Framingham心臓研究における38年の追跡調査によると,血圧は高ければ高いほど(高血圧範囲になくとも),心血管事故の危険度が高くなった。心血管事故は高値正常血圧例でも発症し,その血圧の閾値は次第に低下し,現在,135/80 mmHgとなっている(Kannel WB,2000) 18)18) Kannel WB. Elevated systolic blood pressure as a cardiovascular risk factor. Am J Cardiol 2000; 85: 251-5.。同研究の対象を35〜64歳,65〜94歳の2群に分け血圧上昇に対応した心血管事故の危険度の上昇をみると,収縮期血圧も拡張期血圧も上昇に伴い心血管疾患発症の危険度は上昇し,同時に同一の収縮期血圧および拡張期血圧であれば,高年齢群は低年齢群よりも,心血管疾患発症の危険度はほぼ2倍程度上昇していた(Vokonas PSら,1988) 19)19) Vokonas PS, Kannel WB, Cupples LA. Epidemiology and riak of hypertension: the Framingham Study. J Hyper-tens 1988; 6(Suppl 1): S3-9.。図4は,Framingham研究における,50,60,70歳代における心血管事故の発症頻度(拡張期血圧95 mmHgまでの対象)を示すが,年齢増加に伴い,その上昇が認められている(Kannel WB,1999) 20)20) Kannel WB. Histolic perspectives on the relative contributions of diastolic and systolic blood pressure elevation to cardiovascular risk profile. Am Heart J 1999; 138(3 part 2): S205-10.(図4)。男性では収縮期血圧が1SD上昇すると,心血管事故の危険度を40〜50%増加させ,拡張期が1SD上昇すると心血管事故の危険度は30〜35%上昇させたと報告されている(Kannel WB,1999) 20)20) Kannel WB. Histolic perspectives on the relative contributions of diastolic and systolic blood pressure elevation to cardiovascular risk profile. Am Heart J 1999; 138(3 part 2): S205-10.。
1960年代には「拡張期血圧が正常か,低下していれば,収縮期高血圧は臓器障害の原因とはほとんどならない」とされてきた。しかし,Framingham研究(1980) 21)21) Kannel WB, Dawber TR, McGee DL. Perspectives on systolic hypertension: the Framingham Study. Circula-tion 1980; 61: 1179-82.の20年間の追跡調査では45歳まで収縮期高血圧の頻度は低いが,これを超えると増加し,同時に収縮期高血圧例の全死亡および心血管疾患死の危険度は正常血圧例の2〜5倍と高く,一連のFramingham研究の成績は「拡張期血圧」重視の従来の見解に対する反証となった。
年齢群別に血圧の心血管事故発生への影響をみると,Framingham研究の対象,男性3060例,女性3479例(20〜79歳)を20年追跡したところ,50歳未満では拡張期血圧が冠動脈疾患発症の最も高い予測因子であり(10 mmHg上昇に伴うhazard比,1.34),収縮期血圧(同比1.14)あるいは脈圧(同比1.02)と比較して大であった(Franklin SSら,2001) 22)22) Franklin SS, Larson MG, Khan SA, Wong ND, Leip EP, Kannel WB, et al. Does the relation of blood pressure to coronary heart disease risk change with aging?: the Framingham Heart Study. Circulation 2001; 103: 1245-9.。50〜59歳においては収縮期血圧,拡張期血圧および脈圧は予測因子として対応するものであったが,60歳以上では脈圧が最も高い予測因子であった(同比1.24)。拡張期血圧のhazard比は年齢増加に伴い低下し,対照的に収縮期血圧のhazard比は年齢増加に伴い上昇した。冠動脈疾患を有さず,降圧薬非服用の住民1924例(50〜79歳)を20年間にわたり追跡したところ,冠動脈疾患の発症は収縮期血圧とは正の相関関係,拡張期血圧とは負の相関関係を示した。収縮期血圧別にみると,同一収縮期血圧群内で冠動脈疾患のリスクは拡張期血圧とは負の相関関係を示し,脈圧と正相関関係を示していた(Franklin SSら,1999) 23)23) Franklin SS, Kahn SA, Wong ND, Larson MG, Levy D. Is pulse pressure useful in predicting risk for coronary heart disease?: the Framingham Heart Study. Circula-tion 1999; 100: 354-60.(図5)。収縮期血圧120 mmHg以上で脈圧が高ければ高いほど冠動脈疾患発症の危険度を上昇させ,脈圧は予測因子として収縮期血圧,拡張期血圧のいずれをも凌駕していた。中年住民に関するIPC(Center dユInvestigations Preventives et Clini-ques)調査(2001) 24)24) Benetos A, Thomas F, Safar ME, Bean KE, Guize L. Should diastolic and systolic blood pressure considered for cardiovascular risk evaluation: a study in middle-aged men and women. J Am Coll Cardiol 2001; 37: 163-8.では,パリ在住男性77023例,女性48480例(40〜70歳)を8〜12年間追跡したところ,男性,女性とも心血管疾患死の頻度は収縮期血圧と相関し,収縮期血圧が正常であれば,拡張期血圧は心血管疾患死に影響しなかった。収縮期高血圧男性例では心血管疾患死と拡張期血圧は「U型曲線」関係を示し,拡張期血圧90〜99 mmHgで最も低頻度であった。同女性では心血管疾患死と拡張期血圧は直線関係を示した。老年者収縮期高血圧に関する8報の試験成績(Syst-Eur試験,SHEP試験など)のメタアナリシスでも収縮期血圧と死亡とは正相関が観察されたが,拡張期血圧とは負の相関関係が観察され(Staessen JAら,2000) 25)25) Staessen JA, Gasowski J, Wang JG, Thijs L, Den Hond E, Boissel JP, et al. Risks of untreated and treated isolated systolic hypertension in the elderly: meta-analysis of outcome trials. Lancet 2000; 355: 865-72.,上述のFramingham研究成績と共通していた。
年齢がさらに高い,75〜94歳の老年者の血圧の心血管事故(死)および死亡に及ぼす影響を38年間にわたり追跡すると,Framingham研究においては心血管疾患を合併しない対象では血圧上昇に伴い男性,女性とも心血管事故および心血管事故が増加した(Kannel WBら,1997) 26)26) Kannel WB, D'Agostino PB, Silbershatz H. Blood pressure and cardiovascular morbidity and mortality rates in the elderly. Am Heart J 1997; 134: 758-63.。心血管疾患を合併している症例では男性,女性とも心血管死と収縮期血圧とは「U型曲線」関係を示し,収縮期血圧120 mmHg未満で死亡の頻度が増加していた。血圧低値例における予後の悪化は,心血管疾患合併によるもので,血圧低下自体によるものではないと推測されている。同様に85歳以上のLeiden住民(the Netherlands)830例の5〜7年の追跡調査でも,血圧低値群の死亡率は血圧高値群より高いが,健康状態で調整すると,血圧と心血管疾患死および脳卒中死とは正の相関関係が認められ (Boshuizen HCら,1998) 27)27) Boshuizen HC, Izaks GJ, van Buuren S, Ligthart GJ. Blood pressure and mortality in elderly people aged 85 and older: community based study. BMJ 1998; 316: 1780-4.,成績に類似性が認められた。
これらの成績は収縮期血圧上昇はすべての年齢群,性別を問わず,心血管事故の危険因子となることを示す。同時に拡張期血圧の上昇の意義は年齢別に異なり,若年では心血管事故の増加をきたす危険性が高いが,対照的に老年者では拡張期血圧低下(脈圧の増大)が危険度を上昇させることを推測させた。