■治療学・座談会■
新しい肥満治療アルゴリズム
出席者(発言順)
(司会)白井厚治 氏(東邦大学医療センター佐倉病院内科学講座)
宮崎 滋 氏(東京逓信病院内科)
堀川直史 氏(埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック)
谷  徹 氏(滋賀医科大学外科学)

外科的治療の動向

■外科的治療こそチーム医療が必要

白井 最近,日本でも注目されている外科的治療について,海外の状況も含めて,谷徹先生から,お話しください。

谷 外科的治療は海外では以前から行われていましたが,最近注目を浴びた理由は,メタボリックシンドロームに好影響を与えるという側面が明らかになってきたからです。外科医は,手術対象として良性疾患と悪性疾患を別に考えてきました。たとえば胃癌を摘出すれば,病変がなくなるわけですが,肥満手術の場合にはなくなったものは必ずしもありませんし,その後のフォローを実施しなければ成果は上がりません。その意味では,これまでの手術とまったく異なります。

 肥満の手術方法には種々ありますが,手術のみで完全に肥満が治癒するわけではありません。食べ方が変わるだけです。その後にどのように食べるか,どう日常生活を送るかを指導しないかぎり,治療にはなりません。ですから,外科だけで行う治療ではなくて,内科の先生と一緒に行うべきで,まさに生活習慣病のチーム医療だと考えています。

 また,外科的治療が認められてきた過程でも,興味深いものがあります。最初は,上下顎歯をしばるなど,摂食を抑えるための治療でした。次は,胃の中に入る食物を制御するバンディング手術,バルーン留置,その後は胃を取ったり,細くしたりする sleeve gastrectomy です。ほかには,胃を通さずに直接腸に流す胃バイパス手術もあります。

 最近,私たちが注目をしているのは,術後にさまざまな腸管ホルモンが変化して,これまでと異なる作用が明らかになったことです。

白井 論文などをみると,バイパス手術はリバウンドがかなり少ないですね。また,代謝改善度もかなり良いですね。

谷 減量効果はバイパス手術で 7〜8 割,sleeve gastrectomy では 6〜7 割です。バンディング手術では 5 割を切るというのが,これまでの一般的な治験だと理解しています。

 最近,メタボリックサージェリーとして,海外では肥満糖尿病患者に外科的治療を試みている報告がなされています。よいかどうかは不明ですが,欧米では,糖尿病を治すために,BMI が 20 台の人が手術を受けています。BMI が 10%程度も下がっていない段階で,すでに糖尿病のさまざまな因子が改善していきます。効果は,体重減少に基づくものに限らないことが明らかになってきました。

■手術だけでは完結しない

白井 医療費から考えると,糖尿病でインスリンを導入すると最低月 3 万円かかります。1 年で 36 万円,10 年で 360 万円となり,余命を 30 年とすると,糖尿病患者 1 人あたり 1000 万円強になります。本人であれば,負担は 1/3 だからよいと言っても,残りはだれかが支払うわけです。医療財源をどのように振り分けるかを考えると,外科治療が 100 万〜150 万円かかるとも言われますが,10 年単位で考えると安いかもしれませんね。

谷 生活の質も上がります。

 ただ,外科手術では,術後に服用するサプリメントの費用を合算する必要があります。

白井 懸念されるのは,胃に風船を入れておく方法で,バルーニングとよばれるものです。半年間入れておき,体重減少後に抜去するというもので,比較的容易に実施可能です。ですが,いつも胃がいっぱいで,食べても嘔吐するなど,苦しいようで,これを半年間続けるというのは,かなり無理があるように思います。患者さんへの情報公開は無論のこと,治療成績・問題点について,相互に情報を交換し合い,肥満治療を適正なものに育てていってほしいですね。

谷 私は聞いただけですが,欧米では太っているのはハッピーだと思われていて,やせさせるのは治療ではないという考えもあるようです。食べることが楽しみな人が食べられないので,新しい目的をもたせないといけません。それは,私たち医師だけではとてもできません。

堀川 そこは大事なところですよね。外科的治療で食べられなくなったときに,患者さんはどのような反応を示されるのでしょうか。

谷 数か月間,かなり悩まれるみたいです。食べたい気持ちは非常にあるようですが,体重が減少していくと我慢されます。やはり成果がないと,継続は難しいです。リバウンド前に,良い生活だと理解していただける状況になれば,持続する可能性があります。

堀川 食べることは,その人の日常生活の根本のひとつだから,そこが変わってしまうことは単にそれだけではないのですね。生活そのもの,生き方や楽しみ,全体の変化まで含むので,大きい問題です。

谷 若い女性が頑張るのは,やはり自信が出てくるからのようですね。

宮崎 これまで太るような生活をしていたから太ってきたのですから,手術をしても治療をしても,以前と同じ生活に戻ったら,また太るわけです。そこをどう変えていくかが重要で,そこのところを自分でどう考えて,どう対処するのか。つまり,生活変容を私たちが支援するわけです。それをきちんと受け止められる人は変わっていきますが,それが長く続かないのが問題のひとつです。

白井 そのところをうまく誘導していくためには,外科,内科,精神科がともにやっていくことが必要だと思います。

宮崎 パラメーターが重要ではないでしょうか。たとえば,血糖や肝機能,脂質などの改善が誘導法のひとつです。体重測定で最も有効なのはやせさせることです。患者さんは,うれしいから毎日測りますね。そういうマーカーを提示しないと,目的がわからなくなります。来るたびに良くなる,維持されていくことをわからせることが重要だと思います。

谷 NST(nutrition support team)のスタッフの話によると,少し体重が減って買物で外出したことなどが,患者さんにとっては大きな自信になるようです。

■生活全般への配慮が必要

白井 たとえば,家庭内にトラブルがある場合,食べることで気持ちを安定させられることもあります。私たちはそれをしてはいけないと指示するわけで,やせたのはよいけれど,我慢ができなくて離婚してしまった人の話を聞いたことがあります。肥満治療は,総合的な心のバランスをみながら実施すべきものだと痛感しました。しかし,担当者によって個人差が出てしまうのは,問題だと考えています。医療スタッフみなが共有できるような,そういう診療体系ができたら理想的だと考えています。

宮崎 患者さん側の準備というか,家庭内がごたごたしているときには,何もできません。そういうときには待つしかないと思いますね。

白井 堀川先生は,「治療契約ができるまでは無理ですよ」と言われたことがありますね。

堀川 患者さんに自分で本当に治したいという気持ちが出てこないと,治療は続かないだろうということです。

 種々のストレス因子が家庭や職場にあれば,肥満に関連する部分だけを取り去ると,別のところに問題が起きる可能性があります。でも,肥満を取り去らないと体に悪いのですから,それは取ってもよいわけです。だから,両方すべきです。臨床心理士や精神科医が,治療チームのなかで,どのような仕事をどのような方法で行うのか,さらに具体的に考えていきたいと思います。

谷 日本肥満症治療学会の外科部会のガイドライン方針でも,手術の適用を決める際に,臨床心理士や精神科の先生の助言を求めることになっています。

堀川 術後もきちんとフォローすべきであることは,まったくそのとおりです。ですが,原因を除かずに現象の入り口だけを止めるというのでは,その後にどこに何が出るかわかりません。米国の論文も,10 年後をみたものしかありませんが,うつ病患者の増加など,可能性としてはありえますので,そういうことを含めて,チーム全員の協力が必要だと思います。

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