■治療学・座談会■
骨折危険因子の多様性と日常診療
出席者(発言順)
(司会) 中村利孝 氏(産業医科大学整形外科)
白木正孝 氏(成人病診療研究所)
竹内靖博 氏(虎の門病院内分泌センター)
杉本利嗣 氏(島根大学医学部内科学第一)

骨折危険性の評価

■骨代謝マーカーとコラーゲン代謝

中村 骨強度低下を具体的に考えるためには,骨代謝が重要になってくると思います。そのモニター法についてお話しいただけますか。

白木 わが国は,骨吸収マーカーと骨形成マーカーという 2 種類の測定が保険診療で認められている唯一の国です。 これらを利用しない手はないと思います。骨吸収マーカーは,分子種により多少のニュアンスの違いはありますが,数値が高ければ骨折する方向に向いています。 種々の条件を併せて多変量解析を行うと,マーカーの数値と骨折発生危険率との相関があることは事実です。 以上のことから,NTX や CTX の測定は,骨脆弱性を表す指標のひとつとしてかなり有用ではないでしょうか。

 さらに最近では,劣化したコラーゲンの代謝産物が,骨の質を表すモニターとしてかなり重要であるという発表がいくつか出されています。 日本が発信源で,東京慈恵会医科大学整形外科の斎藤充先生が大腿骨頸部骨折例の骨中ペントシジン高値を報告され, 本日ご一緒させていただいている杉本先生が,糖尿病患者の血中ペントシジンが骨折危険因子になるというデータを公表され, 私どもも同様に劣化したコラーゲンが骨の質を表すモニターになりうるだろうと発表しています。この問題も今後発信し続けていかなければいけないと考えています。

中村 コラーゲン代謝産物の骨代謝マーカーは当初,将来の骨密度の増減が予測できるとされ,実際,そのように認知されたと思います。 けれど,それ以上に重要なことが隠れていたようですね。

白木 そうです。骨密度と骨代謝マーカーとの関連は,むしろこれまで考えられてきたこととは逆と言ってもよいかもしれません。 骨形成マーカーが高いほど骨密度が多いかといったら実際はそうではなく,骨形成マーカーの扱いは非常に難しいです。 骨密度の説明要因ではなくて,骨脆弱性を説明しているのではないかと考えられています。

中村 骨代謝マーカーは,骨密度とは分離した,骨のコラーゲン部分の脆弱性を表す指標だと考えて利用するということでしょうか。

白木 そういうことです。

竹内 さらに骨代謝マーカーは,続発性骨粗鬆症の除外診断にも役立ちます。 原発性の副甲状腺機能亢進症は,特に骨粗鬆症のハイリスクグループである高齢女性において,頻度が高い一方で症状が現れにくい疾患です。 本疾患では骨代謝マーカーの数値が際立って高くなるので,そこで初めて原因疾患が発見されることもあります。 また,骨代謝マーカーはがんの骨転移の指標としても使用されています。

中村 振り返ってみると,私たちがすでに使っていた骨代謝マーカーやステロイド使用のガイドラインなどのなかに, 骨密度以外の因子も含めて複合的に骨折危険性を考えるというコンセプトが取り入れられていたということになりますね。 急に新しい指針が出てきたのではなく,これまで行ってきたことを具現化する,そういう時代になったと考えてよいのでしょうか。

白木 そうです。いくつかの危険因子が世界的に認知されるまでに,やはり 20 年くらいは必要だということではないでしょうか。

中村 たとえば,骨密度があまり低くなくても骨折の既往歴がある方は骨折を起こしやすいという事実は,実は整形外科医が約 30 年前から述べてきたことです。 それが 10 年くらい前からようやく認知されてきたという歴史があります。

白木 確認する方法論が確立してきたということも言えますね。

■FRAXTMの登場

1 危険因子の数から導かれる絶対骨折発生危険率

中村 2008 年 2 月に WHO(世界保健機関)が絶対骨折発生危険率を簡便に算定できる FRAXTM(fracture risk assessment tool:FRAX)というツールをホームページ上で公開しました(図 1)。 これは,まず世界で 10 ヵ所の大規模疫学研究施設のデータを総合し,1 番が年齢,次いで低骨密度,骨折既往歴,家族歴,喫煙,飲酒,ステロイド薬の使用, 最後が関節リウマチなどの続発性骨粗鬆症のリスクになる疾患に罹患していること,の 8 つを骨折危険因子としてあげています。

図1
図1 FRAXTMWHO(世界保険機関)骨折リスク評価ツール
http://www.shef.ac.uk/FRAX/tool_JP.jsp?

