■治療学・座談会■
スーパー特区への期待
出席者(発言順)
(司会)岡野光夫 氏(東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
澤 芳樹 氏(大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学)
西田幸二 氏(東北大学大学院医学系研究科眼科・視覚科学分野)
梅澤明弘 氏(国立成育医療センター研究所生殖・細胞医療研究部)

岡野 本日は,再生医療が今後どうあるべきかを総合的に議論していきたいと思います。

 20 世紀後半には,遺伝子工学や細胞工学が進み,ペプチド,蛋白質が薬剤として開発され, それらによる治療が可能になりました。しかし,依然として対症療法の域を脱していません。 そのため,細胞や組織での根本治療が実現できる再生医療への期待は,非常に大きくなっています。

 2008 年に先端医療開発特区(スーパー特区)の設置が閣議決定されました。 スーパー特区とは,革新的技術の開発を阻害している要因を克服するために, 研究資金の特例や規制を担当する部局と並行協議などを行えるという特区で, これまでの行政区域単位でなく,テーマを重視し,複数拠点の研究者をネットワークで結び, 複合体を構築するものです。再生医療分野では,5 課題が採択されました。

期待される効果とその安全性

■人工心臓からの離脱

岡野 心臓外科分野で再生治療を臨床応用されている澤芳樹先生に, 特に安全性と効果をどのように評価しながら行っていらっしゃるのか,お聞きしたいと思います。

澤 私たちが行っているのは,脚の筋肉の細胞をシート化して心臓の周囲に張りつけるという治療で, 世界で初めて人工心臓からの離脱を実現させることができました。

 これまでは,骨髄細胞の移植による血管新生療法が中心で,脚の筋肉の細胞などを, 注射器で注入することにより移植するといったイメージでした。十分な効果を得られず, むしろ不整脈を起こすなど,安全性を懸念するようなデータが出ていました。 私たちは,その同じ細胞を用いて,人工心臓を装着した重症患者の再生治療を成功させたのです。 安全対策は当然のことながら万全に施し,動物実験による十分なデータを集計し, 院内の倫理委員会で承認を得ました。不整脈などの合併症もなかったです。

 しかし,現状では,このような臨床試験を円滑に実施することは非常に難しくなっています。 「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針(ヒト幹)」という規制により,試験が迅速に進まない場合があります。 規制の主眼は,臨床試験の安全性を担保するためのハードルは決して下げてはいけないということですが, 効果・有用性を証明し,いち早く臨床へ発展させるにはどうすべきか,という課題が浮上してきたのです。

■視力改善率 80%以上

岡野  西田幸二先生は,国内に限らず世界でも相当数の患者を治療されておられます。 安全と効果について,どうお考えでしょうか。

西田  われわれが対象としているのは角膜疾患です。 角膜は眼の最も前方にある組織で,カメラでいうレンズにあたります。 これが濁ると光が入らず,見えなくなります。これまでの主流は角膜移植でしたが, 治療不可能な疾患がいくつかありました。たとえばアルカリ溶液の暴露などが原因となるアルカリ浮腫や, 薬剤などの副作用により全身の皮膚粘膜が傷害を受けるスティーブンス・ジョンソン症候群などは, 移植後に拒絶反応が必発して,1 年ももちません。両眼とも悪くなる疾患ですから,自身の角膜細胞は使えません。

 そこで私たちは,患者の口腔粘膜を細胞源として,体外で角膜上皮の組織を培養し移植するという治療を, 2002 年に初めて成功させました。その患者さんの角膜は現在も透明性を保っています。 これまで約 20 例行ってきましたが,視力の改善率は 80%以上で重篤な合併症もなく, 非常に良好な成績を得ています。これらのデータから,安全性に問題はなく有効性が高い治療法だといえます。

 角膜上皮の再生治療に関して,初めての報告は 1990 年代後半,イタリアのグループが行いました。 片眼の疾患に対して,良いほうの眼の角膜上皮にある幹細胞を使用する方法です。 しかし,片眼の疾患にしか対応できないことや, 細胞を採取し移植する際の酵素処理により細胞が傷害を受けやすいことも問題でした。

 しかし,岡野先生が開発された温度応答性培養皿を使うことにより ,酵素処理などが不要になり,温度を下げるだけで細胞を培養皿から回収できるようになりました。 これにより,非常に強い組織,しかも接着性の高い組織の移植が実現できました。 成功への 2 つの大きな鍵は,口腔粘膜を使用する技術を開発できたことと,温度応答性培養皿の使用でした。

岡野 角膜移植で治療できなかった疾患を治せる可能性はどの程度になったのでしょうか。

西田 角膜上皮の疾患であれば,50〜100%です。 一般の角膜移植における拒絶反応は 20〜30%なので,移植後の拒絶反応は起きにくいといわれてきました。 しかし,施設や術者,投薬内容なども異なるのでデータは一様ではありませんが, 拒絶反応が原因で再び濁ってしまう患者が数十%と,少なからず存在しています。

岡野 自己細胞を用いる治療法には大きな期待がかかります。新時代の到来を感じますね。

西田 ええ,治癒を見込めます。ただ,注意すべき点として,自己細胞とはいえ, 幹細胞の種類により安全性が変化する可能性があって,ケースバイケースだということです。 たとえば,間葉系幹細胞は万能細胞といわれるだけあって, 口腔粘膜に比べると未分化性が高く,安全面の見方も違う観点が必要です。

■リスク・ベネフィットの評価

岡野 梅澤明弘先生,再生医療の安全性と効果について,コメントをお願いできますか。

梅澤 私どもの病院は,成育医療センターという小児の病院です。 特に遺伝病の子どもたちがたくさん来院され,多くの疾患を診ています。 安全性と有効性に関し興味深い例としてあげられるのは,骨髄移植と臍帯血移植です。 わが国では,2008 年までで骨髄移植は 1 万例以上,臍帯血移植は 5 千例以上実施されています。 がんや白血病,リンパ腫の患者さんに多く行われ,治療法として受け入れられています。 細胞を移植する医療において,利益が不利益を大幅に上回っている場合には許容されるわけです。 リスクとベネフィットの評価を,もう少し検討していくことが大事だと思います。

岡野 重要なご指摘です。100 人のうち何人かでも救えればよいのではないか。 しかし,一般的には,1 人でも死んでしまうと“実施させない”という否定的なムードになりがちです。 安全と効果という問題を科学的に議論していく環境作りが重要になっています。

澤 たとえば心臓治療では,世界的には非常に進歩している一方で, 重症心不全で亡くなる患者も増えています。 心臓の弁や血管を治療することはできても,心筋自体は治せていません。 そこで,私たちは細胞シートを使用する方法で,心筋を回復させるという本格的な“心臓治療”を確立できればと思っています。

梅澤 透明性,公開性をもって社会に提示する,理解を求める,という姿勢をみせていく。 そのためのツール,あるいは武器が“科学”なのだと思います。成功例を増やすことも重要です。