■治療学・座談会■
スーパー特区への期待
出席者(発言順)
(司会)岡野光夫 氏(東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
澤 芳樹 氏(大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学)
西田幸二 氏(東北大学大学院医学系研究科眼科・視覚科学分野)
梅澤明弘 氏(国立成育医療センター研究所生殖・細胞医療研究部)

期待されるグローバル戦略

■円滑な臨床応用への移行

岡野 米国で先日,胚性幹(ES)細胞による脊髄損傷治療の臨床試験が承認されました。 日本の研究も非常に高いレベルにありますが,臨床や治験では世界に大きく遅れをとっています。 今後,生き残るためにはどうすべきでしょうか。

澤 常にボトムアップ的な考え方が重要で,やはり最も大切なのは臨床で成功例を生み出すこと, これがすべてだと思います。そのために何が必要か,今何が問題かを,厚労省や PMDA とともに考えていくしかありません。

 私たちは世界で初めて心機能を回復させる治療法を開発したわけですから, それを国際的な臨床研究へ発展させるべきではないでしょうか。 日本で模範となるルールをつくり世界へ提案することができれば,それは大きな評価につながります。 そういうグローバルな戦略を,スーパー特区で始めていきたいです。

梅澤 まったく同意見です。治療の成功例においては,患者さん自身もマスコミなどに出ていただいて,それらを契機に,国際共同治験などへ結びつけられれば理想的です。

澤 日本の存在を示すということは,非常に重要だと思います。

西田  私が今注目しているのはアジアです。 角膜再生医療の技術を学ぶために,私たちの大学へも中国から何人か来ています。 技術をマスターした後は自国でそれぞれが治験を開始するのではなく, スーパー特区も国策のひとつですから,日本の国家プロジェクトとしてアジア全体で考えていけたらよいと思っています。

岡野 EU27 か国においては,EMEA(European Medicines Agency)が承認すると, 各国がそれぞれに治験を行う必要はなく,EU 全体で認可していくという仕組みを徹底させています。 たとえば,EU 内の医師なら,自国に限らず EU 内のどこの国でも診療を行えるシステムができています。 その根底には,治験を数多く行うことが本当に有益なのか,という疑問があります。 治験自体は安全性を担保するので必要ですが,再度治験を行うことは,安全性の担保ばかりを重視することになり, 時間がかかり,患者へ届ける時期が遅れてしまうことになりかねません。

 再生医療は薬剤ほど人種差がないので,アジアでも共同して行えればと考えています。 日本がリーダーシップをとっていきたいですね。

■バイオハブ機能の実現

岡野 先生方の研究を一般の治療に普及させ, より多くの患者さんを治すためにはどのようにしていったらよいでしょうか。

澤 世界が最も注目しているバイオサイエンス(バイオ)系の国はシンガボールです。 バイオを資源にしようとしています。 国策として莫大な投資を行い,世界中から約 2000 人の技術者をヘッドハンティングしており, 最終的には 4000 人になるといわれています。 わが国の憂うべき現状では,かなりの人材がシンガポールへ流れてしまうという懸念が否めません。 そこで,このスーパー特区にバイオハブ的な機能をもたせ, 新しい基礎研究を固めていきながら医療を産業として推し進めていかないと, 将来的に日本は行きづまってしまいます。そこには当然国の力が必要です。 トヨタのような世界的な自動車産業をつくってきた日本が現在転換期にあり,これから何をするべきかは, シンガポールをモデルケースにするというより,さらに上をいくことをめざすべきだと思います。 人材は豊富で技術力もあるので,必ずや可能なはずです。

 また,国が臨床試験に積極的になってほしいと望みます。 たとえば,眼は東北大学,肝臓は長崎大学,心臓は大阪大学というように, ある施設に集中させて徹底的に試験を行えるシステムが理想です。 医療産業を開発しながら,かつ実践的に試していく。 これには,ある程度国策で対応していくことが必要だと思います。 今は,いわば竹槍部隊が 1 人ずつ立ち向かって戦っていくという時代ではありません。

西田 産業化においては,私自身も構想がまだ十分ではありません。 ただ,治療を標準化するためには,必ず企業へ技術を渡さなければならないといわれています。 しかし,企業へ技術を渡すには,再生医療はビジネスモデルとして成り立ちにくい状況があります。というのは, 先ほどから議論になっている規制などの壁があること,それもノウハウという基礎的なところに非常に多いという点です。 物をつくれたとしても,次に移植する技術が必要となります。企業と実施する機関が,共同で取り組んでいくことが不可欠です。

 最後に私の夢を述べれば,このスーパー特区をきっかけに,海外へ技術を移転するのはもちろん, 再生医療を希望する患者さんを海外から日本へ受け入れることができるような, 再生医療病院というか,システマティックな施設の設立が実現できればよいと思っています。

■発信源としてのスーパー特区

岡野 これまでの産学連携は,橋渡し研究などとよばれ, 大学が技術を開発しそれを企業へ渡すと製品ができあがってくる,という流れでした。 しかし,「学」が「産」へ技術を渡し,「産」がつくったものを, 「学」が評価しフィードバックをしながら一般的な治療法へと発展させていくといった流れが理想です。 スーパー特区で真の産学連携のスタイルをつくり,1 人でも多くの患者さんを治すことが目標といえます。 スーパー特区の期限である 5 年間で,ぜひ頑張りたいですね。

梅澤 補償問題も課題のひとつだと思い,健康被害救済制度の現状を確認しました。まだ,政府で勉強会を行っているという段階なのです。 私も,責任の所在は医師自身にあると思いますが,たとえば患者からの訴えなどがあったときに対応できる救済制度や, スーパー特区で相談を受けられるようなシステムを整えていければと考えています。

 また,少し個人的なことになりますが,私は臨床の最先端の現場にはおらず,再生医療にどのように貢献できるかと, 常に自問自答しなければならない立場にあります。 細胞を培養したり,疾患モデルマウスに移植したりする日々で, 医療の現場にはおりません。しかし,自身で開発した最先端の技術を臨床へ移行する,という岡野先生の講演を聞き, 基礎研究者でも非常に高い評価を受けていらっしゃることに感銘を受け,自問の解決を見いだせたような気がしました。 臨床へ移行する際のトランスレーショナルリサーチに貢献する,その役回りを担えればと思っています。

岡野 近年,飛躍的に医療が進みました。しかし,臨床技術が進歩したからといって,すべての疾患が治せるわけではありません。 戦略的に治していく作業が必要です。

 梅澤先生がおっしゃったような,地道にテクノロジーを蓄積していく作業も重要ですし, 澤先生や西田先生のように,最先端の臨床を行いながら新技術を応用していく, 基礎と臨床が一体になって取り組んでいくことも必要な時代になっています。 日本はまだ“旧態依然”の延長線上にいることが多く,特に革命の必要な新しい治療“再生医療”という世界では, なかなかコマがそろってきません。

 今回のスーパー特区の設置では,技術力の高い人材も集まりましたし,企業もずいぶんと参加しています。 本日,お話しいただいたことが,5 年後にはかなり達成できていることを願って,努力していきたいと思います。 本日は,ありがとうございました。

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