■治療学・座談会■
流行の把握と施策の重要性
出席者(発言順)
(司会) 岩本愛吉
(東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野)
宮田一雄 氏(産経新聞)
生島 嗣氏(NPO 法人ぷれいす東京 専任相談員)
樽井正義氏(慶應義塾大学文学部人文社会学科倫理学専攻)

日本における流行の現状と予防施策との乖離

岩本 日本の状況について,生島嗣さんはどうお考えでしょうか。

生島 私は“ぷれいす(Positive Living And Community Empowerment)東京”という NPO 法人で,専任相談員として HIV に感染した方々やそのご家族の相談にのっています。毎年,200 人前後の方が新たに感染に気づき連絡をくださいます。そのほかに,ゲイ,バイセクシャル(MSM)の方を対象とした予防活動にも関わっています。

 これら 2 つの活動に同時に関わる理由は,相談を受けるなかでの印象で,当事者が感じるリアリティのようなものと,現在行われている予防対策とのあいだに,少し乖離があるように思うからです。マイノリティが非常に発言しにくい日本で,当事者のリアリティを多くの人と共有できるような活動をしたいと考え,HIV 陽性者に文章を書いてもらい,それをもとにリアリティを広げていく LIVING TOGETHER というキャンペーンを行っています。

 それらの活動でみえてきたのは,いわゆる個別施策層として位置付けられている外国人,MSM,セックス・ワーカー(SW)という人たちへの対策が,現状を十分に反映しているかどうかに大きな疑問があるということです。特に MSM は,行政が行うサーベイランスでは HIV 陽性者の 6〜7 割を占めています。ただ,そのデータも現状を正しく反映しているかどうかは疑問で,多くの HIV 陽性者の診療を担当する医師がもっと高いとおっしゃっています。告知直後の対応におけるカウンセリング技術や,社会で自分のセクシャリティをカミングアウトしやすいかなど,種々の要因があると思いますが,現状の正確な把握にはもう少し踏み込んでいく必要があると感じています。

岩本 今のところ,日本の流行は MSM に限局して起こっていますが,そこへの啓発は十分ではないということですね。

生島 さらに,東京でも,新宿,新橋,浅草,上野など,地域によって予防意識の浸透度がそれぞれ違います。 全国でみれば,その広がりと地域差はより大きいのではないかと思います。 いろいろな時期に,さまざまな活動が自然発生的に起きたり,行政などの努力もあったりして,少しずつは広がってきてはいますが,今後の課題はたくさんあると感じています。

岩本 私も MSM の方に対する梅毒予防の啓発用のチラシを見せてもらったことがあります。 かなり刺激的なメッセージだったので,特別な技術や方法が必要なのだと感じました。

生島 たぶん上から下へのメッセージというより,水平方向が重要だと思います。 2007 年に FM 東京と協力して,陽性者のいろいろな語りをラジオで流すキャンペーンを行いました。 そのときに,飛び道具を使って情報を届けることもかなり有効だと思いました。種々のルートでつながる必要があるなと痛感しました。

 一般の青少年向けの冊子やパンフレットには,同性間の可能性についてまったく言及していないものも多数見受けられます 。扱いはメインでなくてもよいので,きちんと触れていただくことが大事だと思います。

 ただ,学校現場でそういう情報をどうやって流したらよいかは,現場の先生たちもたいへん迷われているし,経験がないと思います。 それは,地域と連携することで,難しさを解消していく必要があると思っています。

岩本 特にいま,アジアの流行は国によってそれぞれ個別施策層が異なり,限局的な流行が起こっているという状況ですからね。

前のページへ
次のページへ