■治療学・座談会■
CKD 診療の現状と課題
出席者(発言順)
(司会)伊藤貞嘉 氏(東北大学大学院医学系研究科内科病態学講座腎・高血圧・内分泌学分野)
井関邦敏 氏(琉球大学医学部附属病院血液浄化療法部)
渡辺 毅 氏(福島県立医科大学第三内科)
斎藤能彦 氏(奈良県立医科大学第一内科)

CKD と心血管病との関連

■CKD と心血管病の予後

伊藤 CKD で危惧される問題のひとつに心血管病の合併があります。斎藤能彦先生,海外で言われているように,日本でも CKD をもつ人は心血管病の予後が悪いのでしょうか。

斎藤 日本循環器学会総会でも,CKD はたいへん注目されていて,関連するプログラムも多く組まれています。日本でも最近,疫学的なスタディがいくつか報告されました。1 つは,北海道大学の筒井裕之先生が行われた JCARE−CARD(Japanese Cardiac Registry in CHF−Cardiology)という慢性心不全の登録研究です。もう 1 つは,東北大学の下川宏明先生が行われた東北慢性心不全登録(CHART:Chronic Heart Failure Analysis and Registry in the Tohoku District)です。両者とも,いわゆる CKD の診断基準を満たす人が驚くほど多かった。JCARE−CARD では約 7 割の人が CKD のクライテリアに入っていますし,CHART でも半分弱の人が満たしていました。実際に ADHERE(Acute Decompensated Heart Failure National Registry)という米国の登録研究,それは心不全の急性増悪症例の登録研究ですが,男性の 60%,女性の 90%が CKD だという成績になりました。日本も米国も同様に CKD は心不全に高率に合併していることが示されています。すなわち,循環器疾患の入院患者,あるいは受診中の患者の約半数は CKD を合併していると考えて,ほぼ間違いない状況です。

 しかも,心不全の予後は,eGFR の値が低いほど悪いことが明らかであります。循環器疾患のケアをするうえで,腎機能を無視して治療することはありえない,という時代になっています。

 ところが,心不全の大規模臨床試験はこれまでにもかなり行われていて,エビデンスは集積されつつあります。しかし,多くのエビデンスでは腎機能の悪い人が除かれていることが問題となります。ただ,それは血清クレアチニン値が 3 mg/dL 程度以上を除外していることが多いので,いわゆる eGFR で分けると,腎機能の悪い人もかなり入ってきており,CKD 3 程度までは,これまでのエビデンスを利用できるかもしれません。しかし,CKD の人をきちんとスクリーニングして,それらの人だけを対象にしたエビデンスが報告されるようになってもらいたいと思います。

 事実,CKD で透析をしている人では,透析をしていない患者でエビデンスのある薬剤が有効でないことが示されております。たとえばアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬でも,スタチンでも同様です。そういった意味では,循環器医と腎臓医が一緒になってエビデンスづくりをする必要があります。

伊藤 心不全などの登録研究の場合,eGFR そのものが,他のリスク因子を一致させても出てくるということですか。

斎藤 はい。独立したリスク因子なのです。最も強く影響したのが,私たちのデータでは,eGFR,その次が脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)でした。

伊藤 疾患別では,心不全以外の心筋梗塞や脳卒中も同様でしょうか。

斎藤 われわれのデータでは,200 例ほどの急性心筋梗塞を対象に検討すると,eGFR できれいに予後が決まっていました。

井関 2009 年 10 月の KDIGO Controversy Conference では,115 万人のデータでメタアナリシスを行い,全死亡,心血管死,透析導入,CKD の進行の 4 つのアウトカムとの関連を検討しました。現在,論文報告の準備中ですが,4 つのアウトカムとも GFR が低下するほど増加し,また蛋白尿(アルブミン尿)が多いほど多くなります。

伊藤 実は,それに異を唱える成績が宮城艮陵の調査から出ました。慢性腎炎の患者は,収縮期血圧が 130 mmHg 程度にきちんと管理されていれば,心血管疾患の年間発症率は,高血圧,糖尿病患者などと比べ,非常に低いという結果になりました。ですから,CKD の人は心血管病を起こさないということになります。

渡辺 それは大事なポイントを含んでいます。今までの多くの研究は,原疾患を無視して,CKD などの心血管イベントの発生率を解析します。一方で,脳卒中や心筋梗塞を発症したほうから振り返ってみると,糖尿病が半数以上,CKD が 1/3 という結果です。CKD の原因別に予後を解析すると,どのような結果になるのでしょうか。

斎藤 そこまではまだ明らかではないと思います。 CKD の定義では,たとえば eGFR が 60 mL/分/1.73 m2以上の症例は蛋白尿や形体異常を伴っていることになりますが, CKD でみるとステージ 3 のところで人数が増えているのです。 だから,ステージ 3 のなかには 60 mL/分/1.73 m2未満というだけでステージ 3 に分類されている人が多く含まれ, 蛋白尿を呈さない人がかなり含まれていますね。

 糖尿病性腎症を対象にわれわれが実施した調査でも,eGFR 60 mL/分/1.73 m2未満で顕性蛋白尿の人は 10 数%でした。だから,明らかに違う病態が混じっているので,そこを分けて考えていかないと,その後のケアに影響します。

■尿蛋白・アルブミン尿測定の意義

伊藤 尿蛋白が出ていると,本当に心血管系のリスクが高くなるのでしょうか。

渡辺 心血管イベントに関しては,有名なオランダの PREVEND(Prevention of Renal and Vascular End Stage Disease)研究という住民健診結果解析をみると,かなり低い程度のアルブミン尿から,つまり,微量アルブミン尿とされる範囲よりさらに低いところから,心血管系イベントのリスクが上昇しています。アルブミン尿に関しては腎不全の予知マーカーというより,心血管系イベントの予知マーカーで,なんらかの血管障害をみていると推測されます。これは腎臓病という概念でとらえるのがよいのかどうかは不明ですが,CKD の観点からアルブミン尿の問題を言えば,日本の統計ではステージ 1,2 がきわめて過小評価されていると考えられます。なぜなら,日本の健診では尿定性検査のみ実施しているので,アルブミン尿がほとんど見逃されているからです。米国の NHANES にはアルブミン測定が含まれています。だから,ステージ 1,2 が日本に比べ何倍も多くなっているのです。日本にもアルブミン測定が加われば,CKD 患者が多くなると思います。

井関 CKD の定義である「慢性」の意味は「3 か月以上」ということです。健診は年 1 回だけですから,通常 1 回のみのデータで CKD としています。3 か月以内で 2 回以上を慢性とするという可能性もあります。現在,急性腎障害(acute kidney injury:AKI)の慢性化と関連して議論されています。

伊藤 一般住民健診などでも,蛋白尿にさらに注目すべきです。一般住民のなかで腎炎患者はそれほど数が多くないので,マスとしてみると,尿蛋白がプラスマイナスと出ている人は明らかに血管や糸球体に障害があると考えて,間違いないと思います。

渡辺 アルブミン尿測定または尿蛋白擬陽性をどう位置づけるかが大事だと思います。 高血圧患者でも微量アルブミン尿は 3〜4 割にみられ,糖尿病患者とそれほど変わりません。 基本的に,血管障害を反映する検査で糖尿病性腎症の早期診断に特化する検査ではありません。

前のページへ
次のページへ