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治験環境の変化
治験環境がICH,あるいは新GCPといったもので大きく変わってきたことはご承知のとおりです。その中で治験データの品質管理(QC),品質保証(QA(データマネージメント(DM)を含む))が企業に強く求められているところが大きな変化であるかと思います。
もう1点はICHの海外データの受け入れ・利用です。これには日本の規制あるいは科学水準において十分満たされている必要がありますが,国際標準に合致した臨床試験を行う基盤が育ってきています。当然審査体制もそれに伴って変化をしていますし,いろいろな意味の体制整備についての推進が図られているところです。
国際調和へ向けて
なぜ国際調和が必要かということですが,全世界の人類に対する医療向上のためには国際協調が必須であるからです。トルコ大地震の際,日本製の薬は承認をとっていなかったため使えなかったという事例も聞いています。そういうことでは世界医療向上に貢献することはできないと思います。
日本のみならず世界的にも医療費抑制政策がとられていますが,研究開発コストはどんどん高騰しています。また,企業間競争が激化していて,そこそこの規模ではいろいろな意味での対応ができないということから,海外では合併による巨大企業が出現しています。
そして国際調和の結果,試験を重複して実施することを回避でき,データの相互利用の促進,開発資源の有効活用,開発期間の短縮などが成果として得られます。
また規制要件の変化については,規制当局が企業と共通の土俵で協議することでICHが始まりましたので,その影響は非常に大きいと考えています。
ICHの影響
ICHではGCPをはじめとしていくつかの大きな成果が得られています。まず一般指針では目的別の試験を組むことになりました。従来の第I相,第II相という表現で行われていた日本の治験の進め方が大きく変わったことはご承知のとおりです。申請に必要な非臨床試験の種類と臨床試験を行うために必要な臨床試験をそのタイミングに合わせて,選択できるということも大きな影響です。長期投与試験が必要になりましたし,用量反応性につきましても,各試験3用量,placeboを含む場合もあるというように決められています。
従来日本では3用量で1試験を実施すれば,用量設定試験ということで通用していました。現在は,外国の例にありますように,用量反応性を見るための試験としても,複数の3用量の試験を繰り返して至適用量を見つけるということが行われています。
安全性データの取り扱い,対照群の選定は,最終的な段階に向かっていますが,後者ではplacebo対照試験による有効性の検証が必要とされています。
外国データの取り扱いは先ほどの受け入れということで,統計ガイドラインでは国際水準に合った事前の解析計画や検定水準が必要となっています。
症例数も従来日本の1施設数例というものでは本来の解析に耐えられないという科学的側面もあり,文書化はされていないようですが,1施設1群10例以上が最低の症例数として要求されますので,3用量ですと30例が必要だということも大きな変化ではないかと思います。
治験依頼者の意識改革
治験依頼者,製薬企業の意識改革が進んできました。表1に治験依頼者の体制整備のポイントを示しました。一番大きなこととして治験の計画,運営管理の全般的責任が製薬企業に課せられたということです。また
QC,QAのシステムをきちんと履行しないといけないということも法の下で決められているわけです。
表1 治験依頼者の意識改革
・治験の計画・運営管理の全般的責任
・品質管理(QC)と品質保証(QA)システムの履行(DM含む)
・安全性情報の継続的評価体制整備
・医学その他の専門家の指名と活用
・モニタリング・監査の実施(直接閲覧)
・GCP,治験実施計画書遵守の確認:不遵守への対応
・国際標準に則った新薬開発・治験
・真に有用な新薬開発(国際的ニーズに合致)
・日本の治験水準の向上
・有効な治験促進方法の早期確立
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安全性情報も従来の単発の各安全性情報を持っていればよいところから,継続的に評価する体制を整備してデータを蓄積していかないといけないということです。この品質管理,あるいは品質保証のために何が必要かといいますと,当然ながら治験の実施計画書遵守をしていただくということが一番で,それの確認を合わせて品質保証をしていくためにモニタリング・監査を実施するということになっています。
