メディカルコミュニケーターは,医師や弁護士のように特定の教育を受けて,特定の国家試験に合格すればなれるものではなく,皆さまざまな経歴を経ていると思われる。筆者の場合,日本の大学院で国語学の研究をするかたわら,フリーランスとして一般的な翻訳や法律の翻訳を始め,その後,独学で医学を学び医学の翻訳を行うようになった。その後,翻訳とは別に研究論文の編集,校閲に携わり,現在は医学英語教育にも携わっている。おそらく他のメディカルコミュニケーターの方々も,一人一人がそれぞれ異なった履歴,経歴,バックグラウンドをもっているだろう。
メディカルコミュニケーターとは何か――ということについて,以前European Association of Science Editors(EASE)のメーリングリストで興味深い議論があったので紹介したい。
このメーリングリストには,British Medical Journalの編集者などが参加しているが, journal technical editorの役割や仕事の内容に対する質問に対して数多くの意見が投稿されたにもかかわらず,意見がバラバラでコンセンサスは得られなかった。
たとえば“Editorial titles and job descriptions are a minefield - there is no guarantee
of consistency between one publisher and another, or one journal and another.”という意見や,“I
agree with others that there is little standardization in how a technical editor
is called: copy editor, scientific editor and peer reviewer have all been used
regarding my work!”のような意見が述べられている。これ以外に, author's editor,manuscript editor,copy
editor,ghost writer,medical writerなどについても意見が交わされたが,コンセンサスは得られていない。
メディカルコミュニケーションがどのような分野であるかについて,いくつかの観点から分類することで考えてみたい。
まずこの分野は,ファーマシューティカル(薬学)とメディカル(医学)の2つに大きく分けることができる。EASEのメーリングリストでは,メディカルライターは,監査書類,申請書類,製薬関係の仕事が多く,アメリカではファーマシューティカルの意味が強いという意見があった。
American Medical Writers Association(AMWA)では,“The more than 4700 members from around the world include a variety of biomedical communicators”と定められており,協会のメンバー全員が,バイオメディカルコミュニケーターであると述べている。その中には,アドミニストレーター,アドバタイザー,ジャーナルエディター,ファーマシューティカルライターやトランスレーターも含まれている。すなわち,全体がメディカルライター,バイオメディカルコミュニケーターであり,その中の1つがファーマシューティカルライターということになる。
メディカルライターが提供するサービスという観点から分類すると,翻訳,編集・校閲,通訳,教育,コンサルティング,テープ起こしなどがある。コンサルティングについては非常に重要な役割がある。たとえば,日本で作られた国際学会が発行している学会誌の編集委員会において,重複出版に関する指導が必要な場合には,メディカルコミュニケーションを専門としているコンサルタントが必要となるだろう。
また,読者対象別に分類することも可能である。専門家が対象であれば,専門的な言語になり,研究論文や申請書類を扱うことになる。対象が一般人であれば言葉も一般的な日本語,または英語でなければならない。
情報の方向によっても業務内容が異なる。たとえば情報を施設の内側へ集めるという役割なのか,それとも研究成果などの情報を施設の外へ出すという目的なのか,それによって大きく変わる。
言語による分類もできる。英語で書かれたものか,日本語で書かれたものか,また翻訳の場合も,英文翻訳か和文翻訳かで求められる能力や待遇等も異なる。所属という観点から分類すれば,企業に所属しているのかフリーランスか,また雑誌,大学,製薬会社,または出版社によっても仕事の内容,役割が異なる。
メディカルコミュニケーションに関しては,日本では日本メディカルライター協会(Japan Medical and Scientific Communicators Association:JMCA)が唯一の協会であり,米国ではAMWAが最も大きい協会である。欧州には,AMWAをモデルにしたEuropean Medical Writers Association(EMWA)があるが,さまざまな言語があるという事情があり,それが特徴となっている。
