■治療学・座談会■
肝炎ウイルス感染の現状と新しい治療法
出席者(発言順)
(司会)井廻道夫 氏(昭和大学医学部内科学講座 消化器内科学部門)
田中純子 氏(広島大学大学院医歯薬学総合研究科 疫学・疾病制御学)
熊田博光 氏(虎の門病院 肝臓内科)
小池和彦 氏(東京大学大学院医学系研究科 消化器内科学)

肝炎治療の現状

■セロコンバージョンへの配慮

井廻 B 型肝炎の場合,大多数はセロコンバージョンして慢性肝炎,肝硬変という道をたどりません。それでも 10〜15%は慢性化してしまうことがあります。そういう人たちに対する治療の現状を,小池和彦先生のほうからご説明いただけますか。

小池 B 型の慢性感染を念頭に置き,その治療についてお話しします。B 型肝炎ウイルスが C 型肝炎ウイルスと決定的に異なるのは,一度感染すると排除できないことです。

 また,治療では,セロコンバージョン,つまり自然にウイルスが減り,安定化して無症候性キャリアとなる人が多いことに留意する必要があります。この率は 80〜90%とされています。言い換えれば,約 15%の人は慢性肝炎が持続しますが,残りの人は,抗ウイルス薬などを使用しなくても自然に落ち着くわけです。ですから,治療が不要な人には治療をしないということが前提になります。

 薬物治療において,今まではインターフェロン(IFN)という非特異的な抗ウイルス薬しか使用できませんでしたが,この数年間で特異的な抗ウイルス薬が使えるようになりました。最近,C 型も含めて DAA(directly acting antivirals)とよばれるようになりましたが,日本では B 型肝炎に対して 3 種類の逆転写酵素阻害薬が使用できます。ラミブジンが最初で,次にアデホビル,それからエンテカビルが出ました。ラミブジンは,劇症肝炎や肝硬変で今まで救えなかった患者を救えるようになり,非常に意義がある薬剤でしたが,耐性をつくりやすいという難点があります。エンテカビルが,この 3 薬のなかでは抗ウイルス効果が高く,かつ耐性が比較的できにくいという理由から,現状では第一選択薬と考えられています。

 ただ,長期使用は,今のところせいぜい 5 年までです。10 年,20 年と使った場合にどうなるか。耐性が徐々に出てくるとは思いますが,未知の領域であると言えます。

井廻 ラミブジンは核酸アナログの L 体なので,ヒトが利用できないため,催奇形性はないとされています。アデホビルもエンテカビルも,同様に考えてよろしいでしょうか。

小池 催奇形性は,エンテカビルではまだ不明です。動物実験では大丈夫だとされましたが,ラミブジンほどには歴史がありません。

■有効性の個人差

井廻 薬剤の有効性には個人差がありますが,そのあたりをご説明いただけますか。

熊田 ひと昔前までは,e 抗原が消えて e 抗体にセロコンバージョンして,かつ ALT 正常が持続すれば,治療目標を達成できたとされていました。日本には,かつては 2 タイプ,今では genotype の B が 2 種類ありますが,B のタイプは自然に e 抗原が消えやすく,全体の 2 割を占めています。一方,genotype C は,B と比較してセロコンバージョンしにくいです。海外種である genotype A もセロコンバージョン率が低いとされています。

 ところが,肝臓癌をみると,約 7 割は e 抗原陰性で,e 抗原陽性の肝臓癌は 3 割に過ぎません。そうなると,e 抗原が消えただけでは不十分だということになり,マーカーとして DNA ポリメラーゼが登場してきました。現在,感度の良いものが HBV DNA で,Real Time PCR 法です。最近は 3 つの要素,e 抗原が陰性化すること,AST,ALT が正常化すること,HBV DNA が低値で 5 log 以下であることが達成できれば,進行が止まると考えられています。その状態が治療目標となっています。

井廻 e 抗原と,HBV DNA 値は必ずしも並行しないということですか。

熊田 ええ,必ずしも並行しません。たしかに,e 抗原陽性のほうが HBV DNA は多いし,e 抗原陰性のほうが HBV DNA は少ないのですが,なかには e 抗原陰性でも HBV DNA が高い人がいて,予後が非常に悪いことが知られています。

 男女別でみると,genotype B は女性のほうが明らかに多いです。性差の大きな原因のひとつは出産です。出産後,e 抗原から e 抗体にセロコンバージョンする例が多数みられること,月経の状況によってホルモンバランスの崩れが起こる人がセロコンバージョンしやすいことが,以前から言われています。さらに,栄養状態が良い人ほどセロコンバージョンしやすいことがわかっています。e 抗原から e 抗体に変わる年齢は,先進国ほど早いことが知られています。

井廻 B 型肝炎ウイルスが自然に減少しない人については,エンテカビルの使用で,ほとんどコントロールできるのでしょうか。

熊田 現時点のわが国のデータで明らかになっているのは 3 年目までで,耐性株が出る頻度は 1〜2%,3%以下です。その頻度はラミブジンもアデホビルも 3 年目以降に増加しますから,3 剤のなかではエンテカビルが最も低いという理由から第一選択薬になっています。今後,4 年目,5 年目,さらに 10 年といったデータをきちんと観察しなければいけません。