このためには,GCP,治験実施計画書を遵守して,実施されたデータがすべて生データに基づいて担保できるということが必要です。モニタリング・監査の中には直接閲覧をさせていただくということが入ってきます。企業としても担当者の教育,あるいは要件の整備などの体制が大きく変わってきています。
生物統計学者,あるいは医学,その他の専門家の指名と活用ということですが,企業側もそういった専門家をどのように雇用して,活用していくかということもこれからの課題かと思っています。はたして企業側の立場で臨床試験,あるいは治験におけるいろいろな専門家として位置づけられている人材がどれだけ日本にいらっしゃるでしょうか。
当然ながら,国際標準に則った新薬開発治験が必要で,国際的なニーズに合致した有用な画期的新薬を開発することが命題となっています。
そのためには,日本の治験水準の向上をお願いしたいと思いますし,推進方法も早期に確立していかないといけないでしょう。
治験実施体制の整備
医療機関における治験実施体制の整備について表2にまとめました。厚生省の健政局で推進されている治験推進協議会が全国540施設ほどの治験実施施設で,縦横の連携をとるための会議を開いています。その中で,あるいは班研究の実施体制調査研究班の結果においても,まだまだ治験に対応する体制整備が十分行われているとは思えない節がいくつかみられます。先ほどの大分医大などは非常にきちんとしておられるように思います。
例えば, CRCの設置状況,あるいは設置する予定につきましても,病院長の意識は非常に低いところにあるようです。治験実施責任医師の皆さんがそれぞれの医療機関で治験を実施しようとしても,いろいろな責任医師の役割を十分果たすだけの体制ができていないという現状が半数以上の施設であるかと思っています。
表2 治験実施体制の整備 医療機関における治験実施体制の整備
・実施医療機関の要件の充足
・業務手順書の作成,適正かつ円滑実施に必要な措置
・治験審査委員会(IRB)の設置(諮問,指示・決定の通知)
・治験事務局の設置(治験関連業務の支援=契約業務含む)
・治験薬の管理(治験薬管理者の選任)
・モニタリング,監査等への協力
・治験分担医師および治験協力者の指名
・記録の保存(記録保存責任者を指名)
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医療機関への要望
まず関連業務従事者を定員化していただきたいと思います。兼務ではなかなか専念できません。IRBの形は整っても,例えば構成人員の内容といったものが本当に一般化された形で審議できるでしょうか。あるいは基本的な審議はできていても,迅速審査の手続き等を早く決めていただかないと,いろいろな問題に迅速に対応できないという問題も残っています。また,百何十種類の書類もありますし,先ほどから出ているような事務局整備も場所と人の問題を含めてお願いしたいところです。それぞれの業務がきちんと整備されたうえで,必要に応じて改訂されるということも必要です。
GCPに沿った治験に関する研修も必要です。特に治験事務局の方,CRCあるいは依頼者側のほうは十分これを徹底して理解しているつもりでやっていても,治験の患者さんを相手に治験を実施される先生方がGCPを十分ご理解いただいていない面があるのではないでしょうか。GCPをご理解のうえで医師が直接やらなくてもよい部分はCRCや,協力者が処理するのが適正な治験を進める,あるいは臨床試験を進めるうえで大切かと思います。
治験の品質管理・保証のためのモニタリング,監査は治験を実施するうえで当然の業務として位置づけられています。これなくしては治験を依頼する,あるいは受けていただくことができないことになります。
記録の保管の場所と保管方法はどうでしょう。一般診療の記録と同じところに置いておられることが多いのではないでしょうか。いろいろな意味で記録の保管場所がバラバラになっているケースがあると思います。問題はあると思いますが,きちんと記録の保管をお願いしたいところです。