製薬関係の申請書類等の作成に関しては, Union of Japanese Scientists and Engineers(JUSE)とDrug Information Association(DIA)がある。科学編集に関しては,European Association of Science Editors(EASE)があり,雑誌の編集者や論文の校閲者がメンバーとなっている。また,Council of Science Editors(CSE)は,以前Council of Biology Editors(CBE)という名称であったが,カバーする分野を広げるという意味で名称を変更している。
医学編集に関しては,World Association of Medical Editors(WAME)という団体があり,EASEと異なり,雑誌の編集者だけで構成されている。医学翻訳には,Medical Interpreter and Translators Association(MITA)という医学翻訳だけに絞った100名ほどの小さな研究会がある。
医学英語教育に関しては,今後重要になると思われるがJapan Society for Medical English Education (JASMEE)が数年前に設立されている。
さらに翻訳というサービスだけにフォーカスしているJapan Association of Translators(JAT)がある。JATと関連した学会である,International Japanese/English Translation Conference(IJET)は,年1回開催されており,英語と日本語間の翻訳においては中心的な役割を果たしている。また,特定の分野を対象としない,英語の文章を扱う人達の集まりとしては,Society of Writers, Editors, and Translators (SWET)という日本で活躍している協会がある。
メディカルコミュニケーションには,教育,権利の保護と成果の公開という3つの大きな課題がある。
まず教育であるが,はじめに述べたように,メディカルコミュニケーターはある特定の教育を受けて,国家試験に合格すればなれるわけではない。メディカルコミュニケーターには,言語から入った文系出身者と,医学または科学から入った理科系出身者がいるが,大学にメディカルコミュニケーション学部もなく,選択課目もほとんどないため,どちらか一方は独学で補うしかない。
そのような人材をどのように育成するかということが問題になるが,それぞれ強みと弱みがあると思われる。文系出身者は,言語とコミュニケーションの能力が優れているが,医学や医学用語の知識はなく,科学の基本的な原理,方法,または論文の投稿の手続きを知らないことが多いため,それらについての教育が必要となる。逆に,理科系出身者は,科学の知識は十分だが,言語とコミュニケーションの能力が少し欠けている面もあるためそれらの教育が必要になる。
そのために,文系の学部にメディカルコミュニケーションの選択講座や選択課目を設置する必要があり,理科系の学部や医学部にも同様のプログラムが必要となる。しかし,そのためには講座でプログラムを教えることのできる人材を育成することが最重要になるが,日本にはそういうコースはない。海外では唯一,エジンバラ大学において医学英語教育者のための講座(Teaching
English for Medicine)があり,2週間の集中講座で優れた講座である。ネイティブスピーカーであっても,またそうでなくても受講可能であり,日本にもこういう講座が必要になってくるだろう。また,医師や研究者への教育も必要になってくる。なぜなら最終的には彼らがメディカルコミュニケーターになる必要があると考えるため,医学部生の段階から,英語の医学用語を一般的な英語で説明できるように訓練しなければならない。また患者さんとのコミュニケーションスキルは医学部生や医師に必要なスキルである。
それに加えて,医師や研究者は論文を書くこと,読むことが必要である。医学の専門用語,専門英語を理解する必要があり,そのための手段として,編集,校閲というものを考えている。日本語で書いた論文を訳してほしいという依頼がよくあるが,教育の観点から英語で最初から書いてもらい,それを校閲するという形にしている。また,論文を投稿する際のカバーレターに査読員を3名指名することによりアクセプトされる率が向上するため,そのような指導も行っている。これらの教育に使われる教材の開発も不十分であるが,「医学英語コミュニケーション」(ブライアンハリスンほか. 朝倉書店. 2003年)に,レフリーへの質問およびコメントへの返答と書き方などが記載されているので参考にしていただきたい。
メディカルコミュニケーターの権利の保護も今後の大きな課題の一つである。翻訳に関していえば,翻訳者の名前がその出版物のカバーに明記されることは医学翻訳では特に少ない。また,校閲者の名前が謝辞に掲載されることも少ないため,業績を作り上げることが困難である。その反面,メディカルコミュニケーターは責任をとらなければならない。全体のレベルを上げるためには,いい人材を育成することと,いい人材に参加してもらうということが必要になる。そのためには業績を作ることができる環境作りが必要である。さらには,自分がやった仕事に対して責任を持つということで質を上げるという,この2つが必要である。
