■治療学・座談会■
骨折危険因子の多様性と日常診療
出席者(発言順)
(司会) 中村利孝 氏(産業医科大学整形外科)
白木正孝 氏(成人病診療研究所)
竹内靖博 氏(虎の門病院内分泌センター)
杉本利嗣 氏(島根大学医学部内科学第一)

骨密度からみた骨折危険性

中村 骨粗鬆症の診療は,この数年,きわめて具体的になってきました。 骨折危険性の評価として,骨密度,骨代謝マーカー,骨折の既往歴などがあげられ,その有用性もはっきりしてきました。 なかでも,骨密度は日常診療に革命をもたらしたパラメータと言えます。 しかし最近では,骨折危険性は骨密度以外の要因にも深く依存し,その要因の多様性も明らかになっています。 そこで,骨粗鬆症診療について,骨折危険性に焦点をあて,お話をお聞かせ願えればと思います。

■骨密度の意義

中村 白木正孝先生は日常診療で,骨密度と骨折発生危険率についてどうお考えでしょうか。

白木 骨密度は,「あなたの骨量はこれくらいです」と,具体的な数字を患者さんに提示できる,非常にわかりやすい指標です。 「その数値は,あなたの年代で言えば,このくらいの割合ですよ」と,同年代での自分の位置を認識していただくには最適なツールなのです。 種々の骨折危険因子を入れたモデルが検討されデータが出されていますが,なかでも骨密度の重要性は繰り返し指摘されています。

中村 骨密度が低下すれば,骨折は確実に起こりやすくなります。骨密度は大事な指標ですが,逆にそれほど低くなくても骨折する方がいます。 この場合はどのような状況でしょうか。

白木 比率としては 10〜15%の人たちです。骨密度が高くても骨折するという事実は, 「低骨密度から骨折が発生する」という骨粗鬆症の定義から少しずれるような印象はあります。 しかし,米国の NIH(国立衛生研究所)が 2001 年に発表した骨粗鬆症の定義は,骨の量だけではなく骨の質も重要視しています。 したがって,骨密度だけではなくて骨質の研究も重要になってきます。

■ステロイド薬使用者

中村 骨密度がそれほど低くないにもかかわらず骨折を起こす方は,印象では大量のステロイドを使用している患者さんが多いようです。 竹内靖博先生,そのあたりはいかがでしょうか。

竹内 ステロイドを使用している方は,比較的骨密度が高くても,高頻度で骨折を起こしていることが問題になっています。 理由はまだ明らかではありませんが,ステロイドは比較的短期間でも,骨の構造や質に大きな影響を与えるという仮説があります。

中村 具体的にはどの程度の期間でしょうか。

竹内 イギリスの大規模研究で,ステロイド治療の開始から 3 ヵ月以降ですでに骨折発生危険率が上がるというデータが出されています。

 また最近,海外に限らず日本でも臓器移植が多く行われています。移植後には大量のステロイドが投与されることもあり, 特に移植後半年の間に 5%以上骨密度が低下するといわれています。 骨密度の絶対値も重要ですが,それにも増してステロイドは 3〜6 ヵ月という短期間の使用でも急激に骨密度を低下させることが重要であり, 骨構造の劣化とも相まって骨の脆弱性を助長すると考えられています。

中村 3〜6 ヵ月,日常診療ではあっという間に経ってしまいます。実際,患者さんには,どのような説明をされていますか。

竹内 日本骨代謝学会の「ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン」の指針では,一次予防が重要だとされています。 高リスクの方には,治療開始時あるいは開始後早期から骨粗鬆症に対する治療を開始するという内容です。 ここで問題になるのは,年齢です。若年者では治療開始から骨折発生危険率が高まるまでの期間が長い傾向にありますが,高齢者ではそうではありません。 特に 60 代以降では,積極的に骨粗鬆症の一次予防を推奨しています。そして生殖年齢にある 20〜30 代の女性については,それぞれの背景因子や他の要因を加味し, 患者さんと十分に相談して治療を進めています。

■生活習慣病患者

中村 最近,メタボリックシンドロームと骨粗鬆症との関係がずいぶん明らかになってきました。 杉本利嗣先生はそういう研究成果を発表されておられますが,いかがでしょうか。

杉本 最近,骨粗鬆症は,代表的な生活習慣病である糖尿病,脂質異常症,そして高血圧症と密接な関連があることが注目されています。 なかでも最も関連が明らかなのは糖尿病です。 1948 年に Albright が糖尿病患者には「骨量減少症がある」と発表して以降,続発性骨粗鬆症をきたす疾患のひとつにあげられています。 その後,1 型はコンセンサスが得られていますが,2 型では骨密度は「不変」あるいは逆に「増加する」というデータもあり, 骨折危険性については不確かでした。 しかし,2000 年以降数多くのデータが集積し,2007 年のメタ解析により,2 型では有意に骨密度増加がありながらも骨折危険性は高いという結果になりました。 われわれも椎体骨折の有無で骨密度を比較検討していますが,骨折のカットオフ値は,糖尿病例では非糖尿病例より明らかに高く,骨密度には反映されない骨脆弱性が存在することがわかりました。

中村 糖尿病が骨折危険因子になるか否かという半世紀にわたる議論があり,ようやくそのデータが集まってきたわけですね。

 骨密度が高値にもかかわらず骨折発生危険率が高いという方は,どのあたりの年齢ですか。

杉本 若年者でも多いですね。

中村 すると,年齢のせいではなく,糖尿病との相関といえそうですね。

杉本 はい。ただし,糖尿病例ではステロイド服用例とは異なり,痛みを伴わない形態学的骨折が多いです。

 高血圧では,骨密度に依存しない骨脆弱性の有無はまだ明らかになっていません。 すなわち高血圧患者では,骨量減少がみられる,骨折危険性も高い,というデータが報告されてはいますが,骨密度に依存せず骨折危険性が高いというデータはまだありません。

 われわれは脂質異常症についても検討していますが,LDL コレステロール値が高く肥満のない痩せ型の患者さん, すなわち脂質異常症のIIa タイプに多い例では,骨密度が明らかに低いというデータを得ています。 追試験で同様の結果を示した報告もありますが,骨密度と骨折発生危険率との関係は明らかではありません。

 動脈硬化症に関しては,骨密度が低い人ほど動脈硬化の進展度が高いとの報告が累積してきています。 さらに骨折を有している人ほど心血管イベントの発症率や死亡率が高いというデータも多く発表されています。

中村 約 20 年前,腹部 X 線で大動脈石灰化像がみとめられた患者さんには骨粗鬆症が多いようだといわれていました。 骨から抜けたカルシウムが動脈に付着するからではないかという仮説がたてられました。そういう観察も,エビデンスに裏付けられてきていますね。

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