■治療学・座談会■
「がん対策基本法」の理念実現に向けて
出席者(発言順)
(司会)江口研二 氏(帝京大学医学部内科)
本田麻由美 氏(読売新聞編集局社会保障部)
的場元弘 氏(国立がんセンター中央病院緩和医療科)
加藤雅志 氏(厚生労働省健康局総務課がん対策推進室)

エビデンスの構築

■研究データ収集の困難さ

江口  緩和医療の現場で,たとえばがんによる疼痛への対策では, オピオイドの種類や剤形なども増えて,選択肢が多様化してきました。 しかし,他の治療分野に比べガイドライン作成は十分ではありません。 国際的にも,エビデンスレベルを明らかにして評価されるデータが必要な時期にきているのではないかと思います。 緩和医療の分野では,なぜこれまでエビデンスが構築されにくかったのでしょうか。

的場  痛みや症状の緩和などでは,患者の主観に基づいていることが多く, それらの評価による有意差の判断は非常に難しいと思います。 また,痛みや苦悩を増減させるファクターは複数あることも,問題を複雑にしています。 さらに,何よりも,比較的進行した時期のがん患者を対象にすることに,研究者,医療従事者側に倫理的な気持ちのハザードが強く生じたからだと思います。 その抵抗感が,臨床研究を進めにくくしてきたことは事実です。

 しかし現在は,医師の思い込みや特化した技術だけではなく,エビデンスに基づいた医療を求める風潮が一般の人にもかなり普及してきました。 そういうことに協力的な環境も整ってきているので, 今後は研究のためのプロトコール管理やそのサポートなどを円滑に行える仕組みも整備されてくるのではないでしょうか。

加藤  今後,緩和ケア領域での臨床研究が,多施設で行われることになると思います。 ただ,その研究を行える人材がまだ十分ではないという問題もあります。 今後,臨床研究の域まで到達させるためにも,緩和ケアも研究も行える人材育成はたいへん重要だと思います。

的場  現在,日本緩和医療学会で,がん疼痛治療のガイドラインを大きく改訂しています。 その際,何が不十分かというより,抜けていることばかりだということが明らかになりました。 学会などが協力して多施設共同研究に発展していくというあり方が,これからは必要だと考えています。

江口  質の高い多施設共同試験を組織していくには,がん治療法の開発・評価の場合と同様に, 公的研究費をきちんとつける必要があると考えます。 現状で,緩和医療につけられる予算はアンケート調査などばかりで,治療法に関する研究費は欠落しています。

■臨床試験に対する患者への説明不足

本田  日本人は,治験参加にあまり積極的ではないと言われています。 ただ,それはその意義がわからなかったからだと思います。

江口  自分の治療のため,また今後の患者のためにもなると考えて,試験に協力的な患者もいるはずです。 具体的な事例も最近生じています。不正使用禁止措置の対象となった薬剤に関して, 緩和医療の副作用対策として一般に使用されていた患者にも使えなくなってしまいました。 緩和医療の分野での使用を認めてもらうためには,全国的に,使用実態,安全性,効果などに関する信頼できるデータの提示が必要です。 その意味で,質の高いエビデンスは不可欠です。がん疼痛などの緩和医療で使う薬剤は,適応外使用であることが非常に多いのです。 有害事象的な作用が真にどのくらいあるのかなど,安全性に関するデータ集計体制も必要です。

的場  鎮痛補助薬などは,海外でもデータが十分ではありません。 特にがんで検索しても,本当に少なく,ガイドラインを作成するにはほど遠いです。 しかし,海外にもないという現状を認識するだけでも意味があると思います。

本田  ただ海外は,エビデンスがなくても使える仕組みを種々もっていますよね。 そこを日本はどうするかも課題になると思います。

的場  現実には使われることはありますが,それを公にすると,いろいろな問題が表立ってきます。 ですから,それが本当に正しいのかを検証する必要があります。たとえば,1 日中トロトロと眠っていて「痛い」と言わないだけで,痛みが軽減された,薬の効果があったと評価される可能性があると思うからです。

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