■治療学・座談会■
流行の把握と施策の重要性
出席者(発言順)
(司会) 岩本愛吉
(東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野)
宮田一雄 氏(産経新聞)
生島 嗣氏(NPO 法人ぷれいす東京 専任相談員)
樽井正義氏(慶應義塾大学文学部人文社会学科倫理学専攻)

求められる各層に特化した施策

樽井 日本での対策を考えたとき,MSM は非常に重要で,ある程度は実施されていると思われていますが, 届いていないグループがなお存在しているなら,台湾の成功が教えるように,届く現実的施策を徹底的に行うべきだろうと思います。

岩本 私も厚生労働省のエイズ動向委員会の委員長という立場で,毎回「増加している」という記者会見をしています。 すると,表だってではないのですが,「対策はかなり行き渡っているはずなのに,なぜ止められないのか」と,聞かれます。

 生島さんの話のように,行き渡っていないのであれば,そうしないといけませんね。

樽井 対策費のレベルからみても,欧米に比べれば,それほど行われてはいないと思います。

宮田 バンコクの 2004 年のエイズ国際会議や,神戸の 2005 年のアジア・太平洋地域国際エイズ会議などで言われたのも,規模拡大でした。 日本の場合,項目はそろっていても,規模は現実に予防にまでいけるだけのスケールには全然なっていません。

生島 ただ,規模は非常に小さいですが,対策を行ったところはそれなりの成果が出ている。これが新宿あたりの話だと思います。

樽井 ピンポイントですね。

生島 規模が十分でないから,拡大してしまっている。そして,新宿イコール東京ではありません。

宮田 MSM だけでもそうですし,他のところにはほとんど手がつけられていません。 IDU にしても,外国人に対しても,同様です。項目として対策はあがっていますが,現実の対応としては不十分という印象を受けます。

岩本 国内の不法就労の人たち,いわゆる国内の外国人問題はどのような状況でしょうか。

樽井 日本国内の深刻な問題のひとつはこの外国人だと思います。というのは,それこそサポートが事実上存在していないからです。 医療の場には疾患や性的指向への偏見や病院間,地域間の技術格差などの問題はありますが,治療はいちおう受けられます。 しかしそれは,日本国籍をもち,日本の保険でカバーされているかぎりでのことです。 ところが外国人,特に超過滞在している途上国出身者はそうではない。言葉と費用の両面で治療へのアクセスが妨げられています。 それで受診が遅れ,治療が遅れ,亡くなる方が何人もいるというのが現状なのです。 でも,そういう人たちは政府にとっては存在しないことになっていて,一部の NGO が対応しているだけです。

岩本 それは薬物の問題でも同じことが言えると思います。薬物は使ってはいけないものだから,要するに違法なものはみないと。

樽井 私の考えでは,外国人医療の場合には,HIV に限らず,まずは最低限のところを保障していくべきだろうと思います。 いわゆる行き倒れの人に対して,行旅病人法という法律では都道府県が面倒をみることになっています。 ですが,それを制度化している自治体は限られています。救急医療はだれにでも無条件で提供するというサポートのシステムだけでもつくる必要があると思います。 これがないのは,人権という点からすれば,とんでもないことだと思います。

 途上国のなかでもブラジルやタイでは,国籍を問わず,ARV 治療は提供されています。その意味で,日本は遅れています。 日本人と同様にすべての治療を提供しろとまでは言いませんが,とりあえず,重症な外国人がいたら助けられる状況にすべきです。

岩本 薬物の場合には,逮捕された人が日本人なら警察が治療を受けさせます。そこの部分は,より大きく開かれてもよいとは思います。

樽井 人権問題であり,かつ感染症の場合,感染拡大を防ぐための治療という視点も重要でしょう。

 また,タイ人のように,自国にもどって治療を受けられるという新しい選択肢ができました。その橋渡しをシェア(国際保健協力市民の会)は孤軍奮闘して行っています。

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