白井 肥満治療は今,従来の内科的治療に加えて外科的治療が始まり,また新しい薬物療法の開発も進みつつあります。 新しい診療体制を組み立てるにあたり,「新しい肥満治療アルゴリズム」という題でお話をうかがいたいと思います。
まず宮崎滋先生に,メタボリックシンドロームという観点から,肥満症のとらえ方について,お願いします。
宮崎 肥満症には,内臓脂肪蓄積優位でメタボリックシンドロームと重複した肥満症と,皮下脂肪蓄積優位の肥満症があります。 前者はメタボリックシンドローム型肥満症とよばれ,内臓脂肪の増加によるアディポサイトカインの異常分泌が生じ, その結果,糖尿病,脂質異常症,高血圧,脂肪肝,高尿酸血症,さらには心筋梗塞,脳梗塞,動脈硬化性心疾患が発症する肥満症です。 これは,内臓の脂肪細胞が質的な異常を起こしているので,日本肥満学会の診断基準では「質的異常による肥満症」と称されています。 一方,後者の肥満症は,主として皮下脂肪が大量に増えるので,その物理的障害により骨・関節障害や睡眠時無呼吸などが起きるという意味で, 「量的異常による肥満症」と言っています。さらに,BMI(body mass index)が 35 kg/m2以上になると, 心不全,呼吸不全,糖尿病などを合併する高度肥満に進展します。
近年,内臓脂肪の増加によって生じる種々の生活習慣病の集積,すなわちメタボリックシンドロームが問題になっています。肥満,内臓脂肪の増加によって生じる問題は,単純に言えば,肥満の改善や内臓脂肪の減少によって解決できると考えられます。たとえば糖尿病では,やせ型の糖尿病ではインスリン分泌が低下していますが,内臓脂肪が増加したタイプでは,インスリン抵抗性が生じたことで高血糖になっているので,体重を減らし脂肪を減らしてインスリン抵抗性を改善させれば,高血糖は解消されます。つまり,軽度の内臓脂肪蓄積を伴う肥満症の合併症は,体重の増加あるいは内臓脂肪の増加により同時多発的に生じるという特徴があり,逆に,肥満が改善され内臓脂肪が減少すれば,それらの合併症が一挙に改善されてしまうといえます。
白井 今,全世界的に問題になっている動脈硬化の主要因であるメタボリックシンドロームを進行させているのは肥満で,根治も可能なはずだということかと思います。
白井 最近,肥満はがんとも関連すると言われ始めました。そう考えてよいのでしょうか。
宮崎 最近のデータでは,いくつかの考え方があります。肥満あるいは内臓脂肪の蓄積によって生じる代表的ながんは,男性の場合には大腸癌,女性では乳癌,子宮内膜癌です。肥満との関連でがんが生じる流れとして,まず,肥満し,脂肪細胞が肥大化するため,アディポネクチンが減少することにより,がん細胞の増殖抑制が解除され,発がん後の増殖が促進されると考えられています。次に乳癌,子宮内膜癌は,閉経後の脂肪細胞内で生じるアロマタイゼーション(芳香化)という現象による,女性ホルモンの異常増加が原因だとされています。最後に,脂肪肝も注目されています。非アルコール性脂肪肝炎(NASH)から脂肪性肝硬変,さらに脂肪性肝癌への移行が問題になっています。
以上のような 3 つのルートで,肥満が種々の臓器で発がん性を発揮することがわかっています。軽度,中等度の肥満でも発がん性は高いので,肥満症患者の診療では,慎重に治療すべきだと考えています。
白井 逆に体重が減って喜んでいたら,がんが見つかったということが確かにあります。がんも常に頭に入れて診療をすべきということでしょうか。また最近,高度の肥満者で,急性心不全を発症し救急に搬送されてくる患者さんがめだちますが,いかがですか。
宮崎 確かに高度の肥満者が最近増加しています。150〜200 kg の若い人に多くみられ,心不全や糖尿病,睡眠時無呼吸などの呼吸不全があります。そのため,高血圧や,下肢の蜂窩織炎や著明なむくみなど,皮膚症状が強いことがあります。このような高度肥満は,体重だけに着目して治療を行うと,生命に関わることもありますので,十分な注意が必要です。
白井 さらに,高度肥満者には蛋白尿がみられることがあり,糖尿病腎症とは違ったかたちで腎不全になっていく場合がありますね。
宮崎 ええ,糖尿病がなくても蛋白尿が生じた患者を経験しています。肥満関連蛋白尿とよばれていますが,数 kg の減量で改善する場合があります。