■治療学・座談会■
医薬品使用の安全確保はどこまで可能になったか
出席者(発言順)
(司会)北田光一 氏(千葉大学医学部附属病院薬剤部)
池田敏彦 氏(東京大学大学院薬学系研究科,横浜薬科大学臨床薬学科)
東 純一 氏(兵庫医療大学薬学部臨床ゲノム薬理学)
鈴木洋史 氏(東京大学医学部附属病院薬剤部)

遺伝子多型と体内動態

■intermediate metabolizer の存在

北田 薬剤を使う側は,集団から得られたマスの情報をもとに,個々の患者の投与量や投与間隔を決めています。 効果の程度の差などは,個人の感受性の違いが原因だとされてきました。東純一先生,そのあたりはいかがですか。

東 薬効の個人差の原因のひとつは薬物血中濃度で,PK/PD(体内動態/薬物活性)に相関性があるかどうかが基本になると思います。 すなわち,薬物の血中動態が薬の効果に比例するという基本的概念です。もう 1 つは,同じ血中濃度であっても,有効な人と無効な人が存在するのは,薬物標的分子の問題であるとされています。

 実際に,フェーズ I 臨床試験では PK が確認されます。私が遺伝子に興味をもった理由は, フェーズ I の医学専門家・治験責任医師として,これまでに 400 くらいのプロトコールに関わってきて,血中濃度が投与量に相関していないという事実がいくつかあったからです。 1990 年以前では,「そういうこともある」,「体質である」と片づけられていましたが,実際にフェーズ I 臨床試験を行うと,かなり問題となります。 最初にわれわれが行った検討は,1995 年に発見されたプロトンポンプ阻害薬の代謝に関わる CYP2C19 です。 これには,日本人では代謝活性をほとんどもたない poor metabolizer(PM)が 20%を占めている遺伝子多型が知られていて,Helicobacter pylori 菌の除菌療法でも話題になっています。

 その次に行ったのは,精神科用薬のベンラファキシンです。CYP2D6 が主代謝酵素で,CYP3A4 も代謝に関与するとされていました。 しかし,フェーズ I 臨床試験では血中動態が用量と相関しませんでした。 当時,CYP2D6 の代謝活性がない PM は,日本人では 1%未満だとされていて,PM ヘテロ遺伝子保有者であるとしても説明がつきません。 種々の文献を調べたところ,当時は J−タイプや Ch−タイプとよばれていた CYP2D610 にたどりつきました。 そこで,被験者の遺伝子を解析してみると,体内動態と CYP2D610 とがきれいに相関したのです。 それには,日本人で数%にみられる CYP2D65 という欠失タイプアレルも含まれていました。 それで,薬物血中濃度は遺伝子,すなわち代謝酵素の遺伝子型によって差が出ることが明確になってきました。

 最近,わが国でもアトモキセチンが上市されました。アトモキセチンは,米国 FDA(食品医薬品局)が最初に CYP2D6 の遺伝子判定を推奨した薬物です。 日本で開発するにあたり相談を受け,特に CYP2D610 アレルと体内動態との関係を調べました。 幸いなことに,日本人に頻度の高い CYP2D610 は,それほど薬物血中濃度に影響を与えないことがわかりました。 CYP2D610 については,完全に代謝酵素活性がゼロにならないことから,intermediate metabolizer(IM)とされています。 代謝酵素活性が正常な extensive metabolizer(EM)と,活性をもたない PM,さらにその中間の IM に分けられます。 アトモキセチンについては,IM でも臨床的に問題になるほどの影響を受けないので,日本の添付文書には,「日本人では特に注意する必要がない」旨が記載されています。

 この例からわかるように,遺伝子多型があっても,薬物によって影響の現れ方が異なります。 特にわが国では,IM の代謝能は,フェーズ I 臨床試験の段階で,遺伝子多型と体内動態をきちんと調べる必要があると考えています。

北田 代謝酵素として 1 種類が関わり 1 つの代謝系しかない場合と,複数の酵素が関わっている場合とでは影響もかなり違ってきますね。

東 ええ。ベンラファキシンは当時,CYP3A4 と CYP2D6 とが代謝に関わっていると言われていました。 われわれが実施した臨床研究のデータを CYP2C19 の遺伝子型で分けてみたところ,きれいに血中濃度が分かれたので,CYP2C19 の関与が明らかになりました。 ベンラファキシンは,ヒトでの臨床試験で,代謝酵素が同定された珍しい薬です。

 もう 1 点,本薬から学んだことですが,血中動態をみる際に重要なことは,代謝物も親化合物と同じ活性をもっている場合です。 この場合,薬効という観点からは,遺伝子多型の影響を受けないということになります。

■添付文書・インタビューフォームへの明示

北田 鈴木洋史先生,医薬品の薬効や副作用発現に関連する遺伝的背景に関する情報は, 個々の患者に対して医薬品を適正かつ安全に使用するうえで重要ですが,医療現場へのフィードバックはどうでしょうか。

鈴木 医療現場へのフィードバックという観点からは,やはり添付文書への記載が大切になってくると思います。 たとえば,今でもクロピドグレルは議論が多い薬物です。この薬は,CYP2C19 の PM では効果がなく,それに関し,約 20 の論文が欧米では出ています。

 欧米人では CYP2C19 の一塩基多型(SNPs)の頻度が低いのですが,CYP2C19 の SNPs をもっているだけで,ステント血栓症発症のオッズ比がかなり上昇します。 こういったことは,添付文書やインタビューフォームに,まったく記載されていません。 確かに東洋人あるいは日本人でのデータではありませんが,海外で開発が先行され,CYP2C19 が危険因子になることが明らかになっているのに, 日本への導入時に注意事項として記載しないのは,危険だと思います。効果が認められなければ致死的な状況になる場合には,そのような注意も必要だと思います。

