■治療学・座談会■
内視鏡治療の進歩と限界
出席者(発言順)
(司会) 山本博徳 氏(自治医科大学光学医療センター)
工藤進英 氏(昭和大学横浜市北部病院消化器センター)
矢作直久氏(虎の門病院消化器内科)
藤田直孝氏(仙台市医療センター消化器内科)

内視鏡治療の現状

■内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)

 1 一括切除率の向上

山本  主な内視鏡治療のひとつである ESD について,いかがでしょうか。

矢作  ESD は,ねらった範囲を思いどおりに切除できることが最大のメリットだと思います。 確実な切除により,診断を精密に行えますし,さらには遺残再発を防げます。

 従来の EMR 法でも小さな病変であれば切除は容易でしたが,大きさによって一括切除率がかなり変わります。1 cm 以下の病変では 60%程度ですが,2 cm を超えると 30%以下になってしまいます。従来,早期胃癌に対する内視鏡治療の適応が 2 cm までと規定されていたのは, 技術的にそれ以上はきちんと切除できなかったからだともいえます。

 ESD の登場で,リンパ節転移のリスクさえなければ,5 cm でも 10 cm でも内視鏡で治療できるようになり,患者さんにとって非常に有益です。 外科手術の成績とも遜色がないので,2006年春から胃癌に対して,2008 年春から食道癌に対して保険適用になりました。今後ますます存在意義が大きくなると思います。 ただ,大腸癌への保険適用は,リスクがありますし,腹腔鏡下手術も進歩しているので,まだ結論に至っていません。

2 同時に可能な組織診断

山本  早期の腫瘍性病変に対する内視鏡治療は,最終的には診断も兼ねると思いますが,そのあたりはいかがでしょうか。

矢作  まさにそのとおりです。術前に拡大内視鏡や EUS を行い,深達度を判断しても正診率は 80%くらいです。 残りの 20%に関しては保証のかぎりではなくて,分割切除した場合,診断さえあいまいになる危険性があります。 ましてや脈管侵襲の有無に関しては,切除標本を病理学的に検索しないかぎり情報が得られません。 そういう意味では,きちんと切るべきところを取って,全体をきちんと評価することが非常に重要です。

工藤  大腸では少し違います。というのは,胃,食道は,低分化型腺癌もありますが, 粘膜癌(mucosal cancer)がほとんどなので最初から癌だとわかります。しかし大腸では,大きな病変は側方発育型腫瘍(LST)がほとんどなのです。 I s(隆起型無茎性)もありますが,LST のほとんどは大腸腺腫(adenoma)から生じ非常に発育が遅く, 拡大内視鏡により adenoma 成分と悪性腫瘍(cancer)成分はある程度鑑別がつきます。 たとえば sm 癌は明らかな VNピットパターン(ピットが減少あるいは消失し,無構造所見を伴う状態)を呈します。 そういうものは最初から外科手術や腹腔鏡下手術を依頼できます。残りの高度に不整な VI(大きさや配列が不整なピット)も sm 癌の可能性があり, それらの分析も十分に可能です。深達度診断を誤ることはきわめて少なくなってきています。

 ESD でないと摘出できない LST の nongranular などはありますが,あえて穿孔率の高く,時間もかかる ESD を大腸で行う必要はないと思います。 ESD について,大腸は胃と少しニュアンスが違いますね。

矢作  さらに,大腸内視鏡を行う内視鏡医の技術レベルも問題だと思います。中途半端な診断で, かつ中途半端な治療をされて遺残再発をきたした患者さんをご紹介いただくと,非常に苦しいものがあります。 結局,内視鏡治療で切除できなければ腹腔鏡下手術を行うしかないので,われわれは少々無理しても遺残再発の治療を行っています。 しかし,大腸の瘢痕症例の ESD では,穿孔率が格段に高くなってしまいます。われわれとしても,そういう治療は避けたいと考えています。

3 大腸内視鏡治療と患者 QOL

矢作  大腸の内視鏡治療で重要なのは,切除しっぱなしではなくて,もし分割して切除した場合には,3 ヵ月〜半年でフォローをすることです。 というのは,再発したとしても,ほとんどが粘膜内病変ですので,内視鏡で再治療できます。 しかし,発見が遅くなるほど,これが困難になる可能性が高くなります。

藤田  そこが大きな問題だと思います。というのは,ESD でなんでも切除するとなると,その担保はどこなのか。 リンパ管侵襲がなく生命に関わらない癌に対して,臓器欠損をつくらずに治療を完結するという意味で,質の保証も含めて,ESD という治療法が登場したと考えています。

 不完全な治療のために 1 ヵ月後,3 ヵ月後,半年後にフォローすることになれば,患者さんにとっては決して幸せな状況ではありません。 ですから,臓器欠損をつくらない良い治療法に加えて,局所に関しては完結したと言えることが重要ではないでしょうか。 「フォローアップしましょう」と言うこと,内視鏡検査を行うことは簡単ですが,社会生活を営む患者さんは,通院するために,職場を休むなど,いろいろな困難を克服しなければなりません。 患者さんの QOL にどのように影響するかを十分に考えながら,方法論は論じる必要があろうかと考えています。

