一般の方が医療健康情報を入手する際,どこから手に入れるのだろうか。もちろん専門家である医師,看護師,保健師,薬剤師から直接情報を得ている部分もあるだろう。しかし,私はマスメディア経由で情報を得ている部分に注目し,これまで興味をもって調査してきた。
平成12年度国民栄養調査において,自分の健康づくりに必要な栄養や食事に関する知識や情報を何から得ているかという質問に対して,一番多かった回答はテレビ,ラジオであった。また,今後どういう情報源に期待するか,どういう情報源から知識を得たいかという質問に対しても,テレビとラジオという回答がもっとも多かった。これは,健康や栄養や食に対する関心度が高い人も,まったく考えないという人も同様に,テレビ・ラジオ,新聞,雑誌・本などのマスメディアが上位3位に入っていた。
マスメディアといっても,活字媒体もあれば,映像媒体もあるが,今回テレビやインターネットに関する部分で大変興味深い事例があったので紹介し,今後について考えたい。
自宅でできる検診キットというものがある。たとえば,検便を使った大腸がん検査や,最近話題の睡眠時無呼吸症候群の検査キットなどがそうである。これは医師を経由せずに個人で購入し,自分で採血やその他の計測をして,そのまま郵便で送り返すと,結果が返送されてくるというものである。その検診キットが,某人気情報番組で5月5日の正午から全国放送で紹介された。一方,医療健康関連の情報を主に扱っているウェブサイトがあり,ここでは仮にA社とするが,この検診キットもここのウェブ経由で購入できる。この番組中でまったくA社の名前に触れられていないのにもかかわらず,番組が始まって17分後からウェブ経由のA社での購入申込が急増したという現象があった。結果的には,その日1日で月合計平均の申込数を大きく上回る申込があった。このA社のご協力とご理解により,細かいデータを収集することができたので,一部紹介したい。
図1は5月5日,放送当日の申込数の推移と,番組の構成を時系列で表したものである。番組冒頭で,睡眠時無呼吸症候群に対して興味のある方が検診キットを使ったという話が出てくる。そして番組で睡眠時無呼吸症候群の解説のおさらいをして,「それでは今日も番組が始まります」という司会者の言葉とともに,1回目のコマーシャルが入ったのが0時14分。そしてその後すぐ,0時17分からA社で申込が急増したのである。この番組では最後に必ず問合せ先の名称と電話番号を紹介するのだが,この時点ではまだ紹介されておらず,番組の冒頭で見た視聴者が積極的にインターネットで調べてA社のサイトに行っているということが見てとれる。
図1 5月5日当日申し込み推移
累計申込数の推移を図2に示した。この商品自体はメジャーではないので,少しずつ伸びていた累計の申込数が,5月5日の放送でぐんと増加している。またその後,図の“?”のところで少し上がっているが,この原因はまだ不明で調査中である。ただ,別の番組や媒体で紹介された可能性が高いのではないかという推測はできる。
図2 「自宅でできる検診」累計申込数
この番組は平均10%前後の視聴率を誇る人気番組なので観た方は勿論相当数いたと思うが,番組の性質上,視聴者の大多数は主婦と推測できる。その方々の一部が自分でインターネットでの検索という行動を起こし,番組の最後で示された紹介先とは無関係のA社のサイトを探し当てて購入行動を起こしている。では,なぜA社のサイトを探し当てることができたのだろうか。
Googleという検索サービスがある。ここにテレビ番組の名称と「検診」という2単語で検索をかけると,おもしろいことにこのテレビ番組のWebサイトよりも,A社のサイトがトップで表示される。これは,A社の方がGoogle独自の信頼性の基準に見合ったアピールを,日々時間をかけて築き上げてきたため,A社の格付けが上がったのである。さらに,放送数日前から,放送されるという情報を得て,視聴者の方がどういう検索キーワードで検索をかけるのか予測し,それをWebサイト上に掲載していたのである。テレビとインターネットの連携を考える際に,こういうノウハウは非常に重要であり,メディアを連携させて調べることで,一般の方の情報収集活動が立体的に見えてくる部分があると思われる。
次に,「おたっしゃ調査」という疫学調査への参加動員のために作られたテレビ番組「安房のおたっしゃ お尋ねします!」を制作,放映して,その番組に関する評価の調査を行ったので,調査結果の一部を紹介したい。
「おたっしゃ調査」(主任研究者:東京大学 水嶋春朔)は,千葉県の堂本暁子知事がすすめている健康づくりに関する調査研究事業(「女性の健康のための疫学調査検討会」(座長:千葉県衛生研究所長 天野恵子))の一つで,安房地域の鴨川市と天津小湊町の協力を得て,40歳以上の全住民約2万3千人を対象としたコホート調査であり,5年間の追跡を予定している。通常の疫学調査では,住民検診の際に説明をし,インフォームド・コンセントを取得し参加していただくという流れが多いが,ここでは全住民が対象ということで,郵送調査を行うことになった。郵送されてきた20ページもあるアンケート用紙に回答を記入して返送してもらうため,回収率向上のための方策が重要であろうということになり,地元UHF局での放映によるPRが実現した。
番組制作にあたっては,調査をする側と住民のコミュニケーションの向上をポイントとした。私の一市民の感覚でも,いきなり分厚い調査票が送られてきた方々のリアクションは容易に想像がつく。「何のためのものなのか」,「本当に役に立つのか」,「忙しいし,面倒くさい」,「こんなことやっている暇はない」等,また難しそうに見える,文字が多く並んでいるので大変そうである,といった素朴な印象から生じる忌避感が障壁になる可能性が想像できる。
しかし,これらの印象は疫学調査の意義,目的,具体的な手順が一般の方にはまだ馴染みが薄いことから生まれるものである。健康づくりの根拠は住民の生活習慣データをしっかり収集して解析することで作られるものであり,また本発表においては矛盾しているようだが,冒頭で紹介した人気テレビ番組で司会者が言ったことが正しいかどうかは吟味する必要がありますよ,というメッセージをしっかり伝えていく必要がある。また,一般的な疫学調査のように人と人とのコミュニケーションでインフォームド・コンセントを取得するわけではないので,責任者の顔が見える調査をPRする必要があり,行政主導ということもあるため,県知事,市長,町長,また主任研究者にも出演していただいて番組を構成した。番組には住民を代表するような3家族の方に出演していただき,それぞれの素朴な疑問に対して研究者やナレーション,CGを使ったアニメーション,各行政の長などが答えていくという,一問一答形式の番組構成になっている。
このようなわれわれの制作意図に対して,住民はどのように番組を観ていたのか,その効果に対する評価調査を行った。鴨川市健康管理課のご協力を得て「おたっしゃ調査」の調査票とは別に,対象者293人に独自の調査票を郵送し,209人から回収した。調査上の限界から母集団は女性である程度高齢者に偏っている(男性21人,女性174人)。平均年齢は70.7歳,中央値は72歳であった。
この番組を視聴したことが「おたっしゃ調査」への参加意欲に与えた影響はどのようなものだったか,という質問に対して,「参加する方向へ影響した」と答えた方が全体で84.7%,「変化なし」が15.1%であった(図3)。
図3 番組が「おたっしゃ調査への参加意欲」に与えた影響は?
