文章でまとめたりする。
3.5. 質的研究の動向
CAQDAS(Computer-Assisted Qualitative Data Analysis):コンピューターソフトの質的データ分析「支援」ソフトである。質的研究の分析ではデータの解釈が必要になるので、ソフトに頼らず研究者自ら行わなくてはならない。ソフトは分析過程の透明性や、複数人でのチェック、元のデータの文脈で戻って確認するなどの研究「支援」には役立つ 9。
混合研究法(Mixed Methods):量的および質的研究を組み合わせて使う研究方法である。単に、量的結果と質的結果を並べるのではなく、戦略的に説明・収斂デザインを用いて結果を「統合」あるいは「融合」するアプローチである 10,11。尺度開発でも用いられている。
質的エビデンスの統合(Qualitative Evidence Synthesis):いくつかの質的研究結果から共通するテーマや構造などの質的知見を統合する 12。
- Pope C. & Mays N., Qualitative research in health care, Third edition, BMJ Books. Blackwell Publishing, 2006.
- Pub Med. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/?otool=ijpktolib(最終アクセス2022年12月1日)
- U.S. Department of Health and Human Services Food and Drug Administration. Guidance for Industry, Patient-Reported Outcome Measures: Use in Medical Product Development to Support Labeling Claims, 2009.
- サトウタツヤ,春日秀朗,神崎真実編.質的研究方法マッピング:特徴をつかみ活用するために.新曜社,2019.
- Yamazaki H, Slingsby BT, Takahashi M, et al. Characteristics of qualitative studies in influential journals of general medicine: a critical review. BioScience Trends. 2009; 3(6): 202-9.
- スタイナー・クヴァール. 能智正博,徳田治子(訳). 質的研究のための「インター・ビュー」SAGE質的研究キット2,新曜社,2016.
- O'Brien BC, Harris IB, Beckman TJ, et al. Standards for reporting qualitative research: a synthesis of recommendations. Acad Med. 2014; 89(9): 1245-51.
- Tong A, Sainsbury P, and Craig J. Consolidated criteria for reporting qualitative research (COREQ): a 32-item checklist for interviews and focus groups. Int J Qual Health Care. 2007; 19(6): 349-57.
- Liamputtong T. 木原雅子,木原正博(監訳). 質的研究方法:その理論と方法,メディカル・サイエンス・インターナショナル.2020.
- Creswell JW. A Concise Introduction to Mixed Methods Research, Second Edition. SAGE Publications, 2021.
- 日本混合研究法学会. 混合研究法への誘い.遠見書房.2016.
- Flemming K, Meta-ethnography. Cochrane Training https://training.cochrane.org/resource/meta-ethnography (最終アクセス2022年12月1日)
参考文献
(宮崎 貴久子)