■治療学・座談会■
多価不飽和脂肪酸摂取と健康増進・疾病予防
出席者(発言順)
(司会)寺本民生 氏(帝京大学医学部内科)
中村丁次 氏(神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部)
多田紀夫 氏(東京慈恵会医科大学附属柏病院総合診療部)
小川佳宏 氏(東京医科歯科大学難治疾患研究所分子代謝医学分野)

疫学研究および介入試験の成果

■先駆けとなった Seven Countries Study

寺本 多田紀夫先生,疾病と脂肪酸摂取について,具体的なデータをご紹介いただけますか。

多田 1950 年代に,米国ミネソタ大学のアンセル・キース先生が中心となり,食事摂取と病態との関係を疫学的に調査する目的で, 世界 7 か国(米国,日本,フィンランド,イタリア,オランダ,ギリシャ,ユーゴスラビア)が参加した Seven Countries Study が始められました。 被験者に同じ食事を 2 つ作ってもらい,そのうちの 1 つを研究用として買い取る「陰膳」という方法がとられました。 栄養分析した結果はすべて米国へ送られ,血清コレステロール値もミネソタ大学で測定され,すべてのデータが 1 か所に集められたのです。 5 年間のフォローののち,1967 年に成果が発表され,飽和脂肪酸の摂取と血清コレステロール値, そして冠動脈疾患の死亡リスクの正相関が初めて明らかになりました。 当時は不飽和ではなく,飽和脂肪酸が調査対象でした。現在も一部で続けられていて, オランダでは冠動脈疾患の発症に関連する脂肪酸の種類について調べられています。 飽和脂肪酸のなかでもラウリン酸やミリスチン酸が高コレステロール血症に関わっており, PUFA に水素添加して安定化する際,派生するトランス脂肪酸は冠動脈疾患の進行に強い相関があるとわかりました。

 この研究を契機に,飽和脂肪酸,不飽和脂肪酸摂取がコレステロール値に与える影響について予測する「Keys の式」が考案されました。 これは,摂取する脂肪酸の内容によりコレステロール値が変化するという,現在も引き継がれている重要な見解です。 今では食事指導に取り入れられています。

寺本 Seven Countries Study は,食事が血清脂質に影響を与え,それにより疾患を規定しているという流れで, 食事と疾患を関連づけたという点で,重要ですね。

多田 その後も,さまざまな研究が発表され, 1981 年に発表された Western Electric Study では,PUFA の摂取が少ないほうが冠動脈疾患の発症リスクが高いというデータが出されました。 一方,1976 年に開始された女性 8 万 7 千人以上を対象とした Nurses' Health Study においては, リノール酸摂取の少ないグループと多いグループで比較したところ,多いグループでは冠動脈疾患リスクが 32%も低下しており, リノール酸摂取を推奨する結果が報告されました。

■冠動脈疾患発症との相関

寺本 グリーンランド在住のイヌイットは,欧米人に比べて非常に心筋梗塞発症率が低いというデータが 1970 年代に出されました。 この疫学調査を契機に,(エ)イコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)などの n−3 系 PUFA に注目が集まりました。 n−3 系 PUFA については,いかがでしょうか。

多田 n−3 系 PUFA に関する他の有名なスタディには, 1989 年に発表された DART(Diet and Reinfarction Trial)や 1999 年に報告された GISSI−Prevenzione(Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell' Infarto miocardico−Prevenzione)などがあります。 2 千人以上の心筋梗塞既往の男性を対象にした DART では,脂肪,魚油,食物繊維の 3 つについて冠動脈疾患二次予防への有用性を比較しました。 そこで浮かびあがったのが魚油で,死亡率の低下に有意に相関していて, 食物繊維や PUFA/SFA の比(P/S 比)も有用でしたが,n−3 系 PUFA が最も良いという結果になりました。 ビタミン E と n−3 系 PUFA を要因分析にて検討した GISSI では,ビタミン E と n−3 系 PUFA,ビタミン E のみ, n−3 系 PUFA のみ,対照群の 4 群で比較されましたが,n−3 系 PUFA の有用性は際立ったものの, ビタミン E の有用性は認められませんでした。

寺本 n−3 系 PUFA は効果がかなり強いようです。DART と GISSI では,いずれも死亡率は低下しましたが, 致死的な心筋梗塞などでは有意差が出ないので,興味深いですね。

多田 2005 年に HPFS(Health Professionals Follow−up Study)の結果が出て, n−3 系 PUFA が特に男性の突然死に関与すると発表されたのです。それで,PUFA の死亡率への関与が言われ始めました。

寺本 n−3 系 PUFA は血小板などに対する作用が大きいと考えられ,最終的なイベントを起こすものに効いているのかもしれません。

多田 実は,n−3 系 PUFA は LDL コレステロール値をいくぶん上昇させます。 ところが,冠動脈疾患での死亡は減らします。 ですから,n−3 系 PUFA については,コレステロール値の低下は冠動脈疾患の発症を減らすという従来の考え方とは違う観点が必要だと考えられます。

