>   >   >  TOPICS 臨床試験の基盤設備はどう進めるべきか
■JPT-online■
循環器系臨床研究者の立場からの提言
はじめに
 

 現在,Evidenced-based medicineという言葉が頻繁に使われていますが,もともと医療の歴史は苦痛の緩和に始まり,疾病の治療,治癒が目的です。最近は生命予後の延長とQOLの改善が大きな問題となっており,現段階では予後の延長が重視されています。このまま50年も経過すれば,疾病の予防という観点からも,予後の延長が今後の医療の中心になっているかもしれません。

 こうした流れの中で,従来の「名医」と呼ばれる人たちを支えているのは,多くの患者を診察してきたという豊富な経験と,最新の医療技術や診断機器です。また,かつては子弟のネットワークによるカリスマ性も見逃せない要素でした。現在では,それぞれの専門分野に携わっている人のところへ,患者を紹介できるということに通じているかもしれません。

 わが国の医療の発展を考えると,特に戦後からは生理学が非常に重視されてきました。また,血液検査と画像診断といった診断技術の進歩により,診断が非常に容易にかつ正確になってきました。過去の30年を振り返ると,この二つの要因が医療と医学の両方を引っ張ったのではないかと思います。

大規模臨床試験の必要性
 
1 経験の共有化の拡大
 

 今後の医療にとって経験の共有は重要な課題です。1人の医師が診察できる数は限られていますので,われわれは講義を聴いたり,クリニカル・カンファレンスでの症例を疑似体験しています。また,学会発表や論文発表,教科書によって広く他の方々の経験を知ることができます。今までは,こうしたことはすべて受け身で,小さなソサエティの中で行われてきましたが,これからは臨床試験として,自分たちのソサエティだけではなく,よりグローバルなレベルで考えないと,ガイドラインやメタアナリシスによる評価が行えません。経験の共有化の範囲が,今までよりも大きく拡大してきたと考えてよいと思います。

2 surrogate endpointとprimary endpoint
 

 大規模臨床試験が必要な理由は,特に循環器系の慢性疾患の転帰が,surrogate endpointとprimary endpointで大きく異なることがわかってきたからです。循環器ではeventという言葉をよく使います。例えば,心筋梗塞を起こす,脳卒中を起こすことをischemic eventといいますが,その言葉が出てきた背景は代用のendpointと,本当のendpointに差があるからです。

 具体的に説明します。例えば高血圧に降圧剤を投与した場合,いままでは降圧効果をsurrogate endpoint,いわゆる代用のエンドポイントとしていました。降圧効果が大きい薬は高く評価されていましたが,実際に投与を続けていくと,脳卒中は減っても,心筋梗塞はほとんど減らないことがわかってきました。

 心不全でも,強心薬を投与すると,surrogate endpointである心機能の改善効果は得られますが,そのまま投与していると,ほとんどの強心薬が心不全を増悪させ,突然死を増やしてしまいます。この場合もsurrogate endpointとprimary endpointの間に大きなギャップができています。

 心筋梗塞に抗血小板薬を使って予防する場合,心筋梗塞の再発予防効果がprimary endpointなのですが,実際にはsurrogate endpointである血小板の凝集抑制能が,薬の評価の基準になることがあります。

 不整脈薬を例にとると,surrogate endpointとして期外収縮を抑制するための薬を開発していたところ逆に突然死を増やしてしまう結果になりました(CASTスタディ)。

 循環器系の薬では,目先のターゲットに対する効果は得られても,長期にわたって使っていると,結果が逆になってしまうことがあります。そのため,長期間にわたる大規模臨床試験の必要性が叫ばれるようになってきたわけです。surrogate endpointとprimary endpointに差があるとわかったのは,1985年から1990年初頭に大規模臨床試験が行われてきた成果でもあります。

 循環器領域ではこれまで多数の重要な大規模臨床試験が行われてきました(表1)。高脂血症の領域においてのみ,コレステロールと脂質を下げたほうが死亡率を減らすという結果が出ており,surrogate endpointとprimary endpointが一致していますが,それ以外はむしろ逆の結果が出ています。

 
表1 循環器領域の主要な大規模臨床試験
高血圧 MARHY
STOP,SHEP,HOT
βブロッカー+利尿薬
高齢者高血圧
Jカーブ現象
心不全 PROMISE
CONSENSUS
US-Cardilol
DIG
PDE阻害薬(強心薬)
ACE阻害薬
βブロッカー
ジギタリス
虚血性心疾患 BHAT
SAVE
TIMI
BENESENT
βブロッカー
ACE阻害薬
t-PA
ステント
不整脈 CAST
STAT-CHT
I群不整脈薬
アミオダロン
高脂血症 WOSCOPS
4S, CARE
1次予防
2次予防
今後の臨床試験の課題
 
1 15年後の臨床試験に関するアンケート結果
 

 先頃,製薬メーカーの代表者会議に集まった100人あまりのトップの方々に,アンケート用紙を配りました。内容は「15年後にわが国の臨床試験はどうなっていると予想されますか」というものです。15年とした理由は,15年後に結果を出すためには, 10年後からしかるべき働きかけを行わなければ間に合わないのではないか,という意味を込めています。

