中村 骨折危険因子の多様性が明らかになっていますが,家族歴はどう利用されていますか。
白木 家族歴は非常に重要だと思っています。しかし,たとえば前期高齢者の方が来院されたとして, ご両親が骨粗鬆症による骨折が発生する年齢まで生存していらっしゃったかどうか,これが大きなネックになります。 80 代,90 代のご両親がおられる患者さんからの家族歴は非常に有益ですが, それ以前に亡くなられたご両親の場合,「骨粗鬆症がない」という家族歴にしてよいかどうか,常に悩むところです。
たとえば Pocock の一卵性双生児の研究では,70%くらいの骨量が遺伝で説明できるとされています。 これは非常に大きな要因でありながら,確かな統計が,特にわが国では得られていません。 これにはやはり生存期間が問題になると思います。またわが国では,大家族の家系調査ができないことなども,遺伝学のネックになっています。
竹内 虎の門病院には比較的若い方が多く来られますので,ご両親の骨折歴について聴取しますし,その情報をできるだけ診療に取り入れるようにしています。 やはり身内の骨折,特に大腿骨頸部骨折の家族歴は,患者さんの治療への意欲を非常に高めます。 両親のいずれかの大腿骨頸部骨折歴は本人の骨折危険因子として確立されていますが,患者さん自身の意識の向上は,臨床面に顕著に反映されますね。
杉本 生活習慣病を扱う医師としては,家族歴の聴取は必須項目です。 なかでも大腿骨頸部骨折の家族歴は最も骨折危険性を反映するとされていますので,必ず尋ねています。 椎体骨折については無症候性の形態学的骨折が 2/3 を占めますので,「ご両親の背中は曲がっていましたか」, 「お母さんは身長が小さくなっていませんか」など,より具体的にきいています。
ただ,糖尿病においては 2 型の診断根拠とされるくらい家族歴が重要ですが,これに比べて骨粗鬆症の場合は,実データが得られにくいという問題があります。
中村 大腿骨頸部骨折などの家族歴はかなり有用である,しかし,それがないからといって骨粗鬆症を否定はできない,という難しさがあるようです。
中村 骨強度に影響を与える骨代謝も骨折危険因子のひとつとして考えられますが,基礎研究のほうはどこまで進んでいますか。
竹内 現在,遺伝子改変マウスを使用した基礎研究では,骨代謝あるいは骨密度とさまざまな背景因子との関連が次々と明らかになっています。 また,大規模な臨床試験でも検討がなされています。基礎と臨床の両方向から検討が進行していますが,残念ながら,それらが完全に結び付くまでには至っていません。
まず基礎的な面での最近の話題は,食欲調節に関する中枢性因子と骨代謝との相関性です。 食欲を調整するシステムは非常に複雑なネットワークで,簡単にまとめたものが表 1です。 食欲を抑制する因子としてレプチンを筆頭に,ニューロメジン U と続きますが,これらは骨形成抑制の作用が強いことも明らかです。
レプチン | ニューロ メジンU |
グレリン | CART | カンナビ ノイド受容体 |
|
---|---|---|---|---|---|
CART:cocaine and amphetamine-regulated transcript | |||||
摂食 | ↓ | ↓ | ↑ | ↓ | ↑ |
骨形成 | ↓ | ↓ | ↑ | → | → |
骨吸収 | ↑ | → | → | ↓ | ↑ |
骨量 | ↓ | ↓ | ↑ | ↑ | ↓ |
中村 摂取の減少とともに骨も形成されなくなるということですね。
竹内 そのとおりです。一方で,摂食を促進するグレリンというホルモンがあります。これには骨形成の促進作用が少なくともマウスでは認められています。BMI(body mass index)が上がると骨密度が増える,また逆に BMI とともに骨密度も低下し,食欲と骨形成は同じ方向に動いているという基礎的なデータが出ています。 ですが,これを治療のターゲットにするのは困難です。
最近の興味深いデータは,マリファナに対する受容体であるカンナビノイド受容体(CB1,CB2受容体)が摂食の促進作用を発揮するとされていますが,この CB1受容体を阻害すると,骨吸収が抑制されて骨密度が増えるという結果です。CB1受容体を阻害するリモナバンという薬剤が間もなく臨床応用されますが, それが骨代謝にどう影響を及ぼすか注目しています。
中村 「ダイエットにより骨が減る」という漠然としたことが言われていましたが, 中枢神経系の骨への調節機構として,その代謝制御システムの存在が明らかになってきたのですね。
竹内 ほかに,スタチンによる骨形成促進についての報告があります。 メタ解析などからスタチンを使用している方では骨折が少ないことが明らかですが,骨粗鬆症に対する治療薬としての使用は難しいという理由から, スタチンの局所投与で骨形成を促進するという技術が開発されています。これはナノテクノロジーを使い, ドラッグデリバリーシステムにより骨折治癒や欠損骨修復の促進に応用される可能性があります。
中村 骨折危険因子がいろいろと明らかになっていますが, 生活習慣病の患者さんに「骨も悪くなるかもしれない」とお話しされるのは難しいように思いますが,いかがでしょうか。
杉本 私は「生活習慣病の方は骨粗鬆症が潜んでいる可能性が高いですよ」と話しています。 実際,それを裏付ける基礎データがいろいろ出ています。たとえば高血圧症については, 交感神経系,そしてレニン−アンジオテンシン−アルドステロン系の亢進は骨に悪影響をもたらす。さらに脂質異常症については,3 世代にわたって冠動脈疾患を若年齢で発症する家系の検討から,LRP6(low−density lipoprotein receptor−related protein 6)という wnt 系の共受容体の遺伝子変異のため wnt シグナル伝達作用が弱いこと,そして本家系では肥満を伴わない高 LDL 血症と骨量減少が併存することが報告されました。このため,脂質異常症と骨粗鬆症には密接な関連があることが立証され,患者さんへの説明にも説得力があります。
中村 実際,糖尿病で来られた患者さんに「では骨も調べてみましょう」と提案し,容易に受け入れていただけるものなのでしょうか。
杉本 比較的受け入れられていますね。
中村 私は整形外科医ですので,「そういうつもりで自分は受診しに来たのではない」と言われてしまうのではないかと懸念してしまいますが, 白木先生はいかがですか。
白木 生活習慣病の患者さんの最大の危惧は,動脈硬化です。そのことから話を始めて 「加齢により,硬くなければならない所が軟らかくなり,また,その逆も起こります。 動脈硬化を発症するということは,逆の部分では骨粗鬆症も起きているのです」というような説明をすると,納得してくださる方が多いです。
竹内 内科という看板で診療していると,「よろず,とにかくきいてみよう」というお気持ちの患者さんが多くいらっしゃいます。 こちらが間口を広げれば,患者さん側も「これも診ていただけるのでしょうか」となります。そのように私は認識しています。
中村 内科は全身のことが心配で来院される患者さんが多く,種々のアドバイスをするほうが受け入れられやすいのですね。
白木 内科医は“医療コンシェルジュ”なのです。私などは開業医ですから,われわれが窓口になり,専門医へ橋渡しをするという役割もあります。 軽度の認知症から始まり,精神疾患の相談,そして骨の相談と,多方面の分野をこなしています。
杉本 実は,患者さんのほうが骨の健康への意識が高い場合もあります。 ですから,生活習慣病などコモンディジーズを数多く診療する内科医に,骨の管理に対する認識をさらに高めていただくことが必要ですね。