>   >   >  TOPICS 臨床試験の基盤設備はどう進めるべきか
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臨床試験支援スタッフの育成と活用−倉成正恵
はじめに

 1998年4月から新GCPが完全実施となり,医療機関ではこの新しいルールに適合した治験を実施するために,治験事務局や治験審査委員会を設置し,臨床試験の環境は徐々にではありますが整備されつつあります。しかし,治験コーディネーターについては,多忙な治験責任医師を支援し,治験の円滑な実施に必要不可欠な存在であると認識されながらも,人材の確保や育成などの現実的な問題により,ほとんどの施設が専任の治験コーディネーターを配置できていないというのが現状のようです。

 今回は,大分医科大学附属病院における治験コーディネーター導入の経緯や業務内容を紹介しながら,わが国における治験コーディネーターの現状と今後のあり方について考えてみました。

治験コーディネーターの役割

 治験は,治験依頼者と医師,被験者として参加する患者の共通の理解と協力関係によって成り立ちます。治験コーディネーターの業務を大きく分類すると(1)治験担当医師の支援,(2)患者のケア,(3)治験依頼者に対するモニタリング・監査への協力があげられますが,治験コーディネーターはこの3者の間の中心となり治験の円滑な進行をサポートすることが主要な役割となります(図1)。

 治験コーディネーターは,一般的にはclinical research coordinator(CRC)と呼ばれていますが,米国ではstudy coordinator(SC)と呼ばれ,臨床試験の医学的な判断を伴わない一切の業務を医師に代わって行い,臨床試験実施の中心的な役割を担っています。日本ではこの治験コーディネーターの役割については,新GCPでは「専門的立場から治験責任医師などの業務に協力する治験協力者」と治験に限定して位置づけられていますが,治験コーディネーターがその専門性を十分に発揮し,わが国における新たな職種として定着していくためには,治験を含む臨床試験をサポートする「臨床試験支援スタッフ」として積極的に携わっていくことが重要だと思われます。

図1 治験コーディネーターの主たる役割
大分医科大学附属病院における臨床試験実施体制の整備
1 支援体制

 おける経緯を紹介します。当院では,1997年12月に臨床試験ワーキンググループを発足させ,医師,薬剤師,看護婦,事務担当者が治験実施に伴う諸問題を検討してきました。

 98年3月には院内規定の改正を行い,98年4月には治験審査委員会(IRB)事務局を臨床薬理センターに移しました。

 99年5月からは院内の臨床試験実施体制を一元化し,臨床薬理センター中心の体制に変えて運営しています。臨床薬理センターは,TDMを行い院内の合理的な薬物治療を支援する薬物治療支援部門と,医薬品開発のための臨床試験を支援する臨床試験支援部門から構成されています。

 臨床試験支援部門には,治験薬管理部門,治験事務部門,クリニカルトライアル部門を設置し,全診療科で実施する臨床試験を全面的に支援できる組織となっています。

 クリニカルトライアル部門には,院内での臨床試験を支援する創薬オフィスと,全診療科が必要に応じて使用できる創薬育薬クリニックを設けました。創薬育薬クリニックは臨床薬理センター外来の一部を開放し,治験専門外来としての機能と,治験に参加した患者さんが優先して使用できる入院ベッドを6床用意しています。

 治験コーディネーターは創薬オフィスに所属しており,99年の4月より専任の薬剤師1名と看護婦2名で活動を開始しています。

2 治験コーディネーターの支援

 当院における治験コーディネーターの支援のスタイルは,効率化を図るために創薬育薬クリニックを活用し,プロトコールごとに支援の内容を決めるシステムをとっています。

 1)basicサポート

 basicサポートは,院内で実施するすべてのプロトコールに対する基本的な支援で臨床試験の基礎的な部分を中心に支援しています。具体的には,他院や他科受診時に提示するセーフティカードの役割をもつ「創薬ボランティアカード」の作成や,治験終了時に創薬・育薬ボランティアとして参加していただいた被験者に病院長から「感謝状」を贈っています。

 その他,患者の相談窓口となったり,併用禁止薬のチェック,症例報告書の保管,モニタリング・監査の受付,日程調整などを行っています。

 なお,当院では被験者を「創薬,育薬ボランティア」と呼んでいますが,創薬,育薬という言葉は,患者にとって臨床試験へ参加するという意義がわかりやすいため,自発的な協力を促す効果もあるようです。

 2)centerサポート

 centerサポートは,創薬育薬クリニックを使用して行った臨床試験に対する支援をいいます。患者の来院日確認の電話連絡や,診療前に面接(服薬状況の確認,残薬回収,患者情報の収集,診療スケジュールの説明)を行います。また採血や検査もすませた状態で医師を呼び,医師には診察と医学的判断を伴う部分のみ担当してもらいます。

 創薬育薬クリニックを受診する患者に対しては,完全予約制を導入しており,患者の待ち時間短縮と,治験コーディネーターによる手厚いケアが受けられます。依頼者に対しては,直接閲覧を伴うモニタリング・監査の立ち会いなどを行っています。