知的所有権や著作権の問題に関しては,著者の場合はある程度,知的所有権が認められているが,翻訳者の場合は,その翻訳がだれの知的財産なのか,その辺の課題が残されている。
また支払いの問題もある。ある仕事を依頼されて,同じところから前回依頼された仕事がある場合は,その2つの原稿に重複がどのくらいあるかという分析が行われ,その重複の割合によって料金が変わってくることもある。また,原稿の文字数を数える際,コンマやピリオドを外したカウントをするということもよく聞く。いくら重複があってもその文章の前後,コンテキストによって,全く同じものでも全然違うように訳さないといけない場合がある。英語ではコンマ1つでも非常に大きな意味を持っており,コンマがあるものとないものとで,文章の意味が変わってくる場合がある。それを判断できるのは,やはり翻訳者であって,その判断の能力に対してきちんと支払う必要がある。この権利の保護についてはJMCAなどの協会の課題となるだろう。
3つめの課題はいかにして論文を海外の一流誌に投稿し,アクセプトされるようにするかということである。1980年に日本から出された論文の数が,オーストラリア,ニュージーランドとカナダを合わせた数よりも多かったことはあまり知られていない。このように多くの非常に優れた研究が行われているにもかかわらず,まだまだ海外の雑誌,特に国際的地位のある雑誌に掲載されることは少なすぎる。
しかし,論文を出すということは非常に重要なことである。米国の“News and World Report”誌が毎年,アメリカのすべての主要な病院のランキングを付けているが,そのランキングと,それぞれの施設から出された論文の数がきれいに相関関係にある。
これらの課題に関する解決策としてmedical communications centerをそれぞれの施設に設置することを提案したい。Mayo Clinicは米国の有名な病院であるが,1908年にセンターが設立され,そこには,
senior editor,フルタイムのエディターが8名(PhD3名,修士5名),フルタイムのProofreaderが4名, editorial assistantが20名在籍している。センターでは,
peer review雑誌に出すための論文の校閲を行うため,Mayo Clinicでは,研究者は研究を行い,研究成果の最初のドラフトを書けばよく,センターではそのドラフトをトップレベルの雑誌に投稿し,アクセプトされるぐらいのレベルに仕上げるという考え方である。その結果,Mayo
Clinicから出される論文が年間1,700本で,教科書もいくつか作るという成果を上げている。
東京医科大学国際医学情報センターもMayo Clinicと同じような役割をもっており,東京医科大学から出された研究論文の校閲,編集と,それ以外に医学部生とスタッフの教育を行っている。Mayo Clinicと比較して,規模は非常に小さく,筆者と教授の2人とフルタイムアシスタントが1名,パートタイムが1名,非常勤で教育に携わっている3名という規模である。ここでは,著者と協力し合って研究を行うことと投稿のノウハウを教えている。そして,アクセプトされるまで面倒をみる。たとえば雑誌から戻ってきたときに査読員のコメントに対して,それがどういう意味なのか,本当にリジェクトされたのか,まだチャンスがあるのか,といった解釈のしかたを教えている。
投稿の依頼数は1989年の設立以来,急激に増えている。現在多くの大学医学部が1989年当時の東京医科大学と同じ状態にあると考えられるため,このようなセンターの設立が必要になると思われる。
東京医科大学には当センターと別に英語教室があり,全く異なった役割を担っている。英語教室ではカンバセーションスキルが中心で,一般的な英語,または会話を教えている。医学情報センターではあくまで医学英語のコミュニケーションを教える。それは医学部と大学院と病院のそれぞれの科で行っている。
医学部では,1年生から3年生までは医学英語用語(medical terminology)を教えている。これは学生をレベルによって5つのグループに分けて,5人の先生で教えている。目的は,医学英語の用語を身につけ,またはそれを患者さんにやさしい言葉で説明できるようにすることである。
新カリキュラムで,4年生には選択課目でReading, Reporting and Discussing Medical Topics,6年生にはやはり選択課目で,Publishing
in Medicine and Building an Academic Career,つまり投稿などのノウハウを教える予定である(5年生はポリクリで医学英語はない)。
大学院では,卒後教育として「医局別教育」と呼ばれる集中講座を行い,バンクーバースタイルなど,口頭発表の仕方や,査読員のコメントへの返事の仕方などを教えている。また,病院のいくつかの科では,毎週の症例検討会を完全に英語で行っている。その症例検討会ではそれぞれの症例報告のあと英語の指導をする。このようなセンターを作ることによって,上述の課題がある程度解決できるのではないかと考えている。