>   >   >  わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組みー3
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薬理と治療(JPT)vol.30 no.9
わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組み-3
◆ 第4章 本邦の臨床試験の質に関する分析と考察 ◇ 第1節 臨床試験の実施に伴う費用と便益
  ◇ 第2節 新GCP導入の影響の分析
  ◇ 第3節 臨床試験の倫理をどう捉えるか
◆ 第5章 総 括
文   献
わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組み-1
わが国の臨床試験とそれを評価するための枠組み-2
icon第4章 社会全体の視点から臨床試験を捉えるための枠組み

  前章までの分析で,本邦の臨床試験の特徴を,試験を引き受ける医療機関との関係(第2章)と試験実施上の欠点・特徴(第3章)の観点から説明した。 本章では,医薬品政策に求められる社会全体の視点から,臨床試験のあり方に関する議論を行う 11)11)Ono S, Kodama Y. Clinical trials and new good clinical practice guideline in Japan.Pharmacoeconomics 2000;18:125-41.

第1節 臨床試験の実施に伴う費用と便益

 臨床試験の実施を,製薬企業,医師・医療機関,患者(被験者)の共同プロジェクトと捉える時, その費用をどのプレイヤーがどのように負担しているのか,それぞれの便益はどのようなものでどのくらいの大きさなのかを知ることは, そのプロジェクトの実施可能性を考えるうえで重要である。臨床試験は医薬品開発計画全体の中の一部であり, その最終的・一義的な成果は,開発が成功した場合に生まれる市販医薬品である。そこから得られる便益をどのように測るかの方法論は別にして, その最終成果の社会的な便益は当然プロジェクトに(全部あるいは一部)帰せられるべきである。 もちろん,通常の商業的試験の最終成果が市販医薬品であったとしても,試験から得られる科学的知見やノウハウも当然評価されるべき成果である。

 各プレイヤーについて,臨床試験の実施に伴って考慮すべき費用と便益の構成要素を網羅的に示したのがTable 4-1である。 なお,本表では費用と便益の要素を別々に示しているが,個々のプレイヤーの主観的評価を考える場合にはこれらの要素を個別に考察することが困難であることも多いと考えられる。 また,医薬品を開発し,上市するためには,その時点での規制・方法論に従って臨床試験を実施することが必要であることを議論の前提とする。

 以下に,個々の構成要素をどう考えるべきかを述べる。

 Table 4-1の 視点は社会全体のそれであり,個々の企業のそれではない。それゆえ,医薬品の売上高や企業利潤の増加といった指標は, 直接の社会全体の便益の指標とは必ずしもなりえない。金銭の交換も試験中には当然起こるが, そのような交換自体は費用,便益のいずれでもないことにも注意する必要がある46)46)Layard R, Glaister S, editors. Cost-benefit analysis. Cambridge University Press, 1994.

第1項 社会的な費用

 開発対象である医薬品の有効性・安全性に関する情報を得るための試験においては,さまざまな資源が消費される。 臨床試験で資源を消費するのは三者,すなわち,被験者,治験依頼者,試験実施医師(治験協力者等を含む)である。

 被験者(患者を想定する)にとって試験に参加する費用は,試験に参加することによる追加的な費用となる。 日本では国民皆保険下で標準的な治療を受けることが保証されているので,追加的な費用はそのような選択肢との比較の観点から評価されることになる。

 治験依頼者たる製薬企業の費用は,臨床試験の実施のために消費されるすべての資源である。 ある統計によると,医薬品の全開発費用の中で臨床試験(第1相から第3相まで)において平均して27%が費やされるとされる 47)47)PhRMA. Pharmaceutical Industry Profile, 1999 [on line]

 試験実施医師の費用も大きい。その機会費用は,標準的な医療の提供,他の研究プロジェクト,あるいは多忙な医師にとっては余暇の価値かもしれない。

 日本の大学・研究機関の医師は,商業的な臨床試験を軽視する傾向があり, その結果として,そのような試験に対して本来必要な時間,配慮を注いでいない可能性が指摘されている 1010)Fujiwara Y. Current status of oral anticancer drugs in Japan. J Clin Oncol 1999;17:3362-5., 48)48)西條長宏. 新しいGCPと癌治療薬の開発. 癌と化学療法 1998; 25(5): 671-84.

第2項 社会的な便益

 臨床試験の社会的便益は,臨床試験の成果物をどのように捉えるかによって変わってくる。ここでは得られる便益を三種に分類した。

 第一のタイプは,試験の実施に伴う直接の便益である。第3章第5節で述べたとおり, 試験により患者に生じる治療上の利益(必ず生じるとは限らないが)や医師や治験スタッフと患者の関係が深まることの価値である。 被験者に対するアンケート調査では,被験者は,医療スタッフとの関係が深まることにより 「濃厚なサービス」が提供されることを患者側のメリットとして期待していることがわかる42)42)中野重行. 日本の治験におけるインフォームド・コンセントの実態. 薬理と治療 1997; 25(9): 2223-47.。 一方,同じ調査で,医師は患者のメリットとして「謝金,交通費,医療費全額免除」といった金銭的な支払いを想定している点は, 医師と患者の意識の違いとして興味深い42)42)中野重行. 日本の治験におけるインフォームド・コンセントの実態. 薬理と治療 1997; 25(9): 2223-47.

 第二のタイプの便益は,臨床試験の成果である総括報告書や論文の価値である。 これらの科学的価値は,本来,公表の有無にかかわらず社会全体に帰属していると考えることができる。 これらの成果は,将来の医薬品開発や治療の現場における不確実性uncertaintyを減らす (たとえば,有効でない医薬品を有効と誤って判断する可能性等を減らす)ことにより便益を生む可能性がある。

 第三のタイプの便益は,開発に成功して上市された医薬品の価値である。 ある医薬品の治療上の価値については,たとえば医薬品に関する費用便益分析により示されたプロファイルが一つの目安となる可能性はある。 なお,このタイプの便益で,時間的に「将来」生じる便益については,臨床試験の時点で評価を行う場合には,discountingを行うべきことは当然である。

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