■治療学・座談会■
COX-2 阻害薬の臨床応用―期待と限界
出席者(発言順)
(司会)坂本長逸 氏(日本医科大学消化器内科)
川合眞一 氏(東邦大学医療センター大森病院リウマチ膠原病センター)
馬嶋正隆 氏(北里大学医学部薬理学)
杉原健一 氏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腫瘍外科学)

適応拡大をめざす大規模臨床試験

■大腸腺腫の成長抑制

坂本 COX-2 が腫瘍成長に関与するという見解のもとに,選択的 COX-2 阻害薬の適用拡大をめざしたトライアルが米国で行われました。 それらは大腸線腫の成長抑制に関するプラセボとの比較試験で,rofecoxib が APPROVe(大腸腺腫予防)試験, セレコキシブは APC(散発性大腸ポリープ再発予防)試験とよばれています。最近,これらの試験結果が報告されましたね。

杉原 APC 試験も,脳血管障害発症リスクの上昇により中止され,エンドポイントまでは検討されませんでした。 ですが,フォローアップ 3 年後の結果では,腺腫発生は半分近くに抑制されていました。 さらに,その時点で脳血管障害の発症リスクを検討すると,有意差はほとんどなかったということです。

 しかし,これをどう評価すべきかは,非常に難しい問題だと思います。がん腫に進展するのは 400〜500 個の腺腫のうちの 1 つだけといわれており, すべてががん化するわけではありません。また,日本でがんを総計すると, 5 年生存率が 70%を超え,治癒の確率が非常に高いのです。 それらを考慮すると,たとえば大きな腺腫の既往があるハイリスク群において大腸がん死亡をエンドポイントとした場合,選択的 COX-2 阻害薬がどの程度発がんを抑えるかの計算はなされていません。

坂本 スタディデザインが,いわばポリープの芽の成長の検討なので,ある程度の抑制が認められたというデータでしたね。

川合 APC 試験が掲載された『New England Journal of Medicine』の vol.355, no.9(2006)に,PreSAP(散発性大腸腺腫予防)試験という,セレコキシブ 400 mg/日とプラセボとの比較試験が出ていましたが, そこでもセレコキシブ投与群が有意に腺腫再発を抑制しています。 APC 試験,PreSAP 試験の両試験により,腺腫予防におけるセレコキシブのエビデンスは証明されたと言えるのではないでしょうか。

■がん化学予防と化学療法での有用性

坂本 現在も,海外ではさまざまなトライアルが行われています。 その多くは,選択的 COX-2 阻害薬の作用をがん化学療法などへ応用できないかというものです。 今後,がん化学予防,あるいは化学療法として他剤と併用することも期待されていますが,どうお考えでしょうか。

杉原 FAP の一般的な手術方法は大腸の全摘ですので,患者の QOL はかなり低下します。 私は QOL を維持するため直腸をなるべく温存するようにしており, 定期的に残存直腸をチェックすることによりがん発生の可能性の高い腺腫が発生した時点で 2 回目の手術を行っています。 温存した直腸に腫瘍抑制作用のある選択的 COX-2 阻害薬の投与を行えば,直腸を相当長い間維持でき,QOL を維持できるのではないかと考えています。

坂本 実際に臨床試験をされておられますか。

杉原 トライアルではありませんが,rofecoxib は私たちの施設で使いましたし, セレコキシブに関しても,残存直腸で腺腫減少などの抑制作用が認められました。 ですから,臨床応用は可能だと考えています。

馬嶋 FAP 患者にはかなり有用そうですね。

杉原 さらに,これまでは rofecoxib で研究していたのですが, 血管新生の抑制に有効であれば,通常の抗がん剤のメカニズムとはまったく異なるので,大腸がん治療の併用薬として効果が期待できます。 研究は,rofecoxib の供給中止で,途中です。

坂本 それはセレコキシブでもよいのですか。

杉原 よいと思います。rofecoxib と 5-FU/LV の併用療法で効果が得られなかったと報告があります。 ただ,これは症例数が十分ではなく,きちんとしたスタディではありません。私自身は,抗がん剤との併用効果を期待しており,可能なら臨床試験を実現したいと思います。

坂本 APPROVe 試験や APC 試験で散発性大腸線腫の予防効果が報告されましたが,これは国内ではあまり例がありませんね。

杉原 確かに腺腫は半減しますが,腺腫を半数に減らす臨床的意味がどれだけあるかという疑問はあります。 エンドポイントはやはり大腸がん死亡がよいと思います。

川合 最近,rofecoxib を使用したがんのアジュバント治療で CV リスクが高かったというデータが出ました。 ランダム化比較試験だったと思いますが,かなり明確な結果で,これで rofecoxib については,CV リスクが高いことがさらにはっきりしました。

坂本 長期投与ではありませんでしたね。

川合 やはり CV リスクで中断されたので,本来のエンドポイントは不明のままです。

杉原 通常,アジュバント治療は 6 ヵ月です。投与量などを工夫すれば,副作用のリスクを防ぐ方法があるのではないかと思います。

川合 われわれが,大腸がん細胞で,いろいろな選択的 COX-2 阻害薬を作用させて実験を行ったところ, セレコキシブだけに特異的にアポトーシスを誘導する作用がありました。

 FAP 患者における臨床試験で,有効性がきれいに証明されたのはセレコキシブだけです。 セレコキシブには,この特異的な作用も手伝って,より作用が出やすくなっているのではないかと思っています。

杉原 実はセレコキシブで可能なら,がんに使用してみたいと考えているのです。

坂本 がんの化学予防,化学療法としての選択的 COX-2 阻害薬の使用は,まだ米国でも認可されていません。 わが国での展開はどうなるのか,非常に興味深いところですね。

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