■治療学・座談会■
流行の把握と施策の重要性
出席者(発言順)
(司会) 岩本愛吉
(東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野)
宮田一雄 氏(産経新聞)
生島 嗣氏(NPO 法人ぷれいす東京 専任相談員)
樽井正義氏(慶應義塾大学文学部人文社会学科倫理学専攻)

いまだ十分でない“点”から“面”に広げる努力

岩本 追加すべきことがありましたら,お願いします。

宮田 国際的に現在,全体的な保健基盤のかさ上げに議論が進んでいて,個別の疾病に資金を出すことがなかなかできにくくなってきています。 特に AIDS については,お金をかけすぎではないか,というような議論が一部にあります。米国では,ニューヨーク・タイムズにそのような主張が掲載されたりもしています。 これまでに比べると,HIV/AIDS に対する優先順位が非常に落ちているという印象を受けます。

 国連のミレニアム開発目標(MDGs)には,保健に関係するものが MDG4,5,6 とあります。 北海道洞爺湖サミットでその問題を議論するような際に,目標 4 と 5 の母子保健,子供と妊産婦に関しての議論は活発になされると思いますが,目標 6 の感染症に対する関心がどうも低くなっている。 感染症はどうなっているのかと聞くと,「それは大事なので行いますが,今までもやっているから」といった感じで,その存在感が薄れがちになっています。

 たとえばアフリカなどで AIDS 治療の普及を図っても,実際に診療所もなければ,そこまで行く道路もない, 保健医療スタッフも不足しているという状況では無理ではないかという議論は確かに一面であります。 しかし,それがそのままフィードバックされて,日本国内の議論にまで入ってしまうと,少し困ったことになるという気がしています。 ただでさえ,規模が小さくてどうにもならないところに,「もう AIDS は十分ではないか」といった話になると, HIV の感染が増加しているときに,対策に対する努力は低下してしまうというおそれが,日本国内では非常に強くあると思います。

生島 最後に強調したいのは,治療技術が大きく進歩したことは,ごく一部の,本当に HIV/AIDS を診療している医療従事者,HIV に関わっている人たちしか知らないと思います。 この 10 年の変化がどれだけ一般国民に伝わっているかというと,とても疑問です。これから必要なことは,それを社会全体で共有していくことだと思います。

 ネガティブな過去のイメージなどがかなり残っていて,進歩しているのに,一般の人たちがもつイメージは変化していない。その状況をどう変えるかが課題だと思っています。

 たとえば,HIV 感染後の生活はたいへん長く,社会参加という意味での就労はとても大きいテーマになります。 医療機関や拠点病院はかなり整備され,医療技術は進歩したけれども,社会の反応はそれほど変わっていません。 ですから,たとえばマスコミに新しい切り口でどう書いてもらうか,といったことに,私たちがもう少し積極的に関わり,その切り口を提供する努力をしなければいけないと思っています。 これまでの進歩や変化をどう共有するかは,かなり大きなことだと思います。

 それは一般の医療機関でも同様で,陽性者の 5〜6 割はたぶん一般医療機関のルーチン検査で感染が判明した人たちです。 そのときの告知のようすなどを聞くと,医療従事者もまだ準備体制ができていないようです。 医療従事者からネガティブな疾病観を植えつけられている人たちも実際におられるので,医療従事者も含めた一般国民に, イメージを転換していくようなアクションをより強く行う必要があると思っています。

岩本 そういうことが,検査や,人々の認知につながったりするということですね。

生島 そうです。それをしないと,自発的な検査の割合を増やすことはなかなか難しいと思います。 検査の充実といったときには,検査技術だけの話のことが多いので,そのソフト部分を大きく変えていかなければいけないと思います。

樽井 25 年というスパンで,日本に限ってみた場合,予防の面は確かにピンポイントではずいぶん変わりました。 ゲイへの取り組みは,大阪堂島,東京新宿の例をみれば本当に変わった。それから治療の面でもたいへん進歩しました。 1996 年に HAART が導入され,現在では薬剤数も増え,服用法もかなり工夫されてきています。実際に拠点病院のいくつかでは,非常に先端的な治療が行われています。

 ですが,残念ながら,それがまだ広がりをもっていません。治療も予防も,全国的にみたらまだ不十分ですし, 外国人や IDU のように抜け落ちている問題もあります。こういう問題に積極的に取り組んでいかなければいけないと思います。

 海外との関係でいえば,世界の状況と日本の状況が十分に関連付けられていません。 それと同時に,われわれ自身が,つまり NGO,医療従事者,行政などが,日本全体の状況をどこまで共有しているのか。ここも考え直さなければいけないと思います。 現状でも AIDS に対しさまざまなかたちで取り組んでいる人たちのあいだにネットワークができていますが,十分に議論をするまでには至っていません。 たとえば,私たち NGO と岩本さんたち医療従事者と接点はあるし,お互いが行っていることを尊重しています。 しかし,まだネットワークの範囲は狭いし,議論も浅い。今後,何がいったい問題なのか,みなで議論を行い,適切な認識を少しでも共有する,そういう努力が必要なのではないかと考えています。

岩本 そうですね。本日は,貴重なお話をありがとうございました。

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