■治療学・座談会■
抗体療法がもたらしたインパクトと今後の課題
出席者(発言順)
(司会)竹内 勤 氏(慶應義塾大学医学部リウマチ内科)
山中 寿 氏(東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター)
西本憲弘 氏(和歌山県立医科大学免疫制御学講座)
渡辺 守 氏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学)

IL−6 標的製剤のインパクト

■有効性

竹内 TNF 標的以外にも IL−6 標的製剤,日本では西本先生のグループが中心となり,世界にない効果を示されました。最初は myeloma(骨髄腫)ですね。新たな標的である IL−6,IL−6 受容体標的について,簡単にご紹介いただけますか。

西本 IL−6 も TNF と同様な炎症性サイトカインに分類されます。ただ,分子はまったく異なるので,TNF 阻害薬が無効な患者でも有効な可能性があります。IL−6 受容体を標的とするトシリズマブは日本で開発されたので,一連の臨床研究が日本で行われました。ただ,欧米との違いは,日本は単剤療法が中心だということです。だから,単剤療法でのエビデンスが得られたのです。一方,欧米での臨床試験はほとんどが MTX の併用になっています。

 単剤療法であっても,わが国では ACR20,すなわち症状や検査値が 2 割以上改善する患者が 7〜8 割です。寛解という,症状がほとんどない状態になる患者も,6 か月〜1 年の治療経過で 50%を超えるほど,良い結果が得られています。

竹内 MTX と TNF 阻害薬の併用は現在,最も臨床的効果が高く,ほぼ同等の効果をトシリズマブ単剤で,日本人で得られたわけですね。

西本 そうです。ただし,それは症状を抑える効果で,骨の破壊を予防する効果が TNF 阻害薬と比べてどうかはまだ不明です。

竹内 実地臨床での印象はいかがでしょうか。

山中 いくつかのことが明らかになっています。まず,TNF に不応のものに対してもかなり有効性は高いです。最近のわれわれのデータによると,最初の生物学的製剤として使用した場合でも,TNF 不応例の場合でも,有効率にあまり差は出ていません。これは,TNF と IL−6 が独立して動いていることを示しているのかもしれません。

 ただ,TNF を抑えるよりも,有効性が現れるまでに少し時間がかかるようです。TNF 阻害薬では約 1 か月後にはかなり改善し,患者が明るい顔をして来院されます。一方,TNF 製剤からトシリズマブに切り換えた場合には,1 か月目は逆に少し悪化するような印象があります。ところが,そこを 3 か月程度我慢すると,有効性が上がってきます。

西本 TNF 製剤からトシリズマブに変更する場合は,多くの症例がまったく無効なのではなく,TNF 阻害薬の効果が不十分な患者であると思います。まったく無効ではなく,ある程度は効いているが満足できなかった状況から,いったん TNF 阻害薬の効果が消失するので,悪化するような印象をもたれます。問題は,その後,IL−6 の阻害効果が出てくるまで,患者が耐えられるかどうかだと思います。

山中 トシリズマブは IL−6 自体を抑えているのではなくて,受容体を抑えています。したがって,トシリズマブを投与しても最初は IL−6 のレベルは高いのですが,徐々に下がってきます。IL−6 が低下してくるころと臨床的有用性が一致するような印象があるのですが,いかがでしょうか。

西本 むしろ,受容体を遮断しておけば,血中の IL−6 レベルが高くなっても,結局シグナルは遮断されています。そういう意味で,血中の IL−6 が高くなっても,影響はないと思います。

 私が考えるのは,まさに TNF と IL−6 の差で,TNF は炎症を惹起するという強い作用があり,痛みや腫れ,こわばりといったものが TNF に依存しています。IL−6 も炎症を引き起こすとされていますが,TNF とは別の作用からではないかと思います。

 インフリキシマブを投与すると,点滴を終わったころにはすでに痛みが消えている患者がおられます。IL−6 の場合には,効果が徐々に出てきます。患者の痛みや腫れはまさに TNF 依存性のもので,むしろ IL−6 はそれらに対して直接的には作用しないのではないかと考えています。