井廻 エンテカビルにも耐性が出てきた場合を想定して,新しい治療戦略を用意しておかなければいけませんね。

熊田 いま世界で使われ日本で使用されていないのはテノホビルなので,新しい治療戦略となる可能性があります。ただ,日本ではすでに HIV の治療薬になっています。少数例の多剤耐性,つまりラミブジン,アデホビル,エンテカビルの耐性株が出た人にテノホビルを使うと,現状では非常に有効です。交叉耐性で説明すると,その 3 剤すべてに変異が起きても,テノホビルは変異の場所が異なっています。今のところ,テノホビルが有効なことは,少数例ですが,報告されています。

井廻 テノホビルを,日本で使われているということですか。

熊田 当院では,核酸アナログが 1500 例程度に使われていますが,その 3 剤でどうにもならないというのはたった 2 例でした。この 2 例がテノホビルの使用で治まっていますから,そう多くはありません。

井廻 HIV のようにカクテル,初めから多剤併用を行う必要はないのでしょうか。

小池 B 型肝炎ウイルスは非常にシンプルなウイルスで,ターゲットになるところは逆転写酵素くらいしかありません。そのため,カクテルで,プロテアーゼ阻害薬などの機序の違うものを組み合わせることができないのです。

井廻 そうですか。ポリメラーゼ阻害薬しかないのですね。あとは免疫療法ですか。

小池 ペグ IFN が使えるようになると,どういう位置付けになりますか。

熊田 現在,ペグ IFNα−2 a の治験が行われていて,その結果をみると,従来の IFN と治療効果にそれほど差がありませんでした。ただ,期間が 1 年になると,治療効果は従来の 6 か月よりもはるかに良いことがはっきりしてきます。将来的には,使い勝手の良いペグ IFN を 1 年間使うことが,IFN 療法のメインになるだろうと思います。

井廻 今後は若年者,そして e 抗原陽性例,e 抗体陽性例の両方にペグ IFN が使えるようになると,そのメリットは大きいですね。

■個人差の評価

井廻 C 型肝炎のほうはいかがでしょうか。

熊田 IFN は 1992 年 2 月に保険適応になり,C 型肝炎と思われる人はほとんど治癒が可能だとされましたが,その時点で治癒は 30%程度で,残りの 70%が治りませんでした。

 治りやすいかどうかは,日本ではグループ 1 型が治りにくく,2 型が治りやすいことがわかっています。さらにウイルス量が多い人は治りにくく,少ない人は治りやすいことが判明しました。その結果,治りにくい人はグループ 1 のウイルス量が多い人で,それ以外の患者が IFN 単独で治療が行われたという実態があります。

 2004 年にリバビリン併用療法と,ペグ IFN とリバビリンの併用療法が使用できるようになりました。そこで難治性の 1 型高ウイルス量に対して,ペグ IFN とリバビリンの 48 週間投与が,日本のスタンダード,そして世界のスタンダードになりました。2009 年ころから 72 週行うと,さらに有効なことが明らかになっています。医療費助成も含めて,日本では高ウイルス量にはペグ IFN とリバビリンの併用,低ウイルス量には IFN 単独というのが,現状の治療法だと思います。

小池 最近のゲノムワイド関連解析によりある遺伝子がみつかり,話がかなり変わりました。歴史的には,ウイルスの遺伝子型 1 と 2 で大きく違ってきます。日本の場合,1 が 7 割,2 が 3 割です。2 型のほうは,現状の治療法で 9 割近い人のウイルスの排除ができます。1 型の場合,低ウイルス量までいくと,100k です。

熊田 100k,5 log 以下ですね。

小池 5 log 以下ですと,やはり同様の 9 割近い排除率がありますが,問題は残った 1 型の高ウイルス量の人たちをどう治療するか,どういう人たちが効きやすいか。それらが,いまの解析の焦点になっています。

 宿主側因子としては年齢,性別,つまり若い人ほど効きやすく,男性のほうが効きやすいことがわかっています。そして,肝組織の線維化の進んでいる人には効きにくく,軽い人には効きやすいことが明らかになっています。

 ウイルス側の因子としては,山梨大学の榎本信幸先生が発見された IFN 感受性遺伝子(HCV RNA 1b NS5A ISDR)と,熊田先生の HCV コア遺伝子変異(コドン 70 および 91 番変異)などが知られていて,それぞれ特徴があります。NS5A ISDR は治療が有効な人を,コア遺伝子変異 70 は治療が無効な人を選び出せるという利点があります。

 最近は,インターロイキン(IL)−28B という IFNλの近傍遺伝子の遺伝子多型(SNPs)によって,効きにくさを選別できます。SNPs でメジャーなタイプとマイナーなタイプとを分けると,メジャーなタイプはかなり有効だけれども,マイナーなタイプは治療抵抗性です。

 幸い日本の場合には,IL−28B について,だいたい 8 割がメジャーなタイプのほうで,効きやすいタイプのほうが多いのです。

 また,IL−28B によりマイナーなタイプで効きにくいと判定された人のなかで,さらにコア遺伝子 70 番変異により効きやすいタイプかどうかをみると,両方とも効きにくいタイプとされた人では治療効果がきわめて低いことが,明らかになりつつあります。

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