■治療学・座談会■
「がん対策基本法」の理念実現に向けて
出席者(発言順)
(司会)江口研二 氏(帝京大学医学部内科)
本田麻由美 氏(読売新聞編集局社会保障部)
的場元弘 氏(国立がんセンター中央病院緩和医療科)
加藤雅志 氏(厚生労働省健康局総務課がん対策推進室)

がん対策基本法

江口  がん患者に対して安心できる医療の提供をめざし,2007 年に「がん対策 基本法」(基本法)が施行されました。 それを受けて,厚生労働省が「がん対策推進基本計画」を策定し,都道府県におけるがん対策も始まりました。 この数年,がん緩和医療に対する関心が高まり,種々の取り組みが開始されていますが,地域差をはじめ解決すべき問題点がかなりあります。 本日は,現状の課題や今後の展望などをうかがっていきたいと思います。

■患者から:実現可能性に対する疑問

江口  患者の視点から,本田麻由美先生,基本法に対する期待あるいは要望などをお話しいただけますか。

本田  基本法の理念は本当に実現可能なのか,という疑問をもっています。

 がん緩和医療の現状には,大きな問題点が 2 つあります。1 つは,基本法はできましたが,がん緩和医療に対するイメージが旧態依然のままです。 ある地方でがん患者の会合を取材した時,泣いて駆け込んで来た患者と家族がいました。その患者さんは骨転移と痛みがあり, 主治医に「緩和医療も受けましょう」と言われたそうです。「緩和医療を」か「緩和医療も」か,あいまいですが,本人も家族もそれを拒否したらしいのです。 理由を尋ねると,「緩和医療を受け入れると,積極的な治療をしてもらえず,あとは死を待つだけだから」という返事でした。 主治医が実際にどう説明したかはわかりませんし,患者さんたちが動揺で説明が理解できなかった可能性もありますが,そう思い込んでいました。 「痛みを抑えたら,食事が食べられるようになりますよ。緩和医療とはそういうものです」と話すと,逆に驚かれ,それなら先生に相談してみると,帰られました。

 また別の地方では,家族に「がん患者であることを他人に話すな」と言われ,がんであることをだれにも打ち明けられず,家に閉じこもっているという人に出会いました。

 いくつかの取材で,がんに対する古いイメージが障害になっているという事実に遭遇しました。 情報や医療機関が豊富な東京には病気のことを熱心に勉強している患者さんが多く,“当たり前”と思っていることが,全国レベルではまだ浸透していません。 大半を占める一般的な患者さんが,深く勉強しなければ先端医療を受けられないという現状では困ります。

 2 つ目は,がん診療連携拠点病院(拠点病院)ががん難民を逆に生んでいるのではないかという疑問です。 がん対策推進基本計画では,拠点病院の充実は強く求められています。 しかし現状では,拠点病院から先の受け皿がまだ十分ではありません。 拠点病院に緩和ケアチームがあっても,それ以上に患者が増加しているためか十分ではなく,「地域連携はどうなっているのだろう」という懸念が払拭できずにいます。

 患者たちの大きな要望は「見捨てない医療をしてほしい」ということです。 「ホスピス」や「緩和病棟」は「治らない人が行くところ」と誤解されています。 最後まで自分の人生を生きぬけるようながん医療であってほしいと,患者さんたちは考えています。

■医療従事者から:医師と患者とのギャップ

江口  医療従事者からの視点ではどうでしょうか。的場元弘先生,お願いします。

的場  この 10 年で,がん治療を担っている先生方の意識もだいぶ変わってきました。 以前は,治療が自分たち医師の役割で,その治療が不可能になったら役目は終わりという認識もあったかとは思います。 現在は,個々の患者の経過に合った医療への受け渡しをする,あるいは医療計画に携わるという任務に変わっています。 患者や家族の知識もどんどん増えており,画一的な説明では患者には理解されません。 がん疾患の初診患者への対応はつねに均一でていねいでなければいけないと,日々痛感しています。

江口  いわば患者が覚悟をして訪れる国立がんセンター中央病院にあっても, 診療現場での患者への接し方に関しては,十分な配慮を心がけていらっしゃるのですね。

的場  そうです。本日も,緩和ケアを受けるために医療機関を探している患者が,痛みで私の外来を受診されました。 少し体調不良もあり息切れがするので,「それをもとの担当医にご相談されましたか」と尋ねると,「次は他の医療機関で診てもらうことになっているので,もう予約は入れていません」と答えるのです。 「この病院で私が受けられる治療はもはや存在しない」というのが,その患者の解釈なのです。 それを主治医に確認すると,「調子が悪かったら,いつでも外来の予約を入れてください」と対応したとのことです。 治療施設の変更の際には,患者は「切られたのかな」という印象をもつのかもしれません。慎重に受け渡しをしていく必要があるということを,再認識しました。

■行政から:患者 QOL 向上が主眼のひとつ

江口  行政からの視点で,加藤雅志先生,いかがでしょうか。

加藤  がん医療はこの数年で大きく変化しており,できるだけ良い医療を提供できる体制をめざして動き始めています。 今までのがん医療は,罹患率や死亡率ばかりに目が向いていたと思います。 そこで,患者やその家族の苦痛の軽減や QOL の向上という目標が,がん対策推進基本計画の全体目標のひとつに掲げられ, さらにそれが国の全体目標として定められたことは画期的なことだと思います。全員の総意で行っていくという流れが,まさに始まりました。

 基本法の施行を機に,これまでの問題や課題が大きく整理され,体制としてかなり整ってきていると思います。 しかし,さらにどのように充実させていくかが重要です。行政も医療従事者とともに取り組んでいます。

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