山中 本日は,関節リウマチ(RA)治療に関する専門医の考え方がどのように変わったかに焦点を当て,議論したいと思います。 10 年間を振り返ると,2000 年には,生物学的製剤もシクロゲナーゼ(Cox−2)阻害薬もなく, ビスホスホネート製剤もエチドロン酸ナトリウムが 1 剤あるだけで,それすら本格的に使える状況ではありませんでした。 使用できる薬剤を比較しても,現在は,数も質もまったく違います。
東京女子医科大学のコホート研究 IORRA によると,2000 年にメトトレキサート(MTX)を使用していた人は 33%で,2009 年には 70%になりました。 治療の成果をみても,2000 年に寛解状態にある人はわずか 7%でしたが,2009 年には 33%に増えています。 高疾患活動性の患者は当時の 20%が,現在は 7%になっています。わが国の RA 治療の歴史は,ここ 10 年間で最大の変化が起きたと思います。
この 10 年間について,石黒直樹先生,いかがでしょうか。
石黒 薬剤を使う医師の立場から言えば,治療薬の数が増え選択肢が広がったことは大きな意味があります。 しかも,それらの薬剤は有効性が高く,効果が実感できるものばかりでした。 薬剤の選択肢が広がり,種々の治療を組み合わせて,私たち医師が,治療戦略,そして治療目標を明示できる時代になったわけです。
山中 竹内勤先生,いかがでしょうか。
竹内 治療薬の増加とともに,薬剤の使用法にも考え方の変遷がありました。 特に,どの段階でどの薬剤を使用したら最も効果的であるかが明らかとなり,治療戦略が大きく変わりました。 その結果が,成果に結び付いていると言えるのではないかと思います。
山中 治療戦略の変化としてあげられるのは,早期介入と,十分な疾患活動の抑制の 2 つからなる“Treat to Target”です。 前者の「早期診断・早期治療」は,すべての疾患で言い尽くされてきたことですが,RA 診療では早期診断はなかなか困難で,これまで実現していませんでした。 今度,新しい診断基準が ACR(米国リウマチ学会)/EULAR(ヨーロッパリウマチ学会)から提唱され,世界中で議論が行われています。そのあたりをご解説いただけますか。
竹内 現在,炎症症状だけでなく,関節破壊をも止める力のある薬剤が使えます。 これらの薬剤を早期に用いて関節破壊を抑制できれば,身体機能が保たれる可能性がみえてきました。 そのため,効果を最大にする使用法が検討されたのです。 1987 年の ACR 診断基準(旧基準)は,発症 6 か月後で診断がつく人は 50%,1 年後で 80%,100%診断できるのに 5 年かかるというものでした。 これでは,治療の進歩と比べ時代遅れだというコンセンサスが高まっていました。
日本には,日本リウマチ学会(JCR)が作成した早期関節リウマチの診断基準があります。 ただ,確かに良い基準でしたが,早期関節リウマチという別の病気を診断するかたちになり,より早期から関節リウマチを診断できる診断基準が求められていました。
これらを背景にして,2009 年に ACR/EULAR が共同で新しい分類基準(新基準)を作成しました。 新基準と旧基準との最大の違いは,関節破壊を防ぐために,早く治療が開始できるように,というコンセプトで作られたことです。 いわゆる治療学の進歩により,診断基準が大きく変えられた例です。
山中 旧基準の問題点は,早期診断ができないということでした。早期から,きちんと治療していこうという流れになってきたのでしょうか。
竹内 旧基準では,診断できなければ経過観察,診断できるまで観察するという流れでした。 そのため,一部の人たちでは関節破壊が進んで,すでに不可逆的の状況になることもあったのです。 関節破壊の進行がないように早期に治療すべきだというコンセプトからすれば,これまでの基準は不十分です。
さらに,より早期に適切な治療をすれば,より高い臨床的効果が得られ, 現在の治療目標となっている寛解や低疾患活動性まで達成できる人たちの割合が増えることが明らかとなりました。 この考え方では,やはり旧基準は十分でないという結論になったのだと考えています。