また,「おたっしゃ調査」に対する印象の変化についての調査では,質問項目を,因子分析の結果によって調査に対する良い印象と悪い印象を表す2群に分け,因子ごとに合計スコアを算出し点数化した。番組を見る前,つまりアンケート用紙が送られてきて「なんだこれは」という状態を最高点の20点として,良い印象に関しての点数が分布しているが,番組を観た後では,きわめて有意な差をもって良い印象が増える方向にスライドしている(図4)。また,悪い印象の変化に関する調査では,番組を観た後は,きわめて有意な差をもって点数が低い方向にスライドしている(図5)。
図4 「おたっしゃ調査」に対する「良い印象」の変化
図5 「おたっしゃ調査」に対する「悪い印象」の変化
以上より,番組を視聴さえしてもらえれば,調査自体の理解や印象を向上させる効果があることがわかった。また,「おたっしゃ調査」本体の調査票の,「日ごろの健康情報の入手先として,情報源をどこに持っているか」という質問に対して6割強がマスメディアを情報源としていると答えており,今回に限らずマスメディアの情報源としての重要性は確認できた。今回は地元UHF局の放映ということで,情報の浸透度の点では限界はあったが,日ごろの情報源としてマスメディアを使っていることは確認できたので,今後は浸透力を高める戦略が必要であろう。ただし,テレビ番組を作って流せばよい,ということではなく,メディア情報を補完する,人による支援はもちろん必須かつ基本であり,その効果を増幅するツールとしてマスメディア媒体を活用することが重要であると考えている。
Japan Public Outreach Program(J-POP)という組織が発足し活動を始めようとしている。このOutreachという単語は研究者や行政が,教育,普及,啓発などの目的で,福祉・保健・教育などの領域で積極的に情報提供を行う活動の総称として,米国では一般的に使われている。
J-POPは生活習慣病の予防と臨床研究等に関する啓発情報の発信を目的としている(図6)。一般向け活動と専門家向け活動の2本柱になっており,運営母体は,東大,(財)パブリックヘルスリサーチセンター,運営企業グループなどからなっている。
図6 Japan Public Outreach Programの目的と運営
具体的な活動は,ラジオ,テレビ,インターネットコンテンツ,雑誌,書籍出版,それぞれの企画,制作,推進を行いつつ,相互の連携をはかることを目指すが,当面は,臨床試験のリクルートや生活習慣病の啓発などがメインのテーマになるだろう(図7)。
病院,もしくは医学部等の関連機関との連携もはかりながら,制作費の面で関連企業からのスポンサーシップ,もしくはファンドを視野に入れた活動も展開していく。つまり,さまざまなメディアの存在が連環を作り,そこに大学や財団が加わり,J-POP事務局が医療情報統括を行うのである。
図7 Japan Public Outreach Programの活動
ここで連携することのメリットは,各メディアの特性を補完することができることだと考えている。たとえば,テレビ,ラジオは波及力と浸透力に優れているメディアであり,インターネットは好きなとき,必要なときに,主体的,能動的にかかわり情報収集できるメディアである。また,書籍,雑誌といった出版は,手軽に入手できて,かつ,活字として残る。インターネットにさわったことがなくても本屋に行けばある,というメリットがある。これらが連携することで,全体としての情報伝達能力,もしくは望ましいと考えられる行動変容の効果をアップすることができるのではないだろうか。
またJ-POPのような情報インフラを整備,推進することで,医学保健分野からの積極的なマスメディア活用が実現するだろう。本発表の冒頭で紹介したように,多種類のメディアが連携することで一般市民のメディアを通じた医療健康情報に関する情報収集行動を立体的に把握することも可能である。そこではプロジェクトを起こして,実際進めるだけではなくて,学術的な評価,調査,
倫理面への配慮(この場合,放送倫理および生命・医療倫理双方が関係してくるが)なども含めた研究基盤としてJ-POPが機能することが今後は重要になるであろうし,そうであることが期待されていると考える。
最後に,こういった内容に関連したワークショップを11月に開催する予定である。このワークショップはJ-POPの2本柱のひとつである一般向けの医療情報伝達のあり方についても視野に入れたものにしたいと思っている。経験豊富な海外の講師を現在選定,交渉中である。