>   >   >  わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組みー2
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わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組み-2
◆ 第3章 本邦の臨床試験の質に関する分析と考察 ◇ 第1節 目的
  ◇ 第2節 本邦の臨床試験におけるGCP違反・逸脱
  ◇ 第3節 GCP査察結果の日米比較
  ◇ 第4節 発見された違反・逸脱の重大さ
  ◇ 第5節 新GCPの実施と本邦における臨床試験の質の変化
  ◇ 第6節 新GCP下で実施された試験のGCP調査結果
文   献
わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組み-1
わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組み-3
第3節 GCP査察結果の日米比較

第1項 日米の査察結果の相違

 前節で観察されたGCP違反・逸脱の特徴は本邦の医療の特色を反映したものであった。 こうした特徴をさらに明らかにするため,個々のエピソードによる説明に加えて,米国FDAの査察結果と本邦の調査結果の比較を試みた。

 Table 3-7に, 文献において報告されている米国のGCP違反の発見状況と第2節で詳述した本邦の調査結果を示した2424)Ono S, Kodama Y, Nagao T, Toyoshima S. The quality of conduct in Japanese clinical trials: deficiencies found in GCP inspections. Controlled Clinical Trial (in press).3434)Shapiro MF, Charrow RP. Scientific misconduct in investigational drug trials. N Engl J Med 1985; 312: 731-6.37)37)Lepay DA. GCP compliance: FDA expectations and recent findings [on line]. Available from: URL: http://www.fda.gov/cder/present/dia698/diafda2/index.htm [Accessed on 2001 May 24].

 Table 3-7の 数値を解釈するにあたって,査察結果の示し方(数値の単位)が異なることに注意しなければならない。 米国の数値は,全査察件数(査察対象になった試験実施医師の数)中のそれぞれの違反が発見された査察の件数の比率(%)である。 つまり,多数の試験実施医師を査察した中で,たとえば,インフォームドコンセント関係の違反・逸脱が発見された査察が1997年に21%程度あったことになる。 一方,日本の数値は,3年間に医薬品機構が実施した331施設,775プロトコル対象の調査報告書において指摘された違反・逸脱の件数である。

 本邦のように,調査でほぼ必ず何らかの違反が発見されていた状況では, 米国のような統計はあまり興味深いものではなくなる(つまり,すべての項が100%近くなる)ため, 医薬品機構がそのような数え方で違反の結果を公表したことは理解できる25)25)児玉庸夫. GCP適合性実地調査の現状. 大阪医薬品協会会報 平成12年9月; 620: 25-45.

 上述の理由から,厳密な意味で日米の査察結果の詳細な定量的比較を行うことは不可能だが, これまで述べてきた本邦の試験の特徴のうち, 少なくとも次の二点をTable 3-7が支持していることは否定できないと考える。

 第一に,本邦におけるCRF関係のエラーの発生率が高い点である。筆者らのGCP査察の経験では, 従来,ほぼすべての査察において軽微とは言い難いCRFの記載の誤りが発見された。これは,米国の数え方では100%に近い結果となる。

 第二に,インフォームドコンセント関係の違反・逸脱の数は,見かけ上,やはり米国よりも少ない点である。 仮に日本の結果を米国の数え方に直した場合,この値は最大でも8.5%程度(331件の査察中28件指摘)であり,この数字は米国の結果に比して低いものである。

第2項 規制としてのGCPの日米における目的の相違

 Table 3-7で見られた査察結果の相違を,臨床試験の実施状況の違いのみに単純に帰結させることはできない。なぜなら,これらの結果はあくまで各国の査察システムの中で発見されたものであり,査察システムはその目的,方法が世界共通ではないからである。

 何よりも,法律上のGCPの目的自体が日米では大きく異なる点に注意が必要である。

 米国におけるGCP査察の目的は,申請資料の妥当性を確認することであることは確かであるが, その調査対象は主として治験実施医師である2626)Horowitz AM. Fraud and scientific misconduct in the United States. In: Lock S, Wells F, eds. Fraud and misconduct in medical research 2nd ed. London: BMJ Publishing Group; 1996.38)38)Lisook AB. FDA audits of clinical studies: policy and procedure. J Clin Pharmacol 1990; 30: 296-302.。 米国では,重大なGCP違反が医師を対象にした査察で発見されると,当該医師は「ブラックリスト(試験の実施が制限される医師のリスト)」に掲載され, また,場合によっては刑事訴追を受ける可能性もある。

 一方,日本の通常のGCP調査は,申請資料が適切に実施された臨床試験により収集・作成されたことの確認のために実施されるという意味では目的は米国と同じだが, 製薬企業への調査をルーチンで実施していること等,調査の力点の置き方が米国と異なる。 さらに,医療機関で重大な違反が発見されても,医療機関・医師はなんら薬事法上のペナルティを受けることがないのも日本の査察システムの大きな特徴である。 そのような違反が発見された場合,規制当局たる厚生労働省は,違反行為を行った医療機関・医師に対してではなく, そのような違反が生じた試験を申請資料として提出した申請者(企業)に対して,当該試験資料の拒絶等によりペナルティを科すことになる。

 もちろん,企業が試験期間中にモニタリングを十分に行わなかったことが医療機関での違反発生につながった場合も多く, その場合の責任の一部は企業側にある。しかし,本邦での医療機関・医師と企業の伝統的な力関係を考慮すると, 企業の側にのみペナルティを科してきたことが,試験実施医師から試験の質をコントロールするモチベーションを失わせてきた一つの大きな要因であることは明らかと考える。

 日米におけるGCP規制の目的の違いは,違反・逸脱を発見するGCP査察官側のインセンティブ(どのような場合に手柄が立てられるか)の違いとなっている可能性も高い。

 米国のGCP査察官が,より医師の行為に対する違反を重く見るスタンスで査察を行い,また,歴史的にそのような違反の発見が「手柄」となっているとすれば, 必然的に査察官はそのような違反により注意を払って査察を実施するであろう。

 一方,日本のGCP調査官が,申請資料のデータに関する整合性の確認により注意を払い, 並行して進行している承認審査プロセスに役立つ資料を収集するというスタンスで査察を行うとすれば, 日本の調査官にとってはCRF上のエラーへの注意がより優先するであろう。

 これらのインセンティブの相違は,法規制の体系としてのシステムの理念に基づいて生じるもので, どちらかのシステムが優れる,あるいは劣るというものではない。重要なのは,これらの調査結果を解釈する場合に, 数値を鵜呑みにすることなく,具体的な規制の仕組みに基づき各プレイヤーがどのようなインセンティブに基づき行動するかを念頭におく必要があるという点である。

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