石黒 MTX が出る前は,われわれは,治療戦略といっても戦略なき戦いのようなものでした。 関節の構造破壊が進行すると,機能的指標である HAQ(Health Assessment Questionnaire)が悪化し,治療によっても,それは十分に回復ができません。 条件が悪くなってから勝負を挑むのではなく,条件の良いうちに戦略を立て,こちらからしかけるというのがひとつの考え方となります。 この試みが新基準なのです。
これはまだ試みの段階です。旧基準には,「X 線画像評価で異常が見つかる」という 1 項目がありますが,これはすでに構造破壊があることを示します。 治療開始が後追いになっていることを認めています。 これでは手遅れです。逆に言えば,関節破壊予防のためにどういうことが考えられるかということから,仮説として新基準が出てきたのです。 この基準でも,まだ不十分かもしれません。今後,検証せねばならない問題です。
山中 確かに新基準には,Treat to Target が最初にあって,そのなかにコアの X 線の典型的所見がありますね。 そこを満たさなくても,関節の分布や検査所見など,そういうところで点数を加点することで診断する方法でもあります。 つまり,構造破壊が起こる前の段階でとらえる基準になっていますね。
私たち 3 人とも,新基準には大きな期待をしていますが,本当にどれくらい有用なのか,まだ自信がないといったところでしょうか。
竹内 そうです。今後,新基準は,世界的にいろいろな場面で検証が進んでいくと思います。 JCR も,わが国の現状に適合するかどうか,本当に日常診療に使いうるかどうかという点も含めて,検討しています。
山中 JCR は現在,竹内先生を委員長として新基準を検証する事業を進めています。 2010 年中には成果がまとめられ,2011 年 4 月の JCR 総会で発表されることになると思います。
山中 超音波や MRI 画像による早期診断がかなり行われるようになりましたが,いかがでしょうか。
石黒 画像診断の必要性を最も感じるのは,患者に説明を行うときです。 画像を用いての説明は,患者にとって非常に理解しやすいと思います。 また,カルテ上に,診断の画像的根拠を残すことができます。
超音波診断と MRI はよく対比されますが,ある意味で両極にあります。超音波診断の特長は簡便性です。 私は手元に置いて,患者自身に腫れの程度を見せて納得していただいています。 一方 MRI は,画像の再現性は非常に高いのですが,申し込んでから 1 か月後というように,アクセスに問題があります。費用もかかります。
竹内 超音波診断は,診療時間の制約など,さまざまな障害があって,当院の日常診療では使いにくいのが現状です。
山中 腹部の超音波診断が取り入れられるまでは,腹部の単純 X 線と触診しかありませんでした。 超音波検査によって,胆石や肝臓の腫瘍など,即座にわかるような時代を迎えました。 今,関節でも同様な時代を迎えているのではないか。ただ,解決すべき問題はありますが,少なくとも技術は進んでいますね。
石黒 率直に言えば,機械で腫れているとわかるものは,触診したら,腫れていることは明確なのです。これを単に視覚化しているにすぎません。
竹内 逆に腫れているところを確かめる,という超音波の使い方が,より実際的かなと思います。 腫れているのは,単に骨性隆起によって腫脹関節のようにみえるのか,あるいはリウマチの滑膜炎なのか,あるいはその両者なのかを鑑別するうえでは,非常に有用だと思います。 腫れているところを検証するという目的での使用が,最も良いと思います。
今後,さらに簡便になり,たとえば対象関節すべてを 10 秒で判断できるような検査機器ができれば,患者全員に実施してもよいという気はします。
石黒 超音波診断の欠点は再現性に乏しいことです。現状では定量デ−タにはなりません。 腫れているところにプローブをあて,患者さんに「ほら,赤いでしょ。これが悪いところだよ。これから治療,がんばろうね」と説明する。 頑張ったら赤色が減った。「あ,良くなったね」と。これらは,医師が触ればわかることばかりなのです。
山中 新しい機器や技術が発達しても,医師の患者を診察する手技の重要性が低くなることはありません。 リウマチ専門医は,患者の関節に触れて腫脹を評価する,その努力は怠るべきではないことは確かですね。