東 おっしゃるとおりです。特に CYP2C19 は,日本人では PM が約 20%を占めます。 欧米人は数%以下なので,日本人には重要な情報です。学会レベルでは,CYP2C19 が問題になるという報告が出ています。

■期待される遺伝子多型診断の保険収載

北田 われわれは,TDM(治療薬物モニタリング)と称して,薬剤の投与量を設定するのに,患者の血中濃度を指標にして投与設計に修正を加え, 薬剤の適正使用を実現してきました。TDM は,服薬が前提となります。一方,個人のもつ遺伝的な背景は,前もって有害事象を予測できるという意味で重要だと思います。

 ただ,遺伝子診断はエビデンスがあるにもかかわらず,なかなか保険適用が認められない現状があるように思います。現状と今後の見通しについていかがでしょうか。

東 CYP2D6 と CYP2C19 については,保険適用を申請中だと聞いています。

鈴木 イリノテカン投与時の UGT1A1 の遺伝子診断は,保険適用になっていますね。

東 イリノテカンは,高濃度では遺伝子多型が副作用に影響するようですが,低濃度ではほとんど影響を受けないとする論文もあります。

鈴木 イリノテカンは,血中濃度が高ければ,副作用も出やすいのですが,個人差はあるとしても, がんに対する効果は高まる可能性も考えられると思います。血中濃度,SNPs,薬効という評価で,確立された薬物はないのでしょうか。

東 私の知るかぎりでは,投与量まで確立されたものはないと思います。

■遺伝子多型と至適投与量の設定

北田 代謝に関わる酵素に多型が認められる場合,治験段階から遺伝的な背景と実際の治験データとを照合するような, 承認後も使えるデータづくり,エビデンスづくりを,各製薬企業は開始しています。 ただ,定性的な情報は入りますが,定量的な情報,たとえば必要量は倍量か半量か,投与間隔を空けるのかなど, そこまでかみくだいた情報はきわめて少ないのではないかと思います。どう改善されるべきなのでしょうか。

東 イソニアジドによる結核治療では,常用量を投与した場合でも 20%弱の患者に肝障害が起きます。 解析したところ,イソニアジドの代謝酵素は N−アセチルトランスフェラーゼ 2(NAT2)で, その代謝活性の低い slow acetylater(SA)が,日本人で約 20%いますSA に常用量を投与すると,多くの人に肝障害が起きます。 前向き試験で,まず NAT2 の遺伝子判定を行って,SA,intermediate acetylater(IA),rapid acetylater(RA)の 3 群に分け, 国際的な投与量 300 mg を基本とし,RA には 300 mg または 450 mg,SA には 300 mg または 150 mg,IA には 300 mg を投与し,比較してみました。 その結果,SA では,300 mg で肝障害が発現しやすく,150 mg でも治療効果には影響はないことがわかりました。

 NAT2 に関し興味深いことに,SA の比率は Caucasian で 50%で,イソニアジドの投与量は,これまで日本人のほうが多かったのです。 それはまさに,あるコホートの代謝活性の平均値を表していると思われます。 それで,ドイツを中心に,ヨーロッパでもわれわれとほぼ同じプロトコールで試験をやっています。その結果がどうなるか。わが国では SA の頻度が少なく, 欧米人では多いことから,両者のデータを合わせると,より明確なことが言えるのではないかと考えています。

北田 用法・用量の調節へいかに情報を活用するかという意味では,相互作用情報についても同様のことを感じているのですが, 相互作用の定量的予測についてお話しいただけますか。

鈴木 薬物間相互作用については,in vivo の臨床報告を全部精査し,たとえば CYP3A4 に対する阻害薬が併用されたとき, CYP3A4 基質の血中濃度が何倍上がるか,という解析を行い,in vivo で,CYP3A4 が各基質薬物の代謝にどの程度関与しているのかを求めました。 次に,in vitro のミクロソームを用いた代謝実験を行い,これら CYP3A4 基質薬物の代謝における CYP3A4 の寄与率を求めました。 これらの相関をとると,in vivoin vitro で寄与率は比較的良好に一致することがわかりました。

 CYP2C19 あるいは CYP2D6 などの,基質薬物の代謝における寄与率を in vitro で求めることができれば,その結果を in vivo に外挿することで, これらの代謝酵素に SNPs を有する患者では血中濃度が何倍に上昇するかなどを定量的に予測することが可能になるものと考えています。

■遺伝子多型と相互作用

北田 併用薬どうしが同一の多型酵素で代謝される場合とそうでない場合では,併用の影響は異なるのでしょうか。 相互作用に及ぼす多型の影響はどのように考えたらよろしいでしょうか。

鈴木 私がよく例にあげているのがボリコナゾールとリトナビルの併用です。ボリコナゾールは CYP2C19 と CYP3A4 によって代謝されます。 両者の併用効果は,短期併用か長期併用かにより異なりますが,短期併用の場合は,リトナビルが CYP3A4 を阻害するので, もともと SNPs により CYP2C19 機能が低下している場合には,ボリコナゾールの AUC(血中濃度−時間曲線下面積)が 27 倍にも上昇することが報告されています。 ボリコナゾールは血中濃度が上がると肝毒性が出やすいことから,併用は禁忌になっています。 このように,多型と相互作用,それが組み合わさると,非常に重篤な症状が現れうることがあります。

 一方で,CYP2C19 で代謝される薬の場合には,PM に対して,CYP2C19 の阻害薬を投与しても変化がない。そういうこともありうるので, PM の場合,薬物間相互作用が生じない場合と,リトナビルとボリコナゾールのように非常に大きくなってしまう場合と,2 つがあるので,注意が必要になります。

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