■治療学・座談会■
新しい肥満治療アルゴリズム
出席者(発言順)
(司会)白井厚治 氏(東邦大学医療センター佐倉病院内科学講座)
宮崎 滋 氏(東京逓信病院内科)
堀川直史 氏(埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック)
谷  徹 氏(滋賀医科大学外科学)

精神的フォロー

■精神的背景をもつ肥満者ともたない肥満者

白井 高度肥満者のなかには,どうしてそこまで太るのかと疑問に思う例によく遭遇します。背景として,社会生活,精神面に何か特徴があるように思いますが,堀川直史先生,そのあたりをお話しいただけますか。

堀川 たとえば,ひきこもりの人はあまり精神科や保健所に相談に行きません。肥満者には種々の人がいますので,傾向として一括りにして,こうだとは言えません。あまり動かず外出しないので,太ってしまうことは考えられますが,まとめては言えません。

白井 そこに問題があるように思います。本人が精神的苦痛を表に出さず,他人に助けを求めようとしないで,食べることで自己解決しているような結果,太ってしまう人がいるような気がします。それが独特の性格によるのか,環境によるのか,わかりませんが,始めは医療という受け皿に乗ってこないで,最後に心不全などで来院する高度肥満者が多いように思います。

堀川 ひきこもりにまでなっていない肥満者は,多数来院されます。でも,心理的治療を求めて来るわけではありません。肥満を悩んで受診される人がいるとしたら,むしろ体重にこだわるタイプか,明らかな過食症の人です。現状では,肥満が治療対象になることを認識されていない人が多いです。

宮崎 太るのは,本人が怠惰であるから,あるいは生活を自己管理できていないからだと,多くの人が考えています。自己責任があるかのように言われています。これまで日本では,肥満が病気と認識されることがあまりなかったので,肥満は医療の対象ではないと考えられていました。ところが最近は,確かにメンタルな問題がある肥満者もいますが,普通の生活をしていても太ってくる人がいます。メンタルな問題もないのに,どうして太るのだろうと思うほどです。そういう意味では,日本人も普通に生活している人でも肥満になるという危険水域に徐々に近付いてきたのではないかという印象をもっています。ですから,肥満の原因が個人の精神上の問題,個別の問題と考えていると,逆に本質を見失うのかなと,最近は思っています。

■チーム医療に向かう必然性

白井 現状では,内科的治療がなかなか進まない実情を認めざるをえません。医者ひとりがいくら努力しても,なかなか効果が上がらないように思います。

宮崎 肥満症の診療は,医師だけでは困難で,必要な情報も十分には得られません。それで,コメディカルのスタッフに参加してもらうことが重要だと思います。私自身,患者とのコンタクトのほとんどを,栄養士,外来看護師などに頼っています。チームを組織しないと,肥満治療は難しいです。また,精神科医から心理的な面のサポートも受けられれば理想的ですが,今の体制ではなかなか難しいと実感しています。

白井 患者の個人生活に深くは関われませんが,そこを避けると,治療が中断され,数年後合併症の発症などで再来される人も多く,継続診療が大切なようにも思います。そこには,どうしても生活介入が必要のように思います。肥満者の診療のしかたは,一般の薬でかなりコントロールできる高血圧,脂質異常症患者とは少し異なるのではないかと思っています。

堀川 全般的には,肥満自体が患者さんの心の傷のようになっているので,それを取り除くことが重要になります。「これは病気であって,治療対象である」ことをきちんと伝えないといけません。良い治療環境をつくり継続することが重要で,それはすべての患者さんに共通だろうと考えています。

 ただ,患者の一部に,精神的要因の大きい人がおられます。外科手術を受ける人が中心ですが,米国のデータではうつ病の人の割合が多いことが明らかになっています。うつ病の既往がある人まで含めると,肥満者のかなりの割合になります。

 パーソナリティから言えば,自信欠乏性で執着性の強い人が多いです。それらの人に,むちゃ食い障害が起こっていました。

 うつ病と診断がつけば,抗うつ薬などの治療が可能です。むちゃ食い障害のある人の場合には,行動療法,認知行動療法をきちんと行う必要があります。そのため,肥満を専門に診療する施設には臨床心理士がいたほうがよいと考えています。

白井 精神科医師,臨床心理士に依頼するとしても,その領域を理解し,よくコンセンサスを得,任せきりにしない医師の姿勢が重要ではないでしょうか。

堀川 確かにそれは大事だと思います。

■わかりやすい治療マーカーが必要

白井 肥満の合併症で大きな問題になるのは糖尿病,睡眠時無呼吸症候群,動脈硬化症などで,かなり進行するまで無症候です。症状がないときに医師から指示を受けても,患者は受け入れてくれません。診療側がもう少しわかりやすく,患者さんに肥満の重大さを説明できるとよいのですが,そのあたりはいかがでしょうか。

宮崎 軽度,中等度の肥満症の人で,ちょっとした坂道で息が切れるという人がいます。本人は太っているためで病気ではないと思うらしいのですが,頸動脈エコーを行うとプラークがあったり,内膜に肥厚があったりします。また,脂質異常症や糖尿病を合併し,5 年以上経過している患者では,最近の MDCT で検査すると,冠動脈にかなりの変化があり,息切れの原因は冠不全であることがわかります。心電図にはなかなか出ません。今まで自分は元気だと思っていた人が,突然,「心臓カテーテル検査をやりなさい」と言われるので驚かれたりもします。医師はもちろん,医療従事者全員が「肥満は危険だ,病気なのだ」という共通意識をもち,患者に対応すべきだと思います。ただ,やせればよいといった問題ではありません。

白井 頸動脈エコーによるプラークの存在,非観血的で,血圧に依存しない血管弾性指標 CAVI なども,肥満治療によって改善することが判明し,動機付けにはよいかもしれません。

前のページへ
次のページへ