■治療学・座談会■
流行の把握と施策の重要性
出席者(発言順)
(司会) 岩本愛吉
(東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野)
宮田一雄 氏(産経新聞)
生島 嗣氏(NPO 法人ぷれいす東京 専任相談員)
樽井正義氏(慶應義塾大学文学部人文社会学科倫理学専攻)

徐々に現れだしてはいる対策の効果

岩本 世界の現状について,樽井正義さん,お願いできますか。

樽井 宮田さんの解釈のように,確かに 6,7 年ごとに会議を繰り返しやらざるをえないという面はありますね。 ですが,それなりに議論は進化し,努力は報われているという見方もできるかと思います。

 2007 年末に公表された最新情報で私が注目しているのは,1998 年をピークに新規感染が減っていることと, 2003 年をピークに死亡者数も減りだしたことです。特に死亡者の減少は,明らかに多剤併用療法(HAART)の導入が途上国でも徐々に進んできたことを示していて,3 by 5 イニシアティブ[抗レトロウイルス(ARV)治療を途上国で必要としている患者の半数 300 万人に 2005 年末までに提供しようという呼び掛け]と歩調を一にしています。

 新規感染の頭打ちは,北米,西ヨーロッパが先行しました。これに遅れて,アフリカが続いたということだと思います。 この減少については,おそらく 2008 年のメキシコの国際会議で自然的要因,人為的要因がさまざまに議論されると思います。

岩本 私が懸念しているのは,最初はロサンゼルス,1980 年代途中からアフリカの流行が問題になりましたが, それ以降,より人口の多い中国やインドを抱えるアジアに関心がまったく移行していないことなのです。

 たとえば中国の人口は日本の 10 倍で,現状では雲南,河南など,農村型,途上国型で流行が起きています。 しかし,この疾患は欧米や日本では都市型なので,中国の沿海部に流行が移れば,感染率自体はアフリカほどでなくても,そのインパクトたるや,たいへんなことになると思います。 にもかかわらず,いまだその現状すら完全に把握できていないといえます。そのあたりはいかがでしょうか。

樽井 アジアに関しては,流行の展開は多様です。 これまで,アジアで広汎流行期(妊婦の HIV 陽性率が常に 1%以上)に入っていた国は,タイ,カンボジア,ミャンマーでしたが,これらの国々では抑えられ始めています。 集中的に国際的な支援が行われ,特にカンボジアでは,国家の AIDS 対策費の 98%は外国からで,確かにシステムはある程度構築されました。 一方,これまで流行がみられなかったインドネシアとベトナムで急増しています。

岩本 両国とも経静脈的薬物使用者(IDU)が多いですね。

樽井 はい。タイ,カンボジアはヘテロセクシャル,圧倒的に SW が中心で,本当にアジアの流行パターンは 1 つではありません。

岩本 特にタイは,最初は SW でしたが,男性,それから家庭に入り,女性,子どもたちと,流行が広がりました。 そして経済が発展した現在は欧米型で,MSM の感染が増加していると言われています。

樽井 そのとおりで,アジアで共通して言えることがあるとすれば,vulnerable population,つまり最も影響を受けやすい個別施策層, これまで注目されていなかったところがかなり問題だということです。 その筆頭が MSM で,対策はアジアのどこの国でもまともに行われてはいません。 たとえばタイでは,ヘテロは減少し MSM が増加するというはっきりしたデータが出ていて,莫大な資金を投入した対策も MSM にはほとんど届いていませんでした。

岩本 最初は SW からというのは,アフリカも同様ですよね。

樽井 確かにアフリカ型もアジアの一部にはありますが,まったく違うパターンもみられます。 ただ,流行は共通して欧州や米国,アフリカよりもあとから始まっています。まさにこれからなわけです。 そのようにみると,日本は先進国の一員ではなくて,完璧にアジア型なのです。つまり,陽性者の比率はまだ低いが,数としては急増しています。

岩本 ただ,個別施策層への入り方は北米,ヨーロッパ型ですよね。

樽井 そう。それは台湾や韓国も同じです。

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