 IL−6 による直接作用と間接作用を分けてみると,直接作用は,IL−6 は肝臓に働いて CRP(C 反応性蛋白)をつくりだしていることです。遮断すれば,CRP は下がります。

山中 ええ,CRP は非常に早く低下します。

西本 また,血中のヘモグロビンもヘプシジンを誘導して貧血を起こすので,それも比較的直接的な作用に近い。ところが,関節中では,IL−6 は MMP−3 の産生を促したり,血管新生を促したりすることで,RA の病態に関わっていると思います。それは IL−6 単独ではなくて,TNF も IL−1 も協調作用を発揮しますから,そういう協調作用を遮断する。しかも,その効果は関節中の濃度がある程度たまってからでないと現れません。その代わり,いったん効きだすと安定しています。

竹内 特に免疫系に対する作用として,リウマトイド因子や抗 CCP 抗体を下げる効果は,トシリズマブでの治療中には観察できますか。

西本 リウマトイド因子が変化しない患者もおれば,完全に陰性化することもあります。これは従来の抗リウマチ薬治療も同様です。

竹内 炎症性腸疾患に対する IL−6 標的製剤はどうなのでしょうか。

渡辺 IL−6 受容体抗体はすでにフェーズ II/III が行われていて,20 例程度ですが,治験中にどちらがプラセボだかわかったくらい,劇的な効果がありました。かなり期待されていますが,まだ大規模なフェーズ III の予定はないようです。

竹内 IL−6 受容体抗体という,2 つ目の強力な武器を,われわれは手にしたことになりますね。

■炎症症状のマスク

竹内 臨床現場でトシリズマブを使い,課題として浮上してきたことはありますでしょうか。

山中 皆さんが最も危惧されるのは,炎症症状をマスクしてしまうことです。肺炎を起こしても,CRP が上がらない,発熱が起こらない,体のだるさなどの症状が出ないなど,臨床症状がまったく異なったものになります。だから,使用中のリスク評価が難しいです。

 ただし,慣れてくれば,トシリズマブ投与中でも,白血球は増える,咳は出る,痰も出るなどから判断できます。

西本 TNF 阻害薬も基本的によく効いている患者は IL−6 産生も抑制されているので,肺炎を起こしても CRP が 1 未満という患者もおられるし,特に高齢者では熱が全然出ません。

山中 ただ,トシリズマブを使うほうがその傾向が強いようで,臨床の現場では注意が必要です。

西本 CRP が最大の問題です。われわれは CRP の便利さに慣れてしまい,聴診や問診の重要性を忘れがちです。むしろ,基本に戻ることで予防できます。

山中 RA の活動性の評価で大事なのは DAS28 のような複合指標であって,CRP だけをみて判断するべきではありません。必ず腫脹関節や疼痛関節を診る。そういう姿勢が最も大事だと思います。感染症の診断という意味からも,疑わしい場合の聴診を怠ってはいけないと考えています。

西本 だるさや,いつもと違う感覚など,なんらかのサインは必ず出ていますね。酸素飽和度の測定も有意義です。

竹内 こういう免疫抑制薬のリスクはある程度わかってきています。一方,ステロイド薬のほうが,肺炎のリスクを高めるし,重症化を起こすというのが最近の知見です。危険なのは,広く使われ安全だとされているステロイド薬かもしれません。

渡辺 感染症のリスクに関しては,クローン病でも同様です。2009 年に発表された海外の報告でも,抗体製剤単独は感染症リスクを高めますが,ステロイド薬のほうがリスクが高いことが示されており,RA とまったく同じです。

西本 それに生物学的製剤は,その使用によってステロイドの減量も可能になります。この効果に大きな意義がありますね。

山中 最近のわれわれの検討でも,ステロイドは症状をマスクするだけで,骨破壊は抑制しないことが明らかになっています。ステロイドからの離脱はきわめて重要です。

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