■二次予防に認められる有効性

寺本 介入試験の前提には,食生活の傾向とそれに相関する疾患の発症率など,まずは疫学調査が必要だと思っています。 疫学的なデータがあって,介入試験が可能になるのではないでしょうか。

中村 そうですね。介入試験には,健康な人を対象にした一次予防のものと, 既往のある患者を対象とした二次予防を目的にしたものがあります。介入試験でも被験者の状態により条件が大きく異なります。 それが結果に反映されてくると考えられます。

多田 介入試験として,血清コレステロール値が 250 mg/dL 以上の男女を対象に 4 年半にわたり追跡された JELIS(Japan EPA Lipid Intervention Study)では,EPA 製剤(イコサペント酸エチル)投与群と対照群との比較で, EPA 製剤投与群では冠動脈疾患の発症率が 19%減少しました。 3 千 6 百人が対象となった二次予防では,23%発症率が減り,そこで有意差が出ました。

 また,地中海食と通常食を比較した二次予防試験の Lyon Diet Heart Study では, 地中海食群では心血管疾患の発症リスクを 70%も下げています。オレイン酸がメインに検討されましたが, 食事の因子分析では何が最も影響したのかが明らかにはなりませんでした。 おそらく種々の因子が重なりあって漢方薬的な効果が出たのだと思います。 しかし一方で,霊長類に MUFA を摂取させたら,逆に動脈硬化が進んだという報告もあります。

寺本 DART や GISSI と同様,二次予防では有効性が出てくるあたりが興味深いですね。

中村 DART は二次予防の研究ですから,コレステロール値の影響ではなく血栓形成が関わってきて, n−3 系 PUFA に効果があったのではないかと思います。 一方,一次予防では,動脈硬化そのものの形成を予防するかしないかということなので, 有効なのは SFA か UFA か,あるいは LDL コレステロールの酸化を防ぐビタミン E かということになると思います。 ですから,リスクの形成を予防することと,すでにあるリスクを軽減していくこととは分けて検討するべきだろうと思います。

有効性の科学的根拠

■動脈硬化発生の全過程に与える影響

寺本 多価不飽和脂肪酸の生理活性についてどのように考えられているのでしょうか。 小川佳宏先生,最近の知見も含めてご解説いただけますでしょうか。

小川 脂肪酸は重要な栄養素であると同時に,シグナル分子としても非常に大きな役割を担っています。 単に身体を形成する材料としてだけでなく,実際にシグナルを伝える栄養素であり,「栄養シグナル」とよばれるくらいです。 その代表的なものが不飽和脂肪酸です。

 今までのお話のように,動脈硬化などの循環器系疾患の発症,あるいはそれらの病態の改善に有効で, すなわち抗動脈硬化作用が認められています。そして,動脈硬化発症の初期段階からその後の全過程に, 多岐にわたって効いている可能性があります。たとえば,単球の内皮接着に対する抑制作用や, 血液レオロジーの改善作用が認められています。マクロファージの泡沫化の抑制,脂質代謝の改善もよく知られています。

 多価不飽和脂肪酸の分子レベルの検討では,膜の組成に影響を与えることによって細胞膜の性質を変える作用も明らかになっています。

■抗炎症作用

寺本 炎症を促す n−6 系 PUFA と,それを抑制する n−3 系 PUFA との関係が明らかになり, 血管拡張作用や血小板凝集抑制効果などが認められました。 それで,EPA の製剤化に至ったのですが,そのあたりはいかがでしょうか。

小川 n−3 系 PUFA が n−6 系 PUFA に対し優位に働くといわれています。 その理由のひとつに,n−3 系 PUFA が n−6 系 PUFA のアラキドン酸代謝に拮抗するという作用があげられます。 作用点はまだ明らかではありませんが,身体には良い作用があると考えられています。

 動物性脂肪は炎症の促進作用があるのに対し,魚の油脂はそれを抑制する傾向にあります。 特に,炎症のシグナルの基本となる NF−κB という物質の活性を抑制する可能性が考えられています。 PUFA に含まれる EPA,DHA などがそれぞれ,レゾルビンやプロテクチンとよばれる代謝産物に変わり,抗炎症作用をもたらすのです。

 最近注目されているのは,ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)ファミリーのα,γ,δなどの, リガンドとして不飽和脂肪酸が強く働き,それが抗炎症作用につながる可能性が示唆されていることです。 また,一部の PUFA は細胞膜に出現している G 蛋白質共役受容体のリガンドになるといわれており, さまざまな生理作用により,動脈硬化を抑える可能性が考えられています。

 突然死などには,血小板の凝集という急性の作用が影響しますが,PUFA の効果は発現までに比較的時間がかかります。 ある程度の期間を経てから有意差が出るのは,単に血小板への抑制作用だけでなく, 炎症や慢性的な病態に効くような生理作用が考えられます。全身の炎症症状を軽減し, 動脈硬化になる以前のメタボリックシンドロームの段階で作用があるのではないか,と期待されています。

寺本 ひとつの理由では説明できない多機能物質であることが明らかになってきました。 種々の病態のおおもとになる炎症の抑制作用は,大きな意味がありますね。

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