江口 今後,地域における拠点病院がどのような役割を果たすかが大きな鍵になると思います。 現在のがん医療は,基本法という大きな号令によって,振り子が一方に大きく触れた過渡期にあるのかもしれません。 その振り子が徐々に真ん中にもどって,適正な役割に落ち着くことが実効性のある姿とも思います。そのあたりはいかがでしょうか。
加藤 平成 13(2001)年に拠点病院制度ができた当時は, 連携という概念が組み込まれていませんでした。 しかし,地域連携が重要視され始め,がん診療連携拠点病院の誕生につながったわけです。 平成 20(2008)年の指定要件の改定では,地域連携が強く打ち出されています。
本田 患者は,拠点病院だから十分な医療が受けられるだろうと考えてしまいがちです。 ただ,毎年 60 万人のがん患者が生まれ,年間 300 万人のがん患者が医療を受けている現状で,300〜400 の拠点病院だけで,全患者の治療を行えるわけがありません。 多数の乳癌手術をこなす病院が指定されていなかったりすることもあり,拠点病院が担う役割を明確にしてもらいたいです。
加藤 まさにそれは重要なことで,拠点病院には, がん診療以外に各地域でのいわば仲介役として機能してもらいたいと考えています。 その地域で,公開講座などを通じ意見交換を行ってもらい,互いに理解し合えたうえで, 各施設の役割を決めていくといった流れが理想的です。その中心となるのが拠点病院だと思います。
仕組みや制度などで全国的にひとくくりにすると,当初の理念が置き去りになり, 形骸化してしまうという懸念を否めません。行政側はもちろん,医療関係者や患者も含めて,皆で考えていければと考えています。
的場 制度だけでくくると,確かに制度が前面に出てしまい, 地域で与えられている役目は何かという観点が薄くなってしまいます。 全国均一に与えられている要件は満たしているが,なかなか地域に密着できない医療機関になってしまう可能性がありますね。
本田 今後どう見直していくか。まずは,緩和医療とは何か,という普及が必要だと思います。 拠点病院や地域の病院,および在宅のそれぞれの関係性も現状ではあいまいですね。
的場 各地域によって拠点病院を利用する傾向なども異なるので, それぞれの病院の役目は少しずつ違ってくるはずですよね。
加藤 そのとおりです。地域によって医療資源はずいぶん違うので, 国で定める基準で統一するのは不可能なのです。高度医療を提供できる病院がある地域, 在宅医療を行っている医師が多い地域,逆にそれらがまったくない地域など,さまざまです。 行政は大枠は示すけれど,どのような需要があるかという細部は,地域ごとに検討してもらうことになると思います。
すでにある程度できあがっているネットワークをいかしながら,その地域でどういうものをつくっていくべきか, そして,全体を概観し,その見直しをどう遂行するか,その両方の視点が必要だと思います。
江口 繰り返しになるかもしれませんが, 拠点病院の関係者は自施設に治療対象の患者を集めて病院のブランド化のみに力を注ぐのではなく, 地域全体のがん診療の質を向上させるために,地域での役割分担と連携体制を率先してつくることが仕事と考えてよいですね。
江口 現状を変革するには,市民の力を集めるべきか, あるいは国から具体的な要件も含めて提示してもらうべきなのでしょうか。
本田 住民からの発信のほうがインパクトは強いと思いますが, それだけの知識やパワーをもった患者や市民団体があるかといえば,難しいと思います。 県の協議会メンバーの患者委員や第三者委員のような人に勉強してもらう機会を設けることも,一案かもしれません。 また,患者の要望や問題点の解決策などの情報を提供し,うまくいっている事例はどんどん伝えていくことを, 私たちマスコミもやっていかなければいけないと考えています。
江口 医療関係者,行政・患者支援団体などの人たちによる ワーキンググループなどがアドバイスできる組織になるとよいですが,そういうことを,要件に組み込むことは可能でしょうか。
加藤 どこまでやるかが問題になります。 たとえば千葉県などは,かなりきめ細かく施設ごとに役割を分担しています。 一方,そこまで踏み込めていないところも多いです。 厚生労働省が要望を一様に発信しても,取り組む姿勢自体に地域差があります。 また,地域の人々が自分の置かれている状況が普通だと思っているので,現状を把握しきれていないことも少なくありません。 情報はとても重要で,好事例の提示は必要だと思います。
江口 医師たちの緩和医療に対する意識が変化していく一方で, 実際の行動がそれらと解離してしまっているという実状もあるようです。 人材教育について,拠点病院はどのような役割が期待されているのでしょうか。
加藤 人材育成に関してはさまざまな視点があり, 医師や薬剤師,看護師,そしてコメディカルの人たちをどのように育てるかが課題となっています。 まず,がん診療に携わる医師全般に,緩和ケアについて正しく理解してもらうことが重要となるので, 行政は医師に対する研修を行っています。当然,専門的な医療スタッフも必要になりますので,臨床を行いながら, 各専門家を育成できる環境の拠点病院には,ぜひ教育に力を注いでもらいたいと思います。
江口 2009 年度は,教育・研修の指導者の養成を中心に活動が行われるのでしょうか。
加藤 そうです。指導者がいないと進みませんから。 実際には,国立がんセンターと日本緩和医療学会が中心となり,指導者研修会がすでにスタートしております。 これは,受講者が地域にもどって,それぞれの地域に応じた研修を実現していくことをねらいとしています。
本田 がんに限りませんが,他の職種の人が何をやっているのか, 彼らとどのように連携できるのかといったことも,医師の教育に取り入れてほしいと思います。 そうでないと,チーム医療が実現するはずありません。また,他の職種のレベルアップにもつながると思います。
もう 1 つは,がん全体の治療の流れや,患者の転帰を知ってほしいと思います。 初期の段階でも非常に緩和的な治療が必要な人がいれば,後半でも症状が穏やかな人がいます。 特にがん患者は若い人が多く,緩和医療がメインとなっても,体力がもどると治療を受けたいと希望されることがあります。 たとえ治療にもどらずそのまま死期を迎えたとしても,必要なケアを受けていれば“生ききった”という気持ちになると思います。 ハードルは高いと思いますが,これらのことを熟知している人材を育成していかないと, いくら病院の連携体制が整ってもうまく機能しないと思います。
的場 各地域での研修が拡大すると, 「早期でも,この人にはこのタイミングで緩和ケアを」という必然性が,ある程度理解されるようになるはずです。 この患者はまだこういう時期だが,他の人の意見を聞いてみよう, 他の考えを取り入れてみようという姿勢は,おそらく教育でしか得られないと思います。
江口 全般的ながん診療に関する知識は, 治療の専門家に任せればよいという姿勢の緩和医療人材育成プログラムも存在し, 実際に日本緩和医療学会内でもそのような論議がなされています。 しかし,患者・家族を含めたケアとなると,ある程度のがん診療に関する知識がないと, 診療主科との連携もうまくいきません。緩和医療の専門医師にも,全般的ながん診療の知識はやはり必要ですね。
的場 緩和医療に特化した高度な専門家や臨床的な専門家の育成は簡単ではなく, 臨床を通じてじっくりと育成することが必要です。国立がんセンターでも, もう少し臨床フィールドでの経験などを提供し,専門家の育成に取り組んでいきたいと考えています。