竹内 TNF や IL−6 を抑えることによって,安全性の面で問題点が浮上してきましたね。
西本 TNF や IL−6 には,有害な作用ばかりでなく,良い働きもあります。TNF 阻害薬は,感染防御や抗腫瘍効果などの望ましい作用も抑えます。常に光と影の部分が共存しています。そのなかでも,生物学的製剤一般に言えるのは,感染症の発症に注意すべきであるということです。重篤例として,結核や肺炎,ニューモシスチス肺炎などの日和見感染症がみられます。
竹内 細胞内寄生感染が TNF 阻害薬によって頻度が高まると世界的に言われていて,日本でも確認されています。また,腸管には種々の細菌が存在し,感染症の問題がより大きいのではないかと思いますが,どうなのでしょうか。
渡辺 市販後調査で約 3000 人を調べました。RA 患者よりむしろ少ないような結果が出ました。特徴的だったことのひとつは,敗血症が 20 人(0.7%)ほどで起こりましたが,そのうちの 70%は IVH(中心静脈栄養)を受けていたことです。IVH を受けている人は,IVH をやめることにより,その後,敗血症はほとんど出なくなりました。
結核が非常に心配されていましたが,3000 人中 6 人にしか出ませんでした。しかも,そのうち 3 人は,診断時に最初から腸結核と間違われたということでした。2 人はまったく X 線撮像を行わずに投与されていますので,クローン病と診断されてから発生したのはおそらく 1 人だと考えられています。
患者の多くは予防内服をしていませんが,ほとんど結核の報告はなくて,インフリキシマブは,クローン病患者で今 1 万人くらいに使われていて,結核患者はおそらく 10 人には達していないと思います。インフリキシマブに関連する感染症はそれほど少ないです。
竹内 たしかに思ったよりも少ないですね。リウマチ治療でも,最初は結核が心配されましたが,きちんとスクリーニングして予防投与すると頻度は減って,現状で発症された患者はほとんどが予防投与されていませんでした。
渡辺 クローン病の患者は RA 患者と比較して年齢層が若いので,結核が少なかった最大の理由は年齢ではないかと思います。
山中 安全性に関しては,やはり感染症が最大の問題で,明らかに増加します。一般的に細菌感染が最も多く,呼吸器感染,それから蜂窩織炎となります。軟部組織の炎症が多く,特に RA で足に傷のある方は,蜂窩織炎になる場合もあります。また,あまり注目されませんが,意外に多いのが尿路感染症で,ときに腎盂腎炎もあります。それから,日和見感染症は注意すべきです。
西本 長期的な安全性に関して言えば,腫瘍の発生頻度が注目されると思います。最近,米国 FDA(食品医薬品局)は,小児に関して悪性リンパ腫などの血液腫瘍の増加を発表しています。
山中 これまでのスタディをみるかぎりでは,悪性新生物の発生は増えていませんが……。
西本 悪性リンパ腫の増加は,肯定と否定のエビデンスが半々くらいですね。
山中 疾患活動性が高いこと自体が悪性リンパ腫を発生させるリスクとなります。ですから,薬の作用として,下げるところと上げるところがあり,それらでイーブンになっている可能性もあります。試験のデザインや,患者の重症度などにより,結果はかなり異なるのではないかという印象をもっています。
西本 もうひとつは,炎症によって生じる悪性リンパ腫は長期の経過中に起こるので,観察期間が 1 年,2 年のスタディでは難しくて,5 年,10 年使ってみないと,差は出ないのかもしれません。
山中 それに,併用する MTX が悪性リンパ腫を起こす場合があります。
渡辺 生物学的製剤の副作用に関して,最大の話題がクローン病で起きた hepatosplenic T−cell lymphoma(肝脾 T 細胞リンパ腫)であろうと思います。クローン病では欧米で 13 人,連続して肝脾 T 細胞リンパ腫が発生し注目されました。このリンパ腫は,全世界でこれまで 200 例くらいしか報告されていない珍しい型です。全例が致死的な経過をたどり,しかも半数は数回の投与で起こっています。それで,大きな問題になりました。