山本  確かにそういう面も大きい意味がありますね。患者さんにとっては,フォロー中は再発へのストレスもあります。

藤田  ええ,そのストレスも非常に大きいです。

山本  そこは ESD で全部取って,「完全摘除しました」と患者さんに告げられるということも,大きなメリットのひとつになりますね。

藤田  そこを担保できると,非常に大きい意義があります。

矢作  内視鏡医にとっても,患者さんにとっても,それは精神的に救われます。

4 技術レベルと診療報酬

工藤  矢作先生が言われたように,技術レベルの未熟な医師が ESD を行えることも問題になります。 たとえば大腸の ESD では,実施施設をある程度,専門施設として限定したり,個人にも同様に,こういう経験のある人と限ったりする必要があります。 専門医制度や専門施設を確立すべきで,胃の領域ではその方向に動いているとは聞いていますが……。

矢作  まだ動いていません。虎の門病院には,治療をしてみたがうまくいかず中止したというケースや, 遺残再発で手に負えなくなったケースなどが紹介されてきます。すると,全身麻酔をかけて,スタッフが数人で複数の処置具を使ってようやく取りきるという事態になります。 患者さんは根治が得られますが,現状では通常の ESD の点数しか請求できないため,医療施設側は完全に持ち出しになります。

 ですから,今後の方向性として,対象患者の多い胃については,一般の病院では,これまで適用規準とされていた 2 cm 程度の病変を 95%以上の確率で根治切除ができるというレベルをめざし, 一方専門施設は,それを超えるような 5〜10 cm といった症例や瘢痕症例を,時間もスタッフもかけて対応する。 その 2 つを,診療報酬を変えるなど,差別化する必要があると思います。

工藤  専門施設での診療報酬は大幅に上げたほうがよいと考えています。 美容整形をはじめ,種々の科が自由診療的に行っていますが,癌に対する治療は枠にはめられて,技術の専門性を重視していないように思えます。

藤田  インセンティブが与えられてしかるべきだと思いますね。

■超音波内視鏡による治療

山本  EUS による治療の進歩に関して,いかがでしょうか。

藤田  胆膵系の悪性疾患に対して,根治的な治療を提供できるという状況にはありません。 ただ最もその状況に近いものは,消化管との接点でもある十二指腸乳頭です。EUS は内視鏡的乳頭切除術の適応決定にたいへん重要な検査法です。乳頭切除術は主に腺腫に適用されていますが, 腺腫内癌まで適用を広げてもよいのではないかという意見も出ています。そうなれば,消化管の癌診療と同様,根治性をもった治療が提供できる割合が大きくなると思います。

 内視鏡的乳頭切除術も,直接的に EUS で治療する,という方法ではありませんが,それ以外は,姑息的治療がほとんどになります。 胆膵の疾患では多くの場合,黄疸が現れるので,黄疸死を避けるためのドレナージといったところで,内視鏡治療が非常に評価されています。 さまざまな状況で EUS ガイド下に胆管のドレナージが可能になっていますが,これも姑息的治療に入ってしまいます。

 良性疾患に対する治療法としては,先ほど少しふれました膵仮性胞のドレナージなど,EUS を用いた治療手技が,各種ガイドラインで高く位置付けられるような時代になってきています。 こういった技術がより広く普及することが,まさに社会が望むところに合致するのではないかと思います。

■ダブルバルーン内視鏡治療

山本  自治医科大学光学医療センターでは,小腸領域の病変に対してダブルバルーン内視鏡を用いた治療を行っています。 この治療は国内外の施設にすでに普及しており,これまで手術するしかなかった病変に対して利用されています。 たとえば止血術では,内視鏡を通じ,アルゴンプラズマ凝固法(APC)を行ったり,クリップで止めたりできます。

 また,マネジメント自体を変えたのではないかと思える疾患として,Peutz−Jeghers 症候群があげられます。 これは小腸にポリープが多発する遺伝性の疾患で,ポリープによる腸重積や,ポリープの癌化などが問題になり,開腹術を複数回繰り返すといった状況でした。 開腹せずに内視鏡で治療できるようになったという意義は大きいかと思います。

 また,クローン病小腸型では,狭窄が起きれば,開腹手術しかなかったのですが,内視鏡的アプローチでの拡張術が可能になりました。 消化管異物も,小腸の場合には開腹が常識でしたが,内視鏡で回収できます。 そのほか,特殊な応用として,Roux−en−Y 吻合などの手術でバイパスされた後の胆道系処置も,ダブルバルーン内視鏡によって容易になっています。

矢作  ダブルバルーン内視鏡は,術後の癒着がひどい大腸の症例に対しても非常に有用です。 短い大腸用のダブルバルーンを使用すると,通常の内視鏡挿入が難しかった症例でも,病変部まで届き, ESD で切除できるようになりました。そういう意味でも,これらは非常にメリットの大きい機器だと思います。

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