岡野 国内の研究は非常に進んでおり,実際に大きな効果も得られています。 しかし,必要となる製品の開発が遅れていて, 今のところ J−TEC(株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)の皮膚しかありません。 これはやはり,再生治療のための規制のインフラストラクチャー(インフラ)が整備されていないことが原因だと考えられます。 具体的にどういう対策が必要でしょうか。
梅澤 先日の日本再生医療学会で,製造委託についての検討が行われました。 委託という制度自体も,社会インフラのひとつだと思います。 2008 年に厚生労働省(厚労省)医政局の研究開発振興課が,北海道,東北,関東,関西など, 各地区にセルプロセッシングセンター(CPC)の設置にかかる事業を行いました。 近隣の施設へ細胞の委託が可能になることは大きな進展ですし,そこへ産業界に介入してもらえれば,さらに発展が期待できます。
西田 実際われわれは大学内の CPC で角膜上皮を作製していますが, 高度な技術を要する製造を,医師たちが継続的に行うのはかなり難しい状況です。 人事異動などもあり,その技術者となる医師たちの集団を維持させていくのは非常に困難です。 その問題を打破するためには,産業界が人材として入ってくるような,新しい仕組みが不可欠だと思います。
澤 大阪大学医学部附属病院では,2002 年に“未来医療センター”という トランスレーショナルリサーチ(TR)を行う施設を設立し,全国に先がけてインフラ整備を行ってきました。 私たちが道を切り開いていくという姿勢で日夜頑張っており,CPC の運営も含めて人材育成などにも力を入れています。
国策的にも TR 拠点が全国 6 か所で認定されており整備が進みつつありますが, 一方で,私たちも経験が十分ではなく,国のアイデアも具体的ではないので, 実際にはなかなか進展しにくいというジレンマがあります。 しかし,これを放っておくと,全国で 60 か所程度存在する CPC が倉庫化してしまう懸念があります。 CPC にこそ,細胞加工工場のような役割を期待したいと考えていて,そこには企業の力は不可欠です。 実際に,未来医療センターで細胞を作製できるような,それに適した基準もつくっています。 アカデミックな施設を活用しながら,企業と一体となり“細胞加工工場”を機能させていく,これは非常に重要なことだと思います。
岡野 再生医療など,新しい治療法の開発が進むと,20 世紀にできた薬事法では限界があるのではないでしょうか。
梅澤 それは非常に大事な点だと思います。私がスーパー特区に最も期待したい課題です。
委託については,薬事法違反ではないかと指摘される点が問題になっています。 医療法を採用する場合には,人材を派遣してもらい,医師の監督下で行えます。 しかし,人材派遣法では,派遣してもらった人材は派遣会社の監督下になるので,医師の監督下ではいけません。 このように,これまでの法規制では,再生医療における細胞の製造委託は成り立たないのです。
医療法の「ヒト幹細胞臨床研究に関する審査委員会(厚生労働省医政局研究開発振興課)」に申請するか, あるいは薬事法のもとに医薬品医療機器総合機構(PMDA)で承認を得なければなりません。 スーパー特区に選考された医療チームに関しては,行政の方々や委員と“一緒に相談できる”くらいの形式を期待したいです。
澤 「ヒト幹」自体のポリシーはよいと思いますが, 治験申請の際,別の人の審査を受けることになるので,非常にハードルが高くなってしまいます。 国策のひとつとしてスーパー特区を設置したのですから,「ヒト幹」と PMDA を連携させないとまったく意味がないと思います。 1 日も早く一般医療へ普及させるためにはどうすべきか, そのためには臨床試験を「ヒト幹」でどう判断するかと,むしろゴールから設定していくべきではないでしょうか。 各規制が独立しており,遅々として進まないということに,最大の問題があると思います。
西田 PMDA の理事長も全国の大学を訪問され,いろいろと相談しながら努力をなさっています。 引き続き,情報や目的の交流なども深く進めていくべきだと思います。
岡野 スーパー特区においても,PMDA へ予算をきちんと出すべきではないでしょうか。 また,PMDA と医師たちがお互いに認識し合い,安全性を担保しながら, 正しくリスク・ベネフィットのバランスを考えていくスタイルを構築していきたいですね。
西田 澤先生がお話しされた CPC の空洞化に対する懸念は私も同様です。 維持費が莫大で,実際のプロジェクトは少ないという施設も多いようです。 また,大学研究所に CPC を作り,そこである程度構想を練り, 最終的には企業に渡して標準的治療へ発展させるという考え方がまだ不鮮明です。 CPC から企業へ連携する過程を深く検討していくと, 現在の CPC をどう整理し次に何をすべきかが明確になってくるのではないでしょうか。
岡野 法律では,医師が自らの施設で培養した細胞を患者に使用する医療行為は医師法となりますが, 他施設の患者に使うことは薬事法なのです。 そこで CPC を多数設置することになりました。 たとえば,西田先生の施設では角膜を,澤先生の所では心筋を,私たちは食道を作り, それを他施設に出して治療できるようなシステムになれば,効率も専門性も向上するはずです。 そういう模範例をスーパー特区内で行っていければ,実際の効果も上がってくるのではないかと思います。
梅澤 モデル構築はぜひとも必要です。
澤 作る側,出荷する側にも,しっかりしたクオリティコントロールが必要になりますが, 医療上の責任はもちろん,手術を行う医師にあります。 たとえば,提供された心臓を受け取ってみたら動かなかったという例など,われわれは何度も経験しています。 しかし,インフォームドコンセントが十分であれば,患者の納得の下に行うという医療行為には,普遍性があると考えています。
西田 私も現状の法律下では,責任は医師にあると思います。 スーパー特区を機に,製造の分野にも新しい仕組みを期待したいです。