また,大分医大ではすでに実施されていますけれども,治験外来等のいろいろな設備,什器,場所を確保していただきたいということもあります。医療機関に対してこういうことをお願いしましても「どこに場所があるんだ。お金があるんだ」ということで,「できない」となります。これから検討しなければいけない事柄かと思います。
被験者のメリットのために
これまで依頼者と医療機関のことを述べてきましたけれども,当然被験者のメリットについて考えなければなりません。まず,被験者への診療体制ですが,専門外来を設置し,予約診療等の活用,治験に対する問い合わせ,相談体制を充実していただきたいと思います。被験者への来院日確認の連絡等の経過観察体制も同様です。
治験投薬が終わりますと,後はほったらかしということになり,安全性の対応が十分でない場合もあります。きちんとプロトコールに定めた経過観察の中でどのように対応していくかということも必要かと思います。
治験関連の情報は,従来インフォームド・コンセントの説明文書の中で提供しています。応募された方に対する説明だけでなくて,トータルの被験者募集とか,あるいは一般市民に対する治験広告といったものも必要でしょう。医師法,医事法,あるいは薬事法の中の制約がまだありますが,徐々に緩和される方向にあります。こういったことのあり方も検討していきたいと思っています。
治験終了後の治験薬の継続提供は,他の治療法で代替できない効果が認められる場合は,必要であると思います。現在では,その仕組みが申請前であっても別の治験が組めるというように,規制のうえでは緩和されています。もう少し柔軟な対応が必要かもしれません。
治験参加に伴う被験者の費用負担の軽減ということでは時間的拘束・交通費負担,一部負担金の増加が考えられます。そういった物心両面からの負担を軽減するということで,外来1回あたり7000円が定められていますが,いまのところ入院の場合どうするかということがペンディングになっています。なお,国立病院と文部省,国立大学では通知で明確化して定められましたし,私立医大協についても同じように7000円ということで進めるようになっています。他の各団体病院につきましても,製薬協試案を出させていただいていますので,費用負担の軽減という意味で患者さんに支払う体制をお願いしたいと思います。
しかし,被験者のメリットはこれだけではありません。海外では協力費として35ドル〜1000ドル支払う場合もあります。これは日本で実施しますと,お金でつっているという批判が出ますけれども,本当の意味の協力費というものを考えるとか,あるいは別のいろいろなメリットをどのように考えるかということもこれからの課題です。それが治験の場合だけでなく,臨床試験,臨床研究にご参加いただく場合も単に医師側の裁量だけで決めるのでなくて,本当にそれが被験者のメリットになるか考えていただきたいのです。これは次世代に対するメリットも含めて,まだまだ検討の余地があると考えています。
治験から臨床研究へ
治験体制を整備するということは,最終的には臨床試験,ひいては臨床研究の進歩に貢献すると私どもは考えています。つまり,治験と診療は本当に別のものなのかということです。被験者,あるいは患者さんへの対応という意味ではたぶん同質ではないか。もちろん,治験の場合に責任がかなり大きくかかってくるという点では別ですが。
臨床試験,あるいは医療・臨床研究の質的向上の基盤となる体制整備はやはり治験体制の整備から生まれてくるのではないかと考えています。それは応用していきますと,医療過誤,医療訴訟への対応,あるいはそういうものの発生予防ということにつながる大切なことではないかと思っています。
治験では目的を明確にして,すべての情報を開示して実施していただいています。もともとちょっと意味が違いますので誤解されると困るのですけれども,そういう根拠に基づく治験を行うという考え方が医療,臨床研究におけるEvidenceミbased
Medicine(EBM)の実践につながるのではないかと考えています。
医療の信頼性
最終的には治験も臨床試験も臨床研究も,医療の信頼性を高めるということが大切です。インフォームド・コンセントは当然ですし,診療情報をどこまで公開ないし開示をするか。こういったことが非常に大事になっています。臨床研究データの集積,大規模データベース化しておいて,その集積された中から自由なアクセスの方法を模索するということが大切です。最終的には無作為比較試験による実証の推進を目指します。こういったことを通じて,医療過誤とか,医療訴訟のもとを断っていくということが大切かと思います。
