■治療学・座談会■
治療戦略はどのように変わったか
出席者(発言順)
(司会)山中 寿 氏(東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター)
石黒直樹 氏(名古屋大学大学院医学系研究科 機能構築医学専攻)
竹内 勤 氏(慶應義塾大学医学部 リウマチ内科)

外科的治療の進歩と展望

■患者のニーズによる外科手術の増加

山中 薬物治療が進むと,RA 診療自体における手術療法の比重が軽くなると思いますが,そのあたりについてはどうでしょうか。

石黒 個人的には,人工関節手術を必要とする患者が少なくなれば,非常に良いことだと思っています。 でも,実際にはその逆で,人工関節の市場は急速に拡大しています。それは,変形性関節症に大量に使用されているからです。 RA 治療では,たとえば最終的に構造的破壊はある程度は止められたとしても,破壊を遅らせただけに終わってしまう人が多くなる可能性があります。 これまでのリウマチ患者のように数年で手術を受けざるをえないことは減るかもしれませんが,10〜15 年というスパンでみると, 変形性関節症となって,最終的に手術が必要となる可能性が考えられます。 非荷重関節と荷重関節では少し意味合いが違いますから,治療の精密さがどこまで要求されるのか,あるいはどの程度早期からの介入が要求されるのか, もう少し様子をみないと数字として出てこないのではないかと考えています。

山中 人工関節の適応などが今後変わる可能性があるということでしょうか。

石黒 そうです。生物学的製剤を導入した患者さんは,生活の質に対する要求が高くなっていることは明らかです。 これまであまり需要がなかったような手術を,「ほかは全部良くなったけれど,ここが悪い。ここをなんとかしてほしい」と, 患者さんのほうから希望されます。

山中 東京女子医大のデータでも同様なことが現れています。 荷重関節に対する人工関節の手術は減っていますが,指の変形に対する手術が増加しています。 今までの患者さんは,指の変形が進んでも,しかたがないとあきらめられていたようです。

石黒 それは,今までの薬物治療が不十分だったことの表れかもしれません。 手術しても,薬物治療が成功しないがゆえに,人工関節などの手術成績が,全体でみると十分に引き出せていないという状況でした。 薬物治療をきちんとすることによって,手術成績も安定しうる状況になりつつあります。

山中 外科的治療の今後の展望については,いかがでしょうか。

石黒 進行した患者さんでは,これまで指の変形などをあきらめていたという状況がありましたが, 現在は,特に上肢系の外科手術のニーズが増えています。 これまで医師は,いかに患者さんに酷なことを強いていたかです。 指などは,見た目や日々の機能でかなり大きな影響を受けていたにもかかわらず, 歩けなくなった,動けなくなったという基本的な部分のみを重視して,これを治せれば,よいでしょうと患者に説明して, 医師は治療を行ってきたのです。僕はこの変化を強く感じます。

■並行すべきリスクマネジメント

山中 外科手術の領域でも,RA 治療はかなり変容するということですね。

石黒 ええ,リウマチ治療本来の集学的治療について言えば,強力な薬剤の使用によって治療効果が高まりましたが, その一方で,感染症や肝炎に対する対策が非常に重視されるようになりました。 私たち整形外科医は,カンファレンスを呼吸器内科医と一緒に行ったり,肝炎の専門家と議論しながら治療に当たったりする機会が増えています。 治療の質を向上させる一方,リスクマネジメントも怠らないというように,ずいぶんと変わりました。

山中 RA における集学的治療の意味自体が変化したということですね。 薬剤では,有効性に光が当たりがちですが,安全性の問題もかなり大きいです。

竹内 そうですね。現在の薬剤治療は,免疫抑制をかけることにより,リウマチ炎症をコントロールしているところがあります。 作用機序を考えると,感染症とは裏腹の関係にあります。 感染症のコントロールが成功のカギを握っていて,感染症の治療ができないと,リウマチ治療ができないと言っても過言ではありません。

残された課題

■薬物療法の確立

山中 現在何ができなくて,今後何をすべきか,少し議論したいと思います。

竹内 現状の課題をあげると,薬剤選択についての指針がまだ十分にできていないことです。 これは,解決されていない課題で最も重要なもののひとつだと思います。 そして,1 剤が無効だった場合に次に何を使えばよいか,これもまだ十分には解明されていません。