 疫学データに基づき,骨密度による骨折危険性の程度は BMI でも代用できることがわかりました。 年齢と骨密度または BMI を明確にし,残りの 6 つの因子のうちいくつの因子を有するかによって,その後 10 年間の骨折発生危険率を算出し,その数値を公表したのです。

 これは,各国,各民族のバージョンがあり,日本版も出ています。 たとえば,65 歳で骨密度の T スコアが−2.0 では「骨量減少症」です。 残り 6 つの危険因子がゼロの場合,FRAX の骨折発生危険率は 8.4%となります。骨折危険因子が 1 つで 12%,2 つでは 17%。6 因子すべてそろうと 53%という予測です。

 現状の骨粗鬆症の診断基準では,骨密度の T スコアが−2.5 とされており,他の危険因子がない場合の骨折発生危険率は 10%です。 すると,骨密度の T スコア−2.0 で危険因子を 1 つもっている方は骨折発生危険率 12%です。 これは,やはり骨密度だけで骨粗鬆症と診断すると,「骨量減少症」で危険因子を 1 つ有する方より骨折発生危険率の低い方を治療することになり, 実際にリスクの高い人を治療できないということを意味しています。それが骨粗鬆症診療の現状だと思います。 この FRAX について,どうお考えになっておられますか。

竹内 先週初めてこれを使ってみましたが,便利なツールであることは間違いないです。 「他人と比べて」という相対リスクではなく,「今後 10 年間で自分が骨折する可能性はどのくらいか」という客観的な評価が得られます。 この観点は,患者さんの治療へのモチベーションを高めることにもなります。危険因子が増えるごとに骨折発生危険率が上昇するので,視覚的にもイメージしやすいです。

 最近はステロイド薬だけでなく,うつ病の治療薬やプロトンポンプ阻害薬なども,骨折危険因子と考えられています。 実際の受療と併せて,身近な問題として骨粗鬆症や骨折のことを考えていただく良い機会になると考えています。

杉本 私も同感で,一般外来診療で十分に取り入れていける非常に簡便な方法だという印象をもっています。 ただ残念なことは,わが国では,日常診療で測定可能な骨代謝マーカーが骨折危険因子の項目にまだ入っていないことでしょうか。 それから,絶対骨折発生危険率(絶対骨折リスク)を算出するためには基準となる骨折発生率の全国統計が必要ですが, わが国には大腿骨近位部骨折以外にまだないことも,問題としてあげられるかと思います。

中村 骨折発生率には,広島県・放射線影響研究所の広島地区の長期データを,和歌山県・美山地区のデータで検証した結果を用いています。 日本を代表する研究に基づいており,国際的な認知は受けているようです。

2 利用法は今後の課題

中村 白木先生はどのようにお考えですか。

白木 これは,一種の天気予報がコンピュータ上で可能になったと考えられます。 基本的な 10 年間の骨折発生危険率のベースを 10%におき, それを超えるリスクのある人は今後 10 年間において治療が必要になるかもしれない,ということを提案しているのではないでしょうか。

 たとえば,ある患者さんに「あなたの今後 10 年間の骨折発生危険率は 14%と出ました」と説明した場合, 「天気予報で 14%の降水確率だと言われて傘を持っていくか」ということと同じようです。 患者さんは「10%では傘は持っていかない,なんとかなるだろう」と思うのではないでしょうか。

 10%の絶対骨折発生危険率を上回る人たちを,網羅的に治療していく方針にするのか,それとも予防で生活改善のようなもので有効なのか。 それらについて,FRAX を使いながら今後評価していかなければいけないと思います。 と同時に,このことを広く流布することで,医師や患者さんの意識変革を図っていくべきではないでしょうか。

 現在,日本には 1 千万人の骨粗鬆症患者がいると推定されていて,そのうちの 200 万人程度しか治療を受けていません。 FRAX の導入により,定量的に受療者が増えていくかどうか,また患者さんの意識が変わるのかどうか,詳しく検証しつつ, なおかつ,これに「さらにこういう要素を加えたらよいのではないか」と,前向きな考え方で改善できればよいと思います。

 また個人的には,こういうツールが公になること自体,骨粗鬆症学もついにここまできたのか,と非常に感慨深いものがありますね。

中村 X 線による骨折の判定で始まり,骨密度,骨代謝マーカー,そして骨折危険因子を聴取するという診療体系が確立され, 次に白木先生の言葉を拝借すると,天気予報の降雨確率のような絶対骨折発生危険率という数字を表せる FRAX が登場してきました。これらのどれが非常に役立つかの評価はまだ明白ではありません。 やはり日常診療では,全体を総合して,患者さんと相談のうえ治療の開始を決め,それがどれくらい有用かと振り返りながら評価していく,という姿勢が重要だと思います。

 また,骨粗鬆症学については,骨折発生危険率を定量的に数字として出せるほど,われわれのデータ解析も進み, まさに白木先生がおっしゃったように「この学問の進歩もここまできたか」というのが,骨粗鬆症診療の現状だと思います。本日はありがとうございました。

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