荻原 JSH 2009 によって,今後,日常診療はどう変わっていくでしょうか。
菊池 JSH 2009 は一般医家の先生方におおいに活用していただき, 高血圧患者さんの診療レベルの向上,心血管系イベントの予防あるいは進展の抑制, QOL の保持に役立ててもらいたいと考えています。
特に,これは課題になるかもしれませんが,JSH 2009 でも,家庭血圧の測定を強くすすめています。 ただ,日本高血圧学会のアンケート調査では,家庭血圧の測定値を日常診療に活用しておられる先生は 50%に達していないという現状が明らかになりました。JSH 2009 により家庭血圧測定の重要性がさらに浸透して, 24 時間にわたる厳格な降圧の達成の向上につながればと思います。
また,先ほども触れましたが,降圧目標を達成するためには,JSH 2009 でも強調されています Ca 拮抗薬,RA 系阻害薬,利尿薬の 2〜3 剤の併用が不可欠になります。 なかでも,食塩摂取量の多い日本での少量の利尿薬の併用頻度の増加を期待したいと思います。
荻原 日本高血圧学会は,利尿薬の用量を少量化してほしいと要望していますね。
松岡 利尿薬の少量化については今,厚生労働省が委員会をつくり, 日本高血圧学会から私,河野雄平先生や木村玄次郎先生など,何人かが参加しています。 2009 年中には見直しが終了する予定です。新たに臨床試験を行うかという議論もなされましたが, 厚生労働省は,海外,日本のエビデンスを収集し,少量でよいというエビデンスが集まれば,それで踏み切ろうと考えているようです。ようやく 1 錠中の用量を減らそうという動きになってきました。
荻原 それはエビデンスはもう十分あるわけですね。 また,利尿薬に関しては合剤がすでにありますし,これからも多数出てくると思います。 その位置付けなどにより,日常診療が変わる可能性もありますが,いかがでしょうか。
楽木 ガイドライン改訂作業当時,合剤はまだ日本で 1 剤しか発売されていなかったので, JSH 2009 では,明確な位置付けがなかなかできませんでした。少量利尿薬と ARB との複数の合剤が使用可能になることで,ガイドラインはさらに変わるだろうと思います。 また,Ca 拮抗薬と ARB の合剤も出てくるとも聞いていますので,それも課題だと思います。
一方,海外の成績ですが,ACE 阻害薬と Ca 拮抗薬との合剤が, ACE 阻害薬と利尿薬の合剤よりも心血管疾患に対する予後に良かったという ACCOMPLISH(Avoiding Cardiovascular Events through Combination Therapy in Patients Living with Systolic Hypertension)の試験結果が出ています。日本での試験も含め,いくつかの試験結果が出ると, 合剤中でどれを第二選択薬にするかといった議論が今後行われるかと思います。
荻原 今後の課題や展望については,いかがでしょうか。
松岡 ガイドラインはやはり,一般医家の先生方に診療に役立てていただくことが重要だと思います。 薬物治療はハイリスク・ストラテジーで,リスクの高い患者ほど積極的に治療しようということになります。 一方,生活習慣の修正はいわばポピュレーション・ストラテジーで,現在は高血圧でなくても, 日常から気をつけてもらうことが大事だろうと思います。日本高血圧協会もできましたし, 日本高血圧学会も一般的な啓発活動を行っていくことが必要ではないかと考えています。
さらに,これまでのお話のとおり,降圧目標や併用療法に関する臨床試験がいくつか日本でも進行中です。 それらのエビデンスは,次回のガイドラインの改訂につながると考えています。
菊池 日本では高齢化の急速な進展に伴い,介護を要する認知症が非常に増えています。 高血圧と認知症の関連が指摘されています。最近は認知機能が評価項目に入っている臨床試験もあります。 世界の最長寿国である日本の高齢者を対象にした臨床研究では, 認知症の予防あるいは進展抑制も重要評価項目に入れるべきと考えています。
荻原 私たちは,1 年半近く JSH 2009 の作成に関わり, たいへん苦労もしましたが,今後はこれがより正確に評価されて,実地診療で普及して, 最終的に日本の高血圧を減らせればと願っています。その結果,脳卒中,寝たきり, 認知症などを含めて減らすことができれば,非常に喜ばしいことです。
JSH 2009 の作成過程で感じたのは,エビデンスがないすき間というか,はざ間がまだかなりあるということです。 それらを少しずつでも埋めていかなければならないと,痛切に思いました。課題も多々ありますので, それは次の改訂に申し送りたいと思っています。本日はありがとうございました。