左室肥大は心血管事故の予測因子として臨床的意義が注目されている。左室肥大の診断基準に心電図所見あるいは心エコー図所見が用いられているが,Framingham研究では高電位差があれば冠動脈疾患の頻度(/1000人・年,年齢調整)は35〜64歳男性19.5,同女性9.0であり,高電位差がないとそれぞれ12.0,5.0と低頻度であった(Kannel WB,1986) 39)39) Kannel WB. Hypertension: relationship with other risk factors. Drugs 1986; 31(Suppl 1): S1-11.。心エコー図所見を基準として40歳以上の住民3220例を4年間追跡して心血管疾患の発症頻度を左室筋重量別にみると,90 g/m(身長)未満では男性4.7(/4年間・1000人),90〜114 g/m 7.3,115〜139 g/mでは7.5,140以上では12.2と左室筋重量が50 g/m増加すると危険度は1.49(95%信頼区間1.20〜1.85)へ増加し,女性も同様に左室筋重量の増加に伴い心血管疾患発症の危険性を増し,左室筋重量が50 g/m増加すると危険度は1.57(95%信頼区間1.20〜2.04)へ上昇した(Levy Dら,1990) 40)40) Levy D, Gsrrison RJ, Savage DD, Kannel WB, Castelli WP. Prognostic implications of echocardiographically determined left ventricular mass in the Framingham Heart Study. N Engl J Med 1990; 322: 1561-6.。
左室形態と予後の関係については,40歳以上の心血管疾患の明らかでない3216例を7.7年間追跡し,求心性心肥大例は心血管事故が最も高頻度であり,次いで遠心性心肥大例,求心性再構築例の順であった(Krumholz HMら,1995) 41)41) Krumholz HM, Larson M, Levy D. Prognosis of left ventricular geometric patterns in the Framingham Heart Study. J Am Coll Cardiol 1995; 25: 879-84.。しかし,左室形態と予後に関する成績は左室筋重量や他の心血管系の危険因子で調整すると,有意でなくなった。すなわち,求心性心肥大例の心血管事故の危険度は,左室筋重量や他の危険因子で調整し正常形態例を基準とすると,男性1.3(95%信頼区間0.8〜2.1),女性1.2(同0.6〜2.3)となったと報告されている。一方,本態性高血圧694例を平均2.71年追跡すると,左室筋重量が正常範囲(<125 g/m2)でも,中隔または左室後壁壁厚/拡張終期左室内径比≧0.45あると,心血管事故の危険性を増加させたとする異論もあり(相対危険度2.56)(Verdecchia Pら,1995) 42)42) Verdecchia P, Schillaci G, Borgioni C, Ciucci A, Battistelli M, Bartoccino C, et al. Adverse prognostic significance of concentric remodeling of the left ventri-cle in hypertensive patients with normal left ventricular mass. J Am Coll Cardiol 1995; 25: 871-8.,なお,今後の検討が必要である。
脳血管疾患と左室筋重量の関係に関しても,Framingham心臓研究(1994) 43)43) Bikkina M, Levy D, Evans JC, Larson MG, Benjamin EJ, Wolf PA, et al. Left ventricular mass and risk of stroke in an elderly cohort: the Framingham Heart Study. JAMA 1994; 272: 33-6.では,老年者男性447例,同女性783例を8年間追跡したところ,脳血管疾患(脳卒中,一過性脳虚血発作)が89例に発症した。左室筋重量別にみると,左室筋重量の最も高い4分位にある男性の発症の危険性(/8年間)は18.4%,最も低い4分位にある男性では5.2%であった。同様に女性でもそれぞれ12.2,2.9%と左室筋重量が大であれば,脳血管疾患の危険性が高くなり,左室筋重量は心血管系の障害の指標になるものと推測された。
従来の成績から心エコー図上の左室肥大は冠動脈疾患,脳卒中などの心血管事故と相関することが明らかにされたため,同研究では心血管疾患を合併していない心電図上,心肥大所見を有する男性274例,女性250例を対象に心肥大所見の変化と心血管事故の相関関係を追跡した。心肥大所見が増強すると,心血管疾患の頻度が上昇し,心肥大所見が改善すると,予後の改善をきたす傾向が認められた(Levy Dら,1994) 44)44) Levy D, Salomon M, D'Agostino RB, Belanger AJ, Kannel WB. Prognostic implications of baseline electro-cardiographic features and their serial changes in sub-jects with left ventricular hypertrophy. Circulation 1994; 90: 1786-93.。
なお,Framingham心臓研究は主に白人の参加例で構成され,心エコー図上の左室肥大の頻度は男性14%,女性18%である。人種別にみると,アフリカ系米国人の左室肥大の頻度は白人より高いが,これは高血圧と肥満の頻度が高いことによるとされている(Benjamin EJら,1999) 45)45) Benjamin EJ, Levy D. Why is left ventricular hyper-trophy so predictive of morbidity and mortality? Am J Med Sci 1999; 317: 168-75.。実際,同研究において心血管疾患を合併しない男性1394例,女性1822例に心エコー図検査を行ったところ,左室筋重量はBMI,血圧,年齢と相関し,BMI 30を超えると左心室肥大が高頻度であったと報告されている(Lauer MSら,1991) 46)46) Lauer MS, Anderson KM, Kannel WB, Levy D. The impact of obesity on left ventricular mass and geometry the Framingham Heart Study. JAMA 1991; 266: 231-6.。同研究では左室筋重量とアルコール摂取量の関係が検討されているが,男性1980例では両者の相関関係が認められ,女性2511例では認められなかった(Monolio TAら,1991) 47)47) Manolio TA, Levy D, Garrison RJ, Castelli WP, Kannel WB. Relation of alcohol intake to left ventricular mass: the Framingham Study. J Am Coll Cardiol 1991; 17: 717-21.。しかし,女性ではアルコールの種類別にみると,ビールの摂取量とは相関関係が認められ,その種類で異なる可能性も否定できない。原因不明の左室肥大が認められた場合,過剰なアルコール摂取を考慮すべきであるとされている。