ところが,2009 年夏に出された肝脾 T 細胞リンパ腫をまとめた論文によると,23 例報告され,そのうち 16 例が TNF−α阻害薬と免疫調節薬が併用されていました。一方,7 例はアザチオプリン/6−メルカプトプリンの単独治療でした。それから,18 例がクローン病患者でしたが,5 例は潰瘍性大腸炎でした。それで,TNF−α阻害薬とクローン病の組み合わせばかりで起こるものではないとわかりました。ただ,問題だったのは,23 例中 21 例が 10〜20 代の男性だったことです。
竹内 それは,Epstein−Barr ウイルスと関連したリンパ腫とは違うのですね。
渡辺 ええ,まったく違います。
西本 比較的投与回数が少なくて発症するという事実は,肝脾 T 細胞リンパ腫そのものがクローン病と関連があるのでしょうか。
渡辺 初めはクローン病のみで報告されていたのですが,その後潰瘍性大腸炎でも 5 例起きていますし,RA でもアダリムマブ単独で 1 例起きています。この病気は,それまで報告されたことはありませんでしたので,即断はできませんが,初めは全例が TNF 阻害薬と免疫抑制薬の併用だったので,強力な免疫抑制が問題だろうと言われていて,それで TNF 阻害薬単独療法という流れになっています。
山中 生物学的製剤は薬価が高く,経済的な検討も不可欠です。特に RA に関しては,使い始めたら原則として使い続けます。特に発症早期ならともかく,確立した RA ではなかなか中止できません。
どのような薬剤でも,薬剤費として年間 140〜150 万円,3 割負担で約 50 万円の出費になります。RA 患者は女性が多く,十分な経済力をもたない人が多いという背景もあります。
経済性の問題に関しては,薬剤経済学的な研究もずい分と行われるようになり,さまざまなアプローチがなされています。大まかに言えば,疾患活動性の抑制や QOL を上げるためだけであれば,生物学的製剤は他の抗リウマチ薬ほどの費用対効果はありません。ただ,復職できる,将来的な手術を減らせる,介護の必要がない,寝たきりにならないといった人生の質まで考えれば支払う価値があります。つまり,長期的に考えれば十分に費用対効果が期待できるというのが,今のコンセンサスだと思います。
竹内 最近は治療のゴールが高くなり,寛解,実際に症状がなく炎症反応がないくらいにならないと,治療に満足できなくなっています。リウマチ領域では,TNF 阻害療法により寛解導入できる割合は 100%ではありません。クローン病では 90%だそうですね。
渡辺 それは,臨床症状の改善からみた場合です。インフリキシマブがクローン病の世界にもたらした最大の影響は,治療のゴールを上げたことで,その後の治験が難航するようになりました。
リウマチも同様かもしれませんが,これまでは,臨床症状を抑えることが主眼で,それで精一杯でした。臨床症状が治まっても,クローン病では 5 年,10 年経つと狭窄,瘻孔が進行し,結果的に手術に至り,その経過はどうしようもできませんでした。インフリキシマブにより mucosal healing(粘膜治癒)を初めて経験しました。内視鏡的に治癒をめざせば,寛解がかなり得られることがわかり,ゴールになりつつあります。
竹内 それはどのくらい導入できるのですか。
渡辺 きちんとまとめたデータはありませんが,2009 年に話題になった単施設コホート試験の結果(Leuven コホート)と SONIC 試験(Study of Biologic− and Immunomodulator− Naive Patients in Crohn's Disease)では,発症 2 年以内に治療を開始すれば,50〜70%は, インフリキシマブ投与で内視鏡的寛解になるという結果が出ていて,注目しています。
竹内 リウマチ治療では,関節破壊の進行が止まり,場合によっては機能障害もないような寛解,機能的寛解と言われますが,早期に厳格に介入すれば,最大で約 50%まではその寛解が得られるとされています。