■治療学・座談会■
治療戦略はどのように変わったか
出席者(発言順)
(司会)山中 寿 氏(東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター)
石黒直樹 氏(名古屋大学大学院医学系研究科 機能構築医学専攻)
竹内 勤 氏(慶應義塾大学医学部 リウマチ内科)

可能になった治療目標設定

■臨床的寛解から機能的寛解へ

山中 治療目標として,寛解という言葉がよく使われます。 1997 年の ACR ガイドラインでは,治療目標は完全寛解で,それはまれにしか起こらないと表現されています。 その後のガイドラインでは,それが実際的な目標にどんどん変わってきています。 寛解が目標であることは,かなり一貫しているように思えますが,いかがでしょうか。

竹内 まさに治療法,治療戦略の進歩です。 以前は不可能と思われていた臨床的寛解が達成可能な目標になってきたのはここ数年のことです。 寛解が広く認識されるようになった理由は,疾患活動性の定義が EULAR 中心に決められ, それを定量化する指標として disease activity score(DAS)のようなものが広く使われるようになったからです。 これまでの ACR の寛解基準はかなり厳しく,6 つの項目のうち 5 項目以上を満足しなければなりませんでした。 DAS が使われるようになり,達成可能な数値目標に変わったと言えます。 ただ現在,真の意味の臨床的寛解は,DAS のクライテリアを満足するだけでなくて, 臨床的に滑膜炎がなくて炎症反応がまったく正常な状態と定義されていますから, 現在の ACR の基準でもまだ甘いと認識されつつあります。寛解の基準は今後,より高くなっていくことが想定されます。

山中 寛解には,臨床的寛解,構造的寛解,機能的寛解という 3 つがありますが,世界的にも是認されているのでしょうか。

竹内 世界的には徐々に認識されつつあります。 今までの寛解は臨床的寛解までで,その先にあるものはあまり認識されてきませんでした。 数年前から臨床的寛解になっても関節破壊が進む場合があるとわかり,関節破壊も止めたいと願うようになり, 関節破壊がまったく進行しない構造的寛解が注目を集めるようになりました。 さらに,身体機能の障害がない状態,つまり機能的寛解を目標として掲げるようになっています。 今や,これら 3 つの寛解は区別されるようになりました。それら 3 つがそろえば,完全寛解が達成できます。

山中 薬剤を服用しながらでも,発症前とまったく同じ日常生活が送れるようになることが“治癒する”という意味なら, 機能的寛解は治癒にきわめて近い定義です。今後,機能的寛解がより大きく取り上げられるべきだと思います。

石黒 寛解については,まったく同意見です。 患者さんには,「手術をしても,薬をのんでいても,あなたが健康的で活動的な生活ができれば,これはあなたの幸せです」と,言っています。 私どもがめざす目標は,そういった現実的なところではないかと思います。

 ただ,忘れてならないのは,一度失われた機能は回復できないことです。 われわれは現在,損傷された機能を回復させるためには,手術というきわめて荒っぽい方法しかもっていません。 そのうえ,手術をしても,元どおりの形・機能と同様とはとても言い難い状態です。 それらを十分に考えたうえで,治療を行わないといけません。

 仮に臨床的寛解を達成したとしても,構造的破壊はすでに起こっていて,HAQ でみると,機能的な寛解にはほど遠い状態であることもあります。 特にかなり進んでしまった患者さんにとって,果たして臨床的寛解は本当の幸せをもたらすのかどうか。 これは私たちに与えられた課題だと思っています。

山中 臨床的寛解は発症 50 年でも達成することはできますが,機能的寛解は,発症後早期に十分な治療が行われないと達成できませんね。

竹内 そうです。ただ,認識しておかなければいけないのは,仮に病状が進んでしまって, 臨床的寛解で,関節破壊があり ADL(日常生活動作能力)が上がらない状態だとしても,その時点で止めてあげるのも重要だということです。 臨床的寛解すら導入できなければ,確実にその人は寝たきりに向かっていくわけです。 薬物治療をしつつ,外科的な治療法も一方で使って,その患者さんにとって達成しうる ADL を取り戻してあげることが今はできると思います。 それが患者さんにとって満足がいくレベルかどうかには問題は残っていますが。

石黒 Treat to Target の現実的な目標として臨床的寛解があがっているのは早期の患者です。 罹患期間の長い患者さんに対し低疾患活動性があるのは,ある意味では妥協点がすでに存在しています。 ただ,妥協点は満足すべき点ではないことだけは,医師は理解しておくべきです。

■パラダイムシフトの意味

竹内 われわれが本当に求めているのは,患者の視点の機能的寛解だと思います。

 治療時に目標がないと,治療法がどうしても医師の経験と患者さんのフィーリングだけに偏ってしまいがちです。 そこで,ある目標を設定し,時間を区切って目標に向けた治療を積極的に行っていけば,疾患活動性のより良いコントロールが得られると考えています。 たとえば,血圧であれば血圧をどのくらいにすると明確に設定できるので,それに向けての治療法がきちんと強化して行えます。 それが今までリウマチ診療では行えませんでした。臨床的寛解という目標に向かって治療して,それに届かなければ治療法を見直す。 可及的速やかに目標までたどり着く方法を選ぶのが,Treat to Target,つまり「目標達成に向けた治療」の精神です。 目標に向かった治療,その間は強化治療をすることが基本だと思います。

石黒 これこそ,真のパラダイムシフトです。 薬剤が増えたからではなく,治療目標を設定し,それに対して共通の尺度で疾患活動性を測定し, 必要な治療を投入していくという考え方が,新しいパラダイムの意味ですね。 皆に治療戦略がはっきりとみえて,治療目標への方策が示されたことが最大の変化だと思います。

山中 私も同感です。強力な薬剤を使うことが,パラダイムシフトではありません。 今までの関節リウマチ治療は,患者さんが痛いと言えば,そこにステロイドを注射するというように,患者さんのニーズに応じるしかありませんでした。 今後は,患者のリスクを評価し,講じるべき戦略をきちんと示したうえで,5 年後,10 年後を考えた治療を行うことが重要となりました。 Treat to Target,早期介入を用いることによって,患者さんの予後を改善していこうという治療戦略の変化がパラダイムシフトであろうと思います。

竹内 そのことは,2008 年の ACR のリコメンデーション中にもみられます。 「薬剤選択のみが重要なのではなく,薬剤選択をするときに患者さんがどういう患者さんで, 発症してからどういう時期にいるのかも重要だ」とされています。まさにパラダイムシフトが起こってきた背景です。 そのころから,治療戦略の重要性の認識が高まってきたのではないかと思います。

山中 洋の東西を問わず,臨床の現場にいる人たち共通の認識なのではないかと思います。

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