■治療学・座談会■
プライマリーケア医のための脂質管理
出席者(発言順)
(司会)寺本民生 氏(帝京大学医学部内科)
佐々木淳 氏(国際医療福祉大学大学院臨床試験研究分野)
菅原正弘 氏(菅原医院)
廣部一彦 氏(みずほフィナンシャルグループ大阪健康開発センター)

■生活習慣の改善(1):食事療法の指導

寺本 2007 年版では,生活習慣の改善をかなりメインに扱い, 薬物治療を最終手段に位置付けています。この生活習慣の改善では,食事療法と運動療法が 2 本柱になります。食事療法は,クリニックとしてどう指導されていますか。

菅原 私のところでは管理栄養士がいますので,定期的に栄養指導を行っています。 基本は“食事が楽しみ”になるよう,なるべく患者さんの好物を取り入れていくことだと思います。 そのためには,患者さんの食事内容を知ることが必要です。また,よく言われることですが, 摂取内容より食習慣,たとえば朝食抜き,遅い夕飯,飲酒後のラーメンなど,問題行動がないかどうか, 患者さんから聞きだします。これらの生活習慣については,質問票を作成していて,指導の基盤としています。

 さらに,患者さんの年間サイクルを把握しています。たとえばサラリーマンなら, 1 月の新年会,3 月の決算期は 1 ヵ月間仕事漬け,新年度は歓送迎会といった年間予定です。 その流れのなかで,変更可能なところからチャレンジしていただいています。

 2007 年版には 2 段階の食事療法が詳細に掲載されていますが, ただ患者さんにコピーを渡すだけではうまくいきません。 いかに患者さんの食生活に反映させることができるか,そこが開業医の最も苦心するところです。

寺本 先生のおっしゃるように,“食事を楽しむ”ことは前提になりますね。

菅原 そして,春だったらキャベツやタマネギというように旬のものを紹介します。 料理の作り方までは無理ですが,単なる一般論より,その時期の食材を取り入れると,患者さんも関心を示し,長続きしてもらえます。

■生活習慣の改善(2):運動療法の指導

寺本 厚生労働省から『健康づくりのための運動指針 2006』が出ていますが, 2007 年版では簡略化し,これまで私たちが使用してきたものをそのまま使っています。これについて,補足いただけますか。

佐々木 厚生労働省の運動指針で使用されているメッツ(安静時を 1 メッツとする)は 一般的にはあまりなじみがなく,なかなか理解しにくいのではないかと思います。

廣部 “3 メッツ以上の運動を週に 23 エクササイズ”というような書き方でしたね。

佐々木  ガイドラインは,だれが読んでも理解できて実際に行えるものではないと, 意味がありません。ですから,厚生労働省の運動指針はこれから早急に有用性などを検証する必要があると思います。 WHO(世界保健機関)が出している指針は「1 日最低 30 分歩きなさい」といった簡単な記述です。 大事なのは,エレベーターではなく階段を使うなど日常の活動量を上げることです。

寺本 食事にしろ,運動にしろ,禁煙も同様で, 気軽に無理なく長く続けられるということが重要になります。

廣部 最近,3 軸加速度センサー付きの活動量計を試用しています。 万歩計の大きさで秒単位の活動の強さがわかります。 約100 名に 1 週間つけてもらったところ,総活動時間の多い人のほうがメタボリックシンドロームになりにくいことがわかりました。 立ち仕事,家事,徒歩など軽い活動でも,総活動量の多い人がやはりなりにくいようです。

佐々木 私どもも総運動量と HDL−C 値が関係することを報告しています。

寺本 とにかく継続すれば,ある程度の効果は出てきますし,累積的な効果があるとも言われています。

■薬物療法のエビデンス

寺本 薬物療法について,どこまでエビデンスが明らかになっていますか。

佐々木 多くの国内外で実施された大規模臨床試験の結果から, LDL−C 値や背景にかかわらず,スタチン投与で20〜30%は冠動脈イベントの抑制が得られています。 さらに,総リスクの高い人ほど冠動脈イベントの低下率が高いことです。 プラバスタチンを用い,わが国で実施されたランダム化比較試験の MEGA Study の結果でも同様の結果が得られています。