 アンケートの質問事項は,

  1. 大規模臨床試験が数多く実施されており,わが国独自の成績が次々と発表されつつある。
  2. 多少実施さているが,わが国独自のガイドラインができるにはほど遠い状況である。
  3. 海外との共同試験のみ若干の参加が行われているが,内容はまだまだ不十分である。
  4. あきらめムードで積極的な対応はなされていない。

 この中でもっとも多かった回答は,1番で42人でした。次に多かったのは,2番の37人。否定的な回答は少なくて,4番の回答はゼロとなりました。

 これは希望的観測と期待を含めた結果だと思いますが,日本はギブアップしないで前向きに対応していけば,10〜15年先にはよい結果が得られているのではないかと,トップの方々は考えておられるということです。これを実現するために,われわれは何をすべきなのでしょうか。

2 移植医療と臨床クリニカル・トライアルの遅れとその原因
 

 話は変わりますが,世界では年間4000〜5000例の心臓移植が行われていながら,わが国では大阪大学で第1例が行われるまでの32年間,移植医療が実施されていなかったため,技術が非常に遅れているということです。もう一つは,治験を含めた臨床試験が非常に遅れている点です。この二つの現象に何か共通点,あるいは差があるかどうかを考えました。

 一つの要因として,医療のあり方が変わってきていることがあげられます。いままでは,移植医療も臨床試験も,医者と患者の1対1のクローズドな関係で成立していましたが,移植医療や臨床試験では社会性や公共性が重視されるということです。

 つまり,受益者と協力者が異なるという点です。例えばドナーとレシピエントは違います。ドナーはあくまでもボランティア活動です。臨床試験のプラセボコントロールで被験者といわれる人たちもボランティアで,参加した人自身はメリットを受けません。この構造が重要になってきたことは医療にとっては大きな変化ですが,それに対してわれわれが戸惑っていることが,現在の日本の問題点だと考えています。

3 競争原理の導入
 

 もう少し具体的な例を示します。移植医療の場合,主導者は外科医となります。外科医が非常に大きな牽引力となっています。臨床試験は製薬メーカーが牽引しているのが現状です。

 かつて厚生省は,国民の同意が得られないという名目のもとに移植医療については消極的でしたが,現在は非常に積極的になっています。臨床試験についても,むしろ官のほうが積極的な対応を示しています。移植医療では臓器移植法案,臨床試験は新GCPが作成されましたが,臨床試験については,医療関係者が意外に対応できていないところが大きな問題だと思われます。

 移植医療については,医療として定着するためには年間10例ほどの心臓移植がコンスタントに行われる必要があります。臨床試験の場合は約1000例規模のものが行われて,やっと定着するのではないかと思います。移植医療の促進因子としては,競争原理の導入があげられます。

 心臓移植の場合は,施設に指定されるかどうかという部分で競争がありますし,指定された東京女子医大,阪大,国循などの各機関や,医者の心の中にも競争意識があるのは事実です。

 臨床試験については,アメリカでは非常に競争意識が強く,論文を作るために臨床研究を促進している要素がありますが,日本では競争意識が薄いと思います。

 なお,移植医療,臨床試験ともに,協力者としての移植コーディネーターとCRCのサポートがあって初めて成り立つという意味では,両方とも共通しています。これから問題点が出てくると考えられるのはドナー施設,提供施設のクオリティです。治験や臨床試験においてはシステムの整備が大きな問題になってきます。

 解決策としては,臓器移植法案をもう少し緩和する。あるいは学習効果により,今後は経験そのものが移植を増やしていく要因になるでしょう。臨床試験の場合には各病院の新GCP対応ですがまだ遅れているところが多いようです。CRC,SMOの整備,拡充など,いわゆるシステムの整備が促進因子になると思われます。

 移植医療の場合は,いままで外科だけで対応していたものを,内科や学会レベルで協調するようになって初めて動き出しました。臨床試験の促進には,お金の問題だけでなく,競争原理の導入が必要と考えています。

 臨床試験に競争原理を導入する方法としては,一つのやり方としては地区ブロック,あるいは国際的な対抗意識があげられます。例えばインターナショナルな共同プロジェクトに入りますと,必ず日本とアメリカ,日本とブラジルというような比較が行われます。

 もう一つは,認定資格要件に治験の経験が必要となることです。臨床ポジションの資格認定に「臨床試験をまったくしなくても,ラットの実験だけでよい」という考え方が,成り立たなくなるようにする必要があります。すなわち資格の認定方法,報酬,人事に治験の経験が反映されるシステムが必要と思われます。臨床医として,基幹病院の部長に昇格する際には,動物実験の基礎的な論文のみでなく,臨床試験に携わったことが評価されるようなシステムということです。

 いまからでも,学会レベルで基準を作り,われわれのマインドを変えるだけで実現できると思うのですが,実現すれば,臨床試験を進める大きなインセンシティブになるのではないかと考えています。

  
結語
 

 これまでわれわれは,社会性,公共性に対して,対応のしかたやマニュアルをもっていませんでした。その解決策となる臨床試験導入の原動力となるものは報酬ではなく,競争原理の導入であるのではないかと考えています。

back
next