井廻 日常診療におけるウイルス肝炎の主な治療対象は,B 型および C 型の慢性ウイルス肝炎ですので,本日はそれらを中心にお話をうかがいます。
田中純子先生,肝炎ウイルス感染の現状と今後の予想について,お願いしたいと思います。
田中 現状については,感染率や感染者数の話になると思います。もし仮に,日本人約 1 億 2 千万人を採血して調べることができれば,感染率や地域差は明らかになります。しかし,現実的には,ある集団における感染率などの値から日本全体の値を推測することになります。
現在,把握可能な感染率としては 2 つあります。1 つは,輸血用血液の安全性確保のために行われている日本赤十字社のスクリーニング検査により得られた資料です。もう 1 つは,老人保健法により住民健診受診者を対象に 2002 年から行われた肝炎ウイルス検査の成績です。
前者の資料,すなわち,1995〜2000 年の初回供血者約 380 万人の資料から明らかになったことは,C 型肝炎ウイルス(HCV)抗体陽性率は,年齢が若い集団では低く,年齢が高い集団では高い値を示すということです。地域別にみると,HCV 抗体陽性率が高いのは西日本を中心とした地域ですが,いずれの地域でも年齢が高くなるに従い高い HCV 抗体陽性率を示すという傾向が認められています。一方,後者,住民健診による約 800 万人の成績を解析すると,年齢別にみた HCV キャリア率については供血者集団と同様の傾向が認められます。
B 型肝炎ウイルス(HBV)についても同様に,初回供血者集団の年齢と地域別 HBV キャリア率,HBs 抗原陽性率をみると,1945 年生まれ,2005 年時点で 60 歳あたりをピークとし,その前後でやや低く,年齢が低くなるとより低い値を示しました。いずれの地域にも同様の傾向がみられています。ただ,B 型のキャリア率には地域差があって,北海道地域と九州地域でやや高い値を示します。
初回供血者集団と肝炎ウイルス検診受診者集団の,2 つの大規模集団から年齢と地域別の感染率について,同傾向の結果が得られましたので,日本全体集団においてもほぼ同様であることが推測されます。
井廻 B 型は 120 万〜150 万人,C 型が 150 万〜200 万人と言われていて,かなり幅が広いのですが,患者さんを含めるといかがでしょうか。
田中 キャリア数の推計値に患者さんの数を含めることはなかなか困難です。通常,献血をする人は,自覚症状がなく,自分は健康と思っている場合が多いと思います。その人たちが,「あなたは肝炎ウイルスに感染していました」と通知を受けるわけですから,献血者集団における感染率は,自覚症状がないまま社会に潜在している率と考えられます。1995〜2000 年の初回供血者のデータをもとに推計した場合,自覚症状がないまま社会に潜在しているキャリアと思われる数は,15〜64 歳の年齢層では,B 型で約 97 万人,C 型で約 88 万人となりました。井廻先生がおっしゃった数字は,15〜64 歳の年齢層の,上下の年齢層のキャリア数と患者数を含めたものと思います。
患者数を含めるとなると,医療機関での外来受診者,入院患者などを加える必要があります。
患者数を知るには患者調査を利用する方法があります。患者調査は,無作為抽出された病院,一般診療所などにおいて,1 年の決められた数日のうち 1 日を選び,入院と外来の患者数を調査するものです。この日に得られた入院と外来患者数と,疾患ごとに計算した平均診療間隔と,決められた数値(調整係数)をもとに総患者数が算出されます。たとえば,慢性肝炎では平均診療間隔が何日,肺癌では何日というようにして,総患者数を推計します。実態とどの程度合致しているかに関しての厳密な信頼性の評価は行われていません。
井廻 たしかに全例の登録ではありませんね。そこを勘案して,さまざまな人がいろいろと推計していますが,明らかなのは年齢別のキャリア率だけということですね。
田中 2000〜2005 年の初回供血者の資料を用いて再推計したところ,特に,C 型のキャリア率は低下しています。1995 年以降,手術時など検査の機会が増加したり,住民健診が実施されたりしたことで,感染していることがわかり,その人たちは献血には行かないと考えられます。患者さん以外の,自覚症状がないまま社会に潜在しているキャリアは以前の推計値より少なくなってきていると思います。
井廻 今後の予想は,いかがでしょうか。
田中 今後のキャリア数の予想は,新規感染率(新規発生率)をみないとわかりません。現在,わかっているのは,一般集団と考えられる献血者集団の新規感染率と,ハイリスク集団のひとつとされる透析医療施設での新規感染率です。2 つの集団での HCV の新規感染率は,102倍違います。ハイリスク集団と比べ,一般,供血者集団の新規感染率は C 型も B 型も低い値です。
井廻 将来的には減っていくだろうと,予想できますか。
田中 一般集団では,減少しそうです。ですが,ハイリスク集団では引き続き感染予防対策は必要ですし,欧米型タイプ genotype A の B 型肝炎ウイルスでは,感染後の慢性化率が高いと言われていることから,新規感染動向の疫学的観察や把握は今後も継続していく必要があると思っています。
井廻 B 型の新規患者は,熊田博光先生,虎の門病院は多いですね。
熊田 当院で新規患者が多かった最大の理由は,家族採血を徹底的に行ったからです。B 型患者の平均では,家族を調べると 1.8 倍の人がキャリアであることがわかりました。ただ,あくまでも推定ですが,虎の門病院は約 5500 人で,全国の約 0.5%と言われています。単純に 200 倍すると,患者とキャリアを合わせて約 110 万人という計算になります。
井廻 C 型では,どうなりますか。
熊田 C 型肝炎の患者さんはかなり散在しています。虎の門病院は全国の約 0.3%と推定すると,7000 人の 300 倍,約 210 万人となります。
井廻 新規の患者さんはどうですか。
熊田 B 型について注目すべきは,新規の genotype A の急性肝炎が急増しました。その話が伝わったせいか,このところ genotype A の急性肝炎が少し減っている印象があります。それ以外の B 型の genotype は,これまでの家系でフォローしていた人の知り合いや親戚などで増加しているだけで,それほど増えているとは思えません。
井廻 C 型は,血液製剤の検査により急減しました。残りのリスクは,針など,使い捨てすべき器具を不正再利用することなどですね。
熊田 C 型で多いのは慢性腎炎の系統が多く,散発的に現れるのが何かの医療行為を受けた可能性のある人です。エビデンスはありませんが,HCV 抗体がマイナスで何もなかった人が,不衛生な手術などから感染することが次に多くなってくると思います。
田中 男女別に新規感染率をみると,有意差はありませんが,C 型については,50 代,60 代の女性にやや高い傾向がありました。どういうルートで新規感染するのかということには,疑問をもちました。
井廻 広い意味での医療行為を受けた,ということでしょうか。以前,眉の刺青から感染した女性を経験しました。