■治療学・座談会■
ブタインフルエンザ流行の検証と展望
出席者(発言順)
(司会)岩本愛吉 氏(東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野)
岡部信彦 氏(国立感染症研究所感染症情報センター)
河岡義裕 氏(東京大学医科学研究所感染・免疫部門 ウイルス感染分野)
工藤宏一郎 氏(国立国際医療センター)

ブタ由来の新型インフルエンザウイルス

■ヒト・トリ・ブタの交雑ウイルス

岩本 今回の新型はどのようなウイルスか,河岡義裕先生,お話しいただけますか。

河岡 1997 年から翌年にかけ,米国のブタで興味深いウイルスが流行しました。 なぜ興味深いかは,原因となったウイルスが,ヒトのウイルスの遺伝子,北米トリのウイルスの遺伝子,そして 1918 年のインフルエンザウイルスがブタに入ってその後受け継がれていた遺伝子, それら 3 つが交雑したリアソータント(reassortant)だったからです。

 一方,1979 年に欧州ではトリのウイルスがブタで流行し,それがヒトの香港型ウイルスとリアソータントをつくったりしていました。 そのウイルスの一部が,先ほどの米国のリアソータントと,さらにリアソータントをつくったウイルスが,今回の新型インフルエンザウイルスだったのです(図1)。

図1
図1 H1N1 ブタ由来新型インフルエンザウイルスの起源

岩本 北米に現れたのでしょうか。

河岡 発生した地域は不明です。ウイルスの系列を調べたところ,直近に位置するウイルスがありませんでした。 系統的に,最も近いものから少し離れています。というのは,リアソータントができて,それがどこかで流行していたはずなのですが,発見されていないからです。 われわれの目にふれなかった。ですから,近縁のウイルスが不明なままなのです。

岩本 ウイルスの RNP は,8 本ともすべて,そうなのですか。

河岡 はい。非常におもしろいことに,われわれの知らないところで流行していたわけです。

岩本 その流行は,ブタのあいだではなくて,ヒトですか。

河岡 それは不明です。ヒトであれば,おそらく顕在化したと思います。 ブタのあいだで,問題にならない地域で流行したのか,病気が軽症だったのか,よくわかりません。 かなりの間,われわれの目にふれないあたりに存在していて,それが起源だと思います。

 ヒトのウイルスがリアソータントをつくるところは,ヒトの中のことも,ブタの中のこともあります。 これまでのアジアかぜや香港かぜも,ブタの中でできても不思議はないのですが,その証拠はありません。

岩本 今回のものは,ブタの中でリアソータントができたのですね。

河岡 はい。明らかにすべてがブタ由来です。

岩本 ブタの中でできたリアソータントがヒトへの親和性をもって,瞬く間にヒトからヒトへ伝わったということですか。

河岡 ブタのウイルスの受容体特異性は,ヒトのウイルスとかなり共通しています。 それが,ブタのインフルエンザウイルスがヒトに伝播する理由です。以前にも,妊婦などで死亡者が出ています。

 ただ,ヒトからヒトへ感染したのは,1976 年に軍隊でブタ由来 H1N1 ウイルスが流行しただけです。 それでわれわれは,ブタインフルエンザに対し注意を払ってこなかったのです。

■ウイルス性肺炎を引き起こす

岩本 病原性という点では,このウイルスをどう考えたらよいのでしょうか。

河岡 これまでの経過からもわかるように,ほとんどの人は軽症で済みます。 ごく一部の人が重症化し,ウイルス性肺炎が起きます。季節性インフルエンザでは通常ウイルス性肺炎は起こらず,二次感染による細菌性肺炎が多いです。

 動物実験で調べても同様の結果でした。性質として,今回のブタ由来のインフルエンザウイルスは,季節性のウイルスとは明らかに違っています。 ブタではあまり大差がありませんが,マウス,フェレット,サルでは,季節性のインフルエンザウイルスは肺であまり増えません。一方,新型のほうは明らかによく増殖しました。 そこが,ウイルス性肺炎を起こしうる能力の違いだと思います。

岩本 メキシコでは当初死者が多かったですね。そういった点から,いかがでしょうか。

工藤 重症患者や死亡者のほとんどは,ウイルス性の肺炎が原因でした。 今回の新型インフルエンザは,重症化した場合には,高病原性鳥インフルエンザの重症肺炎と病理的にまったく同様で,臨床経過も非常に急激です。

岩本 基礎疾患が重要視されていますが,ほかに遺伝的な要因などが関係する可能性はいかがでしょうか。

工藤 その解析が進むのは今後だと思います。

■治療の遅れにより重症化

岩本 メキシコで多くの死者が出たのは,どういう点が問題だったのでしょうか。

工藤 日本でも,肺炎まで進行する人たちは,少数であろうけれど,おられると思います。 そういう人たちも,早期診断・早期治療,つまり抗ウイルス薬の使用により重症化せずに済むはずです。 一方,メキシコの医療体制はまだ十分ではないので,当初はほとんどの人が抗ウイルス薬の投与を受けていませんでした。 治療の遅れが,重症化させた大きな原因のひとつだと思われます。

 社会的な背景として,国民の約半数は医療保険に加入していない(加入できない)いわば貧困層で,病気になると,医療機関ではなく町の薬局に行き,症状を訴えて薬を買っています。 その薬をのみ,家でがまんをしている。治る病気は治るし,治らなければ,それから医療機関にかかります。 多くの人が抗菌薬と解熱薬をのんでいましたが,一部の人たちが重症化し,病院を受診した段階では,どう治療しても効果がなかった。“It's too severe, it's too late.”という状況でした。

岩本 最も大事なのは,抗ウイルス薬がどれだけ手に入るかという事情のようですね。

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