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第4章 社会全体の視点から臨床試験を捉えるための枠組み
第1節 臨床試験の実施に伴う費用と便益
臨床試験の実施を,製薬企業,医師・医療機関,患者(被験者)の共同プロジェクトと捉える時,
その費用をどのプレイヤーがどのように負担しているのか,それぞれの便益はどのようなものでどのくらいの大きさなのかを知ることは,
そのプロジェクトの実施可能性を考えるうえで重要である。臨床試験は医薬品開発計画全体の中の一部であり,
その最終的・一義的な成果は,開発が成功した場合に生まれる市販医薬品である。そこから得られる便益をどのように測るかの方法論は別にして,
その最終成果の社会的な便益は当然プロジェクトに(全部あるいは一部)帰せられるべきである。
もちろん,通常の商業的試験の最終成果が市販医薬品であったとしても,試験から得られる科学的知見やノウハウも当然評価されるべき成果である。
各プレイヤーについて,臨床試験の実施に伴って考慮すべき費用と便益の構成要素を網羅的に示したのがTable 4-1である。
なお,本表では費用と便益の要素を別々に示しているが,個々のプレイヤーの主観的評価を考える場合にはこれらの要素を個別に考察することが困難であることも多いと考えられる。
また,医薬品を開発し,上市するためには,その時点での規制・方法論に従って臨床試験を実施することが必要であることを議論の前提とする。
以下に,個々の構成要素をどう考えるべきかを述べる。
第1項 社会的な費用
開発対象である医薬品の有効性・安全性に関する情報を得るための試験においては,さまざまな資源が消費される。
臨床試験で資源を消費するのは三者,すなわち,被験者,治験依頼者,試験実施医師(治験協力者等を含む)である。
被験者(患者を想定する)にとって試験に参加する費用は,試験に参加することによる追加的な費用となる。
日本では国民皆保険下で標準的な治療を受けることが保証されているので,追加的な費用はそのような選択肢との比較の観点から評価されることになる。
試験実施医師の費用も大きい。その機会費用は,標準的な医療の提供,他の研究プロジェクト,あるいは多忙な医師にとっては余暇の価値かもしれない。
第2項 社会的な便益
臨床試験の社会的便益は,臨床試験の成果物をどのように捉えるかによって変わってくる。ここでは得られる便益を三種に分類した。
第二のタイプの便益は,臨床試験の成果である総括報告書や論文の価値である。
これらの科学的価値は,本来,公表の有無にかかわらず社会全体に帰属していると考えることができる。
これらの成果は,将来の医薬品開発や治療の現場における不確実性uncertaintyを減らす
(たとえば,有効でない医薬品を有効と誤って判断する可能性等を減らす)ことにより便益を生む可能性がある。
第三のタイプの便益は,開発に成功して上市された医薬品の価値である。
ある医薬品の治療上の価値については,たとえば医薬品に関する費用便益分析により示されたプロファイルが一つの目安となる可能性はある。
なお,このタイプの便益で,時間的に「将来」生じる便益については,臨床試験の時点で評価を行う場合には,discountingを行うべきことは当然である。