 3)additionalサポート

 additionalサポートは,治験責任医師からさらに追加の支援を依頼された場合に必要に応じて行う支援をいいます。

 主なサポート内容としてはインフォームド・コンセントの補助説明や症例報告書の記入補助,説明同意文書の作成,関連部署への連絡などがあり,プロトコールごとに必要な支援があれば治験責任医師と相談しながら対応しています。

 今後は,basicサポートの内容を拡大し,centerサポートの底上げを目指して活動していくことが,当院における臨床試験の質の向上につながっていくのではないかと考えます。

治験コーディネーターの養成

 治験コーディネーターの養成は,98年5月に日本看護協会が初めて治験コーディネーター養成研修を行ってから,日本病院薬剤師会,日本薬剤師研修センター,文部省等が研修会を開催し,98年度だけでも延べ527名が受講しています。

 大分医大附属病院からも参加した日本薬剤師研修センター主催の治験コーディネーター(CRC/SC)養成モデル研修は,治験実施に意欲的な施設から,薬剤師,看護婦をペアで募集し,研修終了後に各々の施設で治験実施体制を確立するというCRCの普及,定着が主な目的でした。

 13施設から22名(薬剤師10,看護婦12名)が参加し,2週間の講義と6週間の実習を通じて,CRC業務に必要な知識や実務を学びました。研修生は治験コーディネーターの専門性や役割を自覚し,使命感をもって研修を終了しています。

治験コーディネーター導入の現状

 国立大学医学部附属病院42大学における治験コーディネーターの配置状況は, 99年4月現在,全体の6割にあたる24の大学で治験コーディネーター(兼任を含む)を配置しているとうかがっていますが,残りの18の大学ではまだまだ対応ができていないようです。

 また,日本薬剤師研修センター主催治験コーディネーターの養成モデル研修生が各施設でどのような役割を担っているのか電話調査を行ったところ,専任,兼任を含めて実際に治験コーディネーターとして活動できているのは22人中13人でした。その他に治験事務局担当,治験病棟担当の看護婦,CRCの教育担当として活動している人が3名,「治験コーディネーターとして活動できていない」と答えた人が6人もいました(99年9月現在)。

 治験コーディネーターとして活動できていない理由としては「人員配置に関して,看護部長のコンセンサスが得られていない」,「自治体の管轄病院では,治験が病院の業務であるという事務サイドの理解が得られないために,体制づくりが難航している」などで,研修を受けた治験コーディネーターを活用できる病院内の体制整備が遅れていることが明らかになりました。

 こうした現状の中で,当院においてスムーズに治験コーディネーターを導入できた理由として(1)開学以来設置されていた既存の臨床薬理センターを利用して,院内の治験実施体制が効率的に整備された(2)病院長が治験に対する取り組みの方向性を明示した(3)臨床試験ワーキンググループの活動により,現場レベルでの認識が統一されていたことなどがあげられます。また,治験コーディネーターの確保に関しても,院内の関係各部署(薬剤部,看護部,事務部門)から人的,金銭的な理解と協力が得られたことも大きな要因となっています。

 治験コーディネーターは病院の組織の中で機能する職種であるため医療機関の治験実施体制が整備され,働きやすい環境が実現できなければ,その専門性を活かすことはできません。

 各医療機関における治験コーディネーターの配置方法は,治験事務局に複数のCRCを配置し,1人のCRCが複数の治験責任医師を支援する集中管理型と,1人の治験コーディネーターが1人の治験責任医師を支援する分離・専門型の2種類があります。

 わが国では集中管理型を採用している病院が多いようですが,特徴としては治験コーディネーターを病院の組織内に配置するため,医療チームの一員としての支援や,チームを機能させていくための多方面からの支援が可能となります。大分医大では集中管理型を採用しています。

 分離・専門型は米国においてよくみられるスタイルで,特定の疾患に対する業務が可能となるため,より専門性を確保できるのが特徴です。

治験コーディネーターの今後のあり方

 わが国における治験コーディネーターの養成は,まず薬剤師と看護婦を対象にはじめられたため,薬剤師と看護婦のどちらが治験コーディネーターとして適任かという議論がしばしば行われています。

 薬剤師は薬の専門家として治験薬の管理や服薬指導,データの管理などを得意とし,治験が薬剤部主導で行われてきたというこれまでの経緯より,治験のシステムを理解しやすい立場にあります。一方,看護婦は看護の専門家として患者のケアや,医師の診療の補助者という立場から,病院全体のシステムについて熟知しています。

 現場レベルでは,治験コーディネーターの業務内容の統一や,明確な位置づけを優先するあまり,薬剤師や看護婦としての特性を活かすことができなかったり,職種のギャップから,治験コーディネーター同士の連携がうまくとれないケースもみられます。

 現段階では,職種の差を前面に出すよりも,それぞれの得意分野を活かした協同作業としてスタートし,治験コーディネーターという新しい職種を確実に普及定着させることが必要と思われます。今後,病院内でさまざまな職種の臨床試験支援スタッフが一つのCRCチームを組むようになった場合,お互いのいいところをクローズアップし,不足している部分を補い合ってよりよいCRCチームを協同で作り上げていくというスタイルが望ましいと思われます。そのためには,薬剤部や看護部といった組織主導ではなく,各々のスタッフが参加しやすいCRCのチームづくりが求められていると思われます。

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