患者さん側も情報公開への意識がかなり高まってきていますし,一般市民,マスコミもそういうことを要求している時代です。EBMは当然大切なことで,それのベースとなるのが治験の基盤であろうということになります。もちろん治験の間に得られる症例数は非常に少ないので,次の市販後につながる臨床試験をいかに行っていくかというようなことが大事かと思っています。
私が勝手に命名したのですけれども,従来EBMとはexperience
basedでして,先生方の経験に基づく医療であったのではないかということです。治験に参画しないと,市販後も採用しないということがあります。たった4,5例の治験に参画していることで本当に採用するだけの根拠をもっておられるのか。そのようなことを含め,もっと大きな考え方で根拠を確認いただくというのことも大事ではないか。従来の疾患立脚型から患者立脚型へ変わっていっていただきたいのです。先生方の意識の改革もこの辺からお願いしたいと思っています。
大規模臨床試験への対応
治験の現状としては,5年ほど前には1200件の治験届けがありました。そのうち,新薬が160件でした。しかし,98年では395件でそのうち新薬も54件となりました。この5年間で約1/3に減っています。
さらに日本の治験の中で現在phase Iにあるものの海外先行型というものが63%です。日本先行型が19%,同時開発が19%です。つまり,世界的な開発状況をみると,新薬で98年にphase
Iに入ったものの6割が海外で先にスタートしているということです。ちなみに98年にphase
IIIの段階に入っている薬剤をみると,これが逆転していまして,国内先行型が70%,海外先行型が0という状況です。いまphase
IIIということは5,6年前,あるいは7,8年前に国内の臨床開発治験が開始したところですけれども,そういったものについては,国内先行型で数もたくさんあったということです。それがいま数が減ってきました。たぶん質も変わってきたのでしょう。その中で国際標準に合うような対応を図る必要があるのではないでしょうか。
新しい問題としては診療所,医院を含めた体制の整備を考えないといけないということです。個々の病院で治験を行う体制も大事ですけれども,病院だけでできない治験,あるいは臨床試験,臨床研究というものが当然あるわけです。これからは診療所,医院を抜きにしては考えられないのではないかと考えています。
そのためには共通の関連事務とか,支援体制が必要です。どういうときにCRCがどのように入って行けるのかということ,あるいは共通のIRBをどのようにしていくのかということです。大学,あるいは基幹病院で共通のIRBをもったときに,それぞれの診療所,医院に対してどういう影響力をもてるのかといったこともあると思います。何かあったときの緊急対応体制をどうするか。こういった問題をすべて含めて,これから整備をしていく必要があるかと思います。
先ほど大橋先生から,日本には国際標準の試験デザインができる人が少ないという話がありました。海外の試験デザインが従来やられている日本の試験デザインとかなり違うということはご承知のとおりです。もし国際標準のデザインをそのままもってきますと,日本の中でまだまだ抵抗があります。このままでは,国際的な臨床研究に日本としては乗り遅れてしまいます。それは,医療技術,診療技術,あるいは新薬,あるいはそういったEBMに基づいた治療の方法などを日本に導入するのが遅れるといったことになると思います。これらすべてのベースに体制整備が必要ではないかと考えます。
最後に市販後の大規模臨床試験についてです。これはいわゆる白箱を使う場合も,市販薬を使う場合も,いろいろなケースがありますけれども,しっかりと裏打ちされた根拠をつくらないといけないでしょう。いまや市販後でも一つの試験が5000,10000例という大台になっています。そういったものに日本がどのように参画できるのかということがこれからの課題であり,その意味でいろいろな体制整備も必要ではないでしょうか。市販後のGCP対応の課題としても,最初に申し上げました治験に関する課題と同じような問題は当然残ってくるわけです。
いくつかの課題や提案をさせていただきましたが,物理的な面だけではなくて,国際標準に対応できるような体制,あるいは先生方の意識改革もお願いしたいと思っています。