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第4節 考察
第1項 本分析の制約と限界
これまでの結果は,日本の医療機関を総体としてみたときに,実施された臨床試験の種類・属性に応じて,試験への参加状況が異なっていることを示唆するものである。
詳細な考察に入る前に,本分析における制約および限界を示す。
まず,いわゆる出版バイアス(publication bias)を含め,
選択バイアスの可能性は否定できない
17)17)Bodenheimer T. Uneasy alliance. Clinical investigators and the pharmaceutical industry. N Engl J Med 2000;342:1539-44.。
たとえば,期待した結果が出なかった試験が公表されていない可能性は常に指摘されている。
ただし,今回選択した「臨床評価」誌のように,失敗した試験から得られる情報も重要とするスタンスで結果を掲載する雑誌もあることも事実である。
また,文献を4誌のみから抽出したのでは不十分である可能性もある。
しかし,本邦における主要薬効分野における著名な総括医師の数はそれほど多くはないこと,また,主要な薬効分野の試験はこれら4誌でほぼカバーされていることから,
主要な薬効群に関しては,今回の217試験の抽出に大きな問題があるとは考えられない。
いわゆるオーファン薬等の小規模な試験に関しては,全く別のアプローチが必要である。
分析モデル自体の妥当性に関して,単純な回帰分析を採用した本モデルでは,multicollinearityの問題が,
特に試験規模を示す変数によるそれが分析の効率を下げていることは否定できない。
しかし,本章での分析の目的は各変数の係数の正負,サイズを大まかに論じることであること,
変数を増減した回帰分析を行っても結果に大きな変化は見られないことから,重大な問題はないと考えた。
また,今回適用したモデルは,実施医療機関の種類・数と試験の属性を関連付けるものであり,
試験の実際の選定プロセスに参加するプレイヤー(医療機関の長,試験実施医師,製薬企業)の嗜好,
モチベーションやインセンティブを直接に変数として盛り込んだモデルではない。
さらに,因果関係を厳密に論じるには,複数のプレイヤーの行動を同時に盛り込んだ,より複雑なモデルが必要である。
第2項 本邦の医療機関の特性および歴史的役割の観点から
Table 2-4および2-5の分析結果は,
本邦の医療機関が歴史的にどのように発展したか,また,どのタイプの医療機関がどのような役割を果たしてきたのかを反映していると考えられる。
回帰分析の結果のうち,こうした役割を比較的明確に示していると考えられるのは次の変数に関するものである。
まず,抗腫瘍薬の試験において国公立病院の参加(寄与)が高いことは,国立・県立がんセンターが臨床試験分野において期待されている役割を果たしていることを示す。
国の政策実現の一貫として設置されている国立病院には,がんの他にも,進行性神経疾患,循環器系疾患,小児疾患,
アレルギー等の国民の健康状態に重要な影響を与える疾患を研究・治療ターゲットにした病院が存在する
18) 18)厚生統計協会.国民衛生の動向 1998;45:210.。
筆者らは,試みに国立病院数のみを目的変数にした重回帰分析を行ったが,これら疾患固有の国立病院が存在している領域の変数
(‘pediatrics’,‘CNS’,‘allergy’,‘antineoplastics’)の係数はいずれも有意な正の値を示した。
これら以外に観察された関係,たとえば循環器系薬の試験で国公立病院の参加が多いことについては,
国公立大学病院のこの領域での寄与が高いことによる可能性がある。
また,抗感染症薬の試験で国公立病院の参加が少ないことについては,この領域の試験には,
小規模な私立病院やクリニックの方が症例数を集めやすいものがあることを示す可能性がある。
しかし,これらの関係は本分析で明確に示されたものではなく,検証にはさらに詳細な分析が必要である。
大学病院の役割・寄与に関しては,循環器系薬,中枢神経系薬といった臨床試験が数多く実施される領域においてこれらの病院の役割が大きいことは明らかである。
しかし,大学に期待されている役割,すなわち最先端の医療の研究・提供,教育を行うこととの関係においては,本研究で対象としている商業的臨床試験の目的が,
それらの目的と完全に合致するものではない場合もあり(たとえば,類薬が多数存在する領域での臨床試験や効能追加のための試験),
本分析の結果を先進的な研究の実状に過大に外挿しないよう注意が必要である。
たとえば,皮膚科の試験においては大学病院の参加数が多いとの結果が得られたが(Table 2-5),
今回分析対象とした試験の内容をみると,必ずしもすべてに高い医学水準が求められるものではなかった。
もちろん,大学病院でしか実施できない特殊な試験(たとえば,アイソトープを使用する試験等)があることも事実である。
第3項 試験デザイン変数の結果と経済的インセンティブの可能性
試験デザイン変数については,国公立病院参加数と試験の相および総括医師が私的セクターに属することが負の関係を示し
(Table 2-4),大学病院参加数と試験の相が負の関係を示した
(Table 2-5)。
それ以外の変数については,それぞれの係数の大きさを考えると,明確な関係が示唆されたとは考えにくい。
試験デザイン変数のうちのいくつかは,試験のコストを反映する。たとえば,より複雑なデザインの試験
(たとえば二重盲検無作為化比較試験;double-blind randomized controlled trial)の実施には,モニタリングの実施や解析も含めて,
より費用がかかることは予想できる。試験の規模を表す変数(たとえば被験者数,試験期間)は,試験の総費用と直接結びつく。
経済的インセンティブが試験実施医療機関の選択に果たす役割は,次の三つの観点から興味深い。
第三に,仮に国公立大学の単価が低かったとしても,本邦の国公立施設一般にみられる予算制度上の制約の影響は無視できない。
たとえば,契約した症例数のデータを契約年度に収集できなかった場合に,次年度にその契約・支払いを繰り越すことが「実務上」困難であったこと等は知られている23)23)中島光好.治験の質的レベルアップのための提案.In:中野重行編.医薬品開発と臨床試験.東京:ライフサイエンス出版;1995:154-60.。こうした不便さは,当然,国公立病院で試験を実施することの隠れた費用になる。
Table 2-4,Table 2-5に見られるように,試験の経済的側面を反映すると考えられる試験デザイン変数は,いずれも,国公立病院および大学病院の試験参加数と明らかな関係が認められなかった。このことは,臨床試験の参加施設を治験依頼者が選択する(制度上は治験総括医師の参加施設選択の結果を受け入れる)うえで,
金銭的な支払いや費用(隠されたものも含む)が,決定的な要因とはなっていないことを示唆している。
では,何が試験施設選択の要因となるのかが問題であるが,たとえば,先述した総括医師の系列(大学の系列),技術的制約(専門性の高い医師の存在を含む),地理的条件(たとえば,特定の地域でのみ実施される試験もある)等が想像される。
これらの要因を明らかにすることは,しかし,今後の研究課題である。