寺本 今までの研究結果などから得た知識を,実際の食事にどのように活かしていったらよいのでしょうか。
多田 最も有効な食事療法は摂取総カロリーを減らすことですが,戦後から経年的にみても, 国民の平均摂取エネルギーは実はあまり変わっていません。変化しているのは,飽和脂肪酸の摂取量が増え,炭水化物が減少していることです。 生活習慣病の発症などから脂肪が否定されがちですが,脂肪摂取が多い国ほど,実は長生きをしているという統計もあります。 ただ摂取脂肪量を減らすだけでは,血清コレステロールも冠動脈疾患も減りません。 しかし,P/S 比を変えると初めてコレステロール値が減り,冠動脈疾患の発症率も減ってきます。 脂肪の内容に留意し,特に n−3 系 PUFA の摂取を増やしていくこと,そしてビタミンや食物繊維の摂取など,バランスの良い食事を心がけることが重要です。 もちろん,その前提には,禁煙があります。
中村 日常の食事から摂る栄養素と,サプリメントから摂る栄養素の評価は違うと考えられるので, これを一緒に議論すると,さまざまな問題が出てきます。 高脂肪食を摂りながら動脈硬化の発症が少ないという Seven Countries Study のデータが,それをよく表していると思います。
食事の研究はおおよその食習慣の検討から出発し,その中の有効成分を探索していきます。 しかし,それを薬剤として投与しても,期待ほどの効果が出ないことが往々にしてあります。 たとえば,β−カロテンにがんの予防効果が認められたので,中国で大量投与を行ったところ,逆にがんの発症率が高くなったという事例もあります。
食べ物の成分は複雑で,非栄養素でありながらも生理活性をもつ物質も多数存在します。 食物中には 1 万種類くらい有機化合物があるのではないかという説があり,ゲノムレベルの研究が必要だともいわれています。 実際,それを手がけようとしているグループも出てきています。 また,料理をすることでさらに複合体の機能は変化し,それらを一緒に食べることにより,有効成分が相乗/相殺しながら人体に影響を与えています。 しかし,その多様な複合体の評価法がないので,いろいろな話題が出てくるのではないでしょうか。 これは,食習慣や食事療法がもつある種の宿命だと思いますが,それを前提に,栄養や食事の問題を考えるべきなのだと思っています。
寺本 PUFA 摂取では,魚油が一番にあげられますが,最近,水銀の蓄積が問題視されています。 また,酸化しやすい物質なので,性質を知ったうえで食事を考える必要がありますが,どのように留意するべきでしょうか。
中村 PUFA は二重結合が 2 つ以上あるので,不安定で酸化しやすいのですが, 抗酸化成分をもつ野菜,果物,さらに種実などを同時に摂ることで,酸化が遅延し,PUFA の作用が活きてきます。
水銀などによる汚染については,食品衛生上の問題として議論していくべきです。 患者は抵抗力が落ちているので,食事療法に使う食材は,製品メーカーが安全性を確認し,可能なかぎり添加物を入れない, 汚染物が入らないよう,十分に配慮して開発していくべきです。また,それらを含めて指導していくべきだと思います。
n−3 系 PUFA は魚油に多く含まれていますが,含有量は魚の種類によって異なります。 水銀についても,蓄積が多い魚,そうではない魚があります。当然ですが,食べる部位によっても違ってきます。 食物繊維などのように,水銀の排泄を促進する食べ物や栄養素もありますので,それらと組み合わせた食事が理想的です。
多田 アスペルガー症候群は,DHA の摂取が少ないと発症しやすくなるといわれています。 水銀問題などの影響もあり,子どもの魚離れが懸念されていますが,親もあまり食べないようです。 DHA 摂取と認知症予防との関わりも指摘されており,全世代を通じて,PUFA のとらえ方,そして食習慣が疾患に及ぼす影響は, 大事なテーマになってきていると思います。
寺本 食事療法は一刀両断には言えないところが難しいですが,非常に重要な問題ですね。
寺本 大阪大学の磯博康先生が中心となって行われた日本人を対象とした研究があります。 男女 4 万人以上が参加し,魚を食べることが週 1 回程度の人と,週 8 回程度の人を比較し, 後者のほうが心筋梗塞発症率が約 1/2 減ったと,2006 年の『Circulation』に発表されました。 日本人は本来,魚を食べる国民だから,それ以上の摂取はあまり効果がないのではないかと言われていたこともありますが, 食事に含まれる EPA の量はかなり重要なのだと痛感した研究成績です。 学生に聞いてみたら,1 週間に 1 回程度しか食べていない人が相当数おり,食事状況がかなり変化しているようです。 食べる人と食べない人との差がきれいに出始め,それが最近の疫学調査のデータに反映されてきているのではないかと思っています。