 さらに,合併症や感染症などで,現状の治療手段が使えない人たちが依然として存在しています。 これらの患者に対する安全かつ有効な治療手段がまだありません。 また,現状の治療手段だけでは,すべての人に寛解という治療目標を達成できません。 治療薬の選択だけでも,まだ unmet needs が多数残っていると言えると思います。

石黒 追加しますと,現状の薬剤は,免疫抑制をかけることによって,リウマチの病状を改善しますから, 実は進行した人,かなり動けなくなっている人たちには使えません。 「私がこんなにリウマチで苦しんでいるのに,新しい薬を使ってもらえないのか」と,進行した患者さんは目で訴えてきます。 これが最大の問題です。その作用と副作用においての相反する問題点は,これらの患者さんに如実に出ています。

 次に,有効性が高くて良い薬であっても,非常に高価なので,発病から間がなく, 今後関節破壊の進行が予想されるような使うべき人に,経済的理由から使えないという現状があります。 これら 2 つが治療選択における unmet needs だと思っています。

■地域格差の是正

山中 私が追加したい unmet needs は,地域格差です。 医療の均てん化が,リウマチ治療において達成されていません。 都市部の関節リウマチ治療はかなり進んでいて,医療機関へのアクセスもそれほど悪くありませんが,地方ではまだ惨憺たる状況です。 そのあたりを,これからどのように改善していくかということも,大きな問題だなと思っております。

竹内 そのとおりです。確かに地方でも良いリウマチ治療をしているところはあります。 それは,そこにリウマチの専門的知識をもち実践する先生がおられるかどうかしだいです。 それを解決するためには,専門家を育成する機関に偏りがあるので,特に大学などで,リウマチ専門医を育てるシステムを全国的につくらなければいけません。 整形外科のほうがより専門性の高いプログラムができていると思いますが, 内科では,リウマチ内科あるいはリウマチ膠原病内科が大学にないところもあります。 そのあたりから解決していかなればなりません。

山中 リウマチ医療に関われる医師の数が問題になると思います。 日本のリウマチ患者は 60 万〜70 万人と言われますが,JCR の専門医が約 9500 人です。 そのなかで,現在要求されるレベルに達している医師の割合も,はっきりしていません。

 関節リウマチの治療はむずかしいと,実地医家の先生方があまり診たがらなくなったという話も聞きましたが,本当なのでしょうか。

石黒 確かに,新しい治療を始めから拒絶してしまうような,「これはやらない」といったような医師もおられます。 でも一方で,積極的にそれを取り入れて治療していこうという人もおられます。 後者はまだ少数ですので,そのあたりの問題はあると思います。 治療内容が短期間に高度化したことが二極化の原因となりました。 患者さんの幸不幸がそこで分かれるような残念なことがごくまれですが,散見されます。

山中 それは,逆に都市部の現象かなとも思います。 地方では,医療機関の選択の余地がないので,患者さんは集中しますから,治療をやらざるをえない状況となります。 逆に都市部では,やらなくても済みます。 そのあたりの状況変化に柔軟に対応できるような教育プログラムを,JCR や日本整形学会で考えていくことが,今後大事になるのではないかと思います。

石黒 さらに,JCR として,リウマチ専門医を,どう位置付けて, それをどのように国民に理解していただくかも非常に大切です。教育プログラムの整備と広報活動,それによる啓発が鍵です。 今後,啓発の成果で,患者さん自身が治療法を選んでくれるのではないかと期待しています。

竹内 専門医の配置に関する戦略を JCR が考え,足りない地域に専門医をつくるべきなのかもしれません。 まず,どこで専門医が不足しているかを調べ,どうしたらそこに専門医を配置できるのかというあたりから,考えていく必要があるように思います。

山中 医師過剰の時代になると,そのあたりの均てん化はもう少し進むと思いますが。

石黒 都道府県ごとに専門医が必要な患者は存在するので,専門医をきちんと供給できることは専門医体制の必須条件です。 そういう意味では,東京などの都市部では専門医は十分なので,地方に行くと専門医になれるよというシステムにすればよいかもしれません。 ただ,これは米国の現状と同じです。

竹内 そうですね。地域的に専門医の数を決める方法もひとつですね。

石黒 そのためには,かなりレベルの高い教育と,それに見合うだけの報酬が確保されないといけません。

山中 まったく,そのとおりです。

 関節リウマチの治療がこの 10 年で急速に進歩し,治療戦略が大きく変わりました。 関節リウマチの患者さんの状況は,今後どんどん良くなるでしょう。 そのなかにわれわれが参画できるのは幸運なことだと実感しています。本日はありがとうございました。

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