荻原 JSH 2009 には当然のことながら,日本人のエビデンスが数多く反映されています。 JSH 2004 から 5 年間に,どのようなエビデンスが明らかになり,どう評価されたのでしょうか。
松岡 ここ数年で注目すべきもののひとつは CASE−J だと思います。 これは VALUE 試験(Valsartan Antihypertensive Long−term Use Evaluation)の日本版とも解釈できますが,ハイリスクの高血圧患者を対象に ARB と Ca 拮抗薬を比較したもので, イベント発生の抑制には差が出ませんでした。しかし,糖尿病の新規発症は,やはり ARB 群が低いという結果でした。
また,CASE−J のサブ解析からは,75 歳以上の高齢者では, 到達血圧値が 150 mmHg 以上の場合に心血管イベントのリスクになることが示され,75 歳以上では収縮期血圧の目標降圧値は 150 mmHg 未満がよいのではないかとのエビデンスが得られています。 一方,75 歳未満では,140 mmHg 以上でリスクになることが明らかにされています。
もうひとつ,ARB を用いた JIKEI−HEART(Japanese Investigation of Kinetic Evaluation in Hypertensive Event and Remodeling Treatment)スタディでは,高血圧や冠動脈疾患,心不全などの症例を対象にして, ARB 投与群と非投与群を比較し,ARB 投与群でイベント発生が顕著に抑制されています。 この結果は,これまでの介入試験に比べ,ARB の著明な臓器保護作用を示すもので,ハイリスク高血圧に関し,ARB が効果的であることを示唆するデータだと思います。
JATOS 試験は先ほどもお話がありましたが, 高齢者を対象にした収縮期血圧の至適降圧レベルを検討する HOT 試験の日本版といってもよいかと思います。 結果的には,両群でイベント抑制にまったく差がありませんでした。 対象の平均年齢は約 74 歳ですが,このような年齢層では,積極的に下げたほうがよいという解釈と, 160 mmHg 未満でもよいのではないかという解釈のどちらも可能だと思います。
CKD を伴っている高血圧について,最初に RA 系阻害薬を投与して,その後に Ca 拮抗薬を投与した場合, L 型の Ca チャンネルだけをブロックするものがよいのか,N 型の Ca チャンネルも一緒に併せてブロックするもののほうがよいのかを検討した CARTER 試験(Cilnidipine versus Amlodipine Randomized Trial for Evaluation in Renal Disease)があります。エンドポイントは蛋白尿の変化で,N 型の Ca チャンネルをブロックする作用を併せ持つほうが,蛋白尿の抑制効果に優れているという結果でした。
また,2 型糖尿病性腎症を対象にして,ARB が用量依存性に微量アルブミン尿から 顕性アルブミン尿への移行を抑制するという結果が出たのが INNOVATION(Incipient to Overt:Angiotensin II Receptor Blocker, Telmisartan, Investigation on Type 2 diabetic Nephropathy)です。SMART 試験(Shiga Microalbuminuria Reduction Trial)では,Ca 拮抗薬に比べて ARB が蛋白尿の抑制効果に優れるという結果でした。 海外でのデータを裏付けるようなエビデンスが,わが国においてもいろいろと出てきました。それらが,JSH 2009 に反映されています。
荻原 ARB は,欧米にはかなり先行したエビデンスがあります。 それが日本人にも当てはまるというエビデンスが出たわけです。日本のエビデンスについて,追加はございますか。
菊池 日本人のエビデンスは今後もどんどん出てくると思います。 ただ,エビデンスが出てきたときに,人種差によって海外のデータと必ずしも一致しないこともありうると思います。
また,日本人を対象にした大規模臨床試験でも,必ずしも成果が同じ方向ではない場合があると思います。 たとえば,JIKEI−HEART スタディと HIJ−CREATE(Heart Institute of Japan−Candesartan Randomized Trial for Evaluation in Coronary Artery Disease)スタディで同様に ARB が使用されていますが,HIJ−CREATE では JIKEI−HEART スタディでみられたような ARB のメリットはまったく認められませんでした。
それらの背景を含めた検証を十分に行ったうえで,それを改めて確認するエビデンスの創出も, 今後,日本高血圧学会に求められていると感じています。
荻原 たしかにある試験をとって,それを過大に評価するのは危険があります。 いろいろなスタディが出て,それらを総和して考えていくことが大事です。