有効性が明らかになった PUFA を治療にどう生かすべきなのか,今後の展望も含めて,お話しいただけますでしょうか。
中村 戦後以来,“高蛋白・高脂肪”を合言葉に欧米に追随し,政府もそれを推奨してきました。 実際,東京オリンピックでは「体力がないからメダルも取れないので,食事の欧米化を」と言われました。 しかし,今では長寿国とされ,体力的にも欧米に引けをとらなくなりました。 しかし,その食生活の変化から,生活習慣病が発生したのかもしれません。 果たして,今後どのような食事が日本人にとって理想的なのか。わが国の現状は,どこをめざせばよいのか,わからなくなっているのではないでしょうか。 米国でそのように話したら,「めざすのは日本だ」と逆に言われてしまいました。今は,世界一の長寿国である私たちの食文化を,きちんと解説すべきときなのだと思います。 納豆や豆腐などの伝統食品に秘密があるのではないかと思われがちですが, 実際には,それらが中心の食事であった当時の日本人は短命でした。 今後は,私たちの食生活の研究をさらに行っていくべきです。長寿国の日本人が発信すれば,欧米の人たちは耳を傾けてくれるはずです。
多田 何が日本食なのか,実は 2000〜2009 年の文献を集めて読んでいますが,それについて書かれているものはひとつもありません。 昭和 22(1947)年,日本人男性の平均寿命が初めて 50 歳を超え,2008 年には 79 歳となりましたので, 60 年間で男性の平均寿命が 30 歳も伸びています。この大きな変化をもたらしたものはいったい何か,究明するべきです。 そのうえ,日本人の寿命が一番伸びているといわれていますが,特にハワイ在住の日系人が顕著なのです。 これは,今日のテーマである PUFA に関連することなのかどうかを検討しなくてはならないと思っています。
寺本 ハワイの食事は日本に比べ脂肪摂取量が 30%くらい多いとされています。 それにもかかわらず,ハワイへ移住した日本人の心筋梗塞発症率が白人より低いというデータがあります。 広島県の出身者が多く,日系 3 世の人たちは時々広島に里帰りされていますので,日本文化にある程度ふれることが効果的なのかもしれません。
多田 Seven Countries Study のように,陰膳の買い取りなどをすれば何が要因なのかがはっきりすると思いますが, 今では困難です。われわれが食べている物と量をきちんと評価できる方法を,できるだけ早めに手に入れないといけません。 そこがスタート地点になると思います。
小川 医師として患者と向き合うときに,生活習慣病では生活指導が必須ですが,薬剤に頼ることも多分にあります。 そのなかで,PUFA が製剤化され処方が可能になったことは,非常に大きな意味があります。 しかし,基本としては 1 日 3 回の食事からの摂取が理想的です。特に PUFA は魚に多く含まれていることが明らかなわけですから, 食育により指導していくことが重要だと思います。
たとえば,炎症性腸疾患であるクローン病などは,食事内容によって炎症が強くなったり逆に抑制されたりすることがあり, まさに食生活と関連して炎症が起こると言われています。飽和脂肪酸が多い食事を摂取すると悪化し, 多価不飽和脂肪酸の摂取では拮抗することがあると考えられます。 また,多価不飽和脂肪酸は脳機能を保護するため,アルツハイマー病などの予防効果やがんなどに対しても有効です。 疫学研究のデータもありますが,動物実験などでもはっきりと炎症を抑えているのです。今後の治療に期待が大きいと思います。
寺本 各先生方のご発言のように,重要なのは,薬剤として使う物質と食事として摂取する物質とは異なるということだと思います。 EPA 製剤やサプリメントを積極的にのめばよいかというと,そうとはいえません。 EPA を含んだ食事をある程度摂ること,そして DHA と EPA が適当に入っているということが重要だと思います。 両方が含まれているもののほうが総死亡などをきちんと抑えてくれます。 まさに,さまざまな物質の作用が複合し合って効果が現れます。あるひとつのものに集中し過ぎると,危険な方向へ進んでしまうかもしれません。 それらをふまえ,現在の食文化を見直し,食育を考えていくべきだと思います。
1 日 3 回の食事から摂る,つまり 1 回 1 回の行動が非常に重要な意味をもっていることを, あらためて念頭におき,多価不飽和脂肪酸についても考えていく必要があると思います。 それは,病態栄養学,そして生活療法に関係した治療学へと結びついていくのだろうと思います。本日はどうもありがとうございました。