 さらに,JELIS では,n−3 脂肪酸の高純度 EPA(イコサペント酸エチル)が 冠動脈イベントを有意に低下させることが明らかになりました。脂質改善薬を用いた 97 の大規模臨床試験のメタ解析の結果,総死亡率を有意に減少させたのは, これまでスタチンと n−3 脂肪酸だけでした。まさに,このメタ解析結果がわが国においても, MEGAと JELIS で証明されたわけです。あとは二次予防効果の検討だけが残されていると思います。

寺本 日本の特徴といえますが,EPA は推奨レベルもエビデンスレベルも高くなっています。

佐々木 フィブラート系薬剤に関してはそこまではっきりしたエビデンスがありません。

寺本 それで,エビデンスレベル B になっているのです。

■高齢者への対応

寺本 日本は高齢社会になり, 高齢患者の薬物療法をどう組み立てていくかが非常に重要な問題になっていますが,いかがでしょうか。

菅原 当院を受診される患者さんは地元の方が大半ですから,高齢女性が 最も多いです。まずは食事療法と運動療法を基本として,それでだめな場合にはどうすべきかが問題となります。

 2007 年版にも,前期高齢者(65 歳以上 75 歳未満)はステートメントとして出されているので,若年者と同様に対応できます。一方 75 歳以上の後期高齢者に関しては,2007 年版は各担当医に任せるというスタンスをとっています。

 日本の高齢者を対象とした前向き研究として,PATE(The Pravastatin Anti−atherosclerosis Trial in the Elderly)があります。TC 値 220〜280 mg/dL の 60 歳以上が対象ですが,平均年齢は 73 歳と高く,後期高齢者も含まれています。スタチン常用量投与群のほうが,低用量投与群に比較して, 心血管イベント発生が有意に低く,副作用も差がなかったと報告されています。また,最近 Circulation 誌に掲載された SAGE(The Study Assessing Goals in the Elderly)は対象が 65〜85 歳の虚血性心疾患既往例で,平均年齢 73 歳と,75 歳以上の方も多く含まれています。 ストロングスタチンを用いた強化群は通常治療群に比較して,1 年間で主要心血管イベントを約 30%抑制できたと報告されています。

個人的には,後期高齢者は脳梗塞,心筋梗塞を起こす確率が高く, スタチンのプレイオトロピック作用を考えると,投与しておいたほうがよいのではないかと考えています。 特に危険因子の重複しているケースには積極的に使っています。

寺本 高齢者には,よく効きます。

菅原 ただ問題は,後期高齢者には甲状腺機能が低下する橋本病の方が 7〜8%おられますので, 原疾患がないかなど,必ずチェックする必要があります。肝機能や腎機能なども落ちていますので, 副作用のチェックは,若年,中年者以上にしっかりと行っています。

■女性への対応

寺本 先ほども廣部先生がおっしゃいましたが, 男性と女性をきちんと分けて考えなくてはなりません。女性に対してはいかがでしょうか。

廣部 2007 年版では LDL−C で診ることになったので,女性の場合にたいへん意義があります。 従来の TC 値は 220 mg/dL を基準にしていたので,LDL−C でみればそれほどでもない人が多数含まれていました。 2007 年版で強調されたのは,更年期前の 40 代女性に関することで,家族性高コレステロール血症や他のリスクが重複しているケースを除き, 薬物治療のメリットは認められないということを明記しました。

 ただ,J−LIT(Japan Lipid Intervension trial)や MEGA Study では 2/3 が女性であり, 更年期以降の女性では少量の薬物服用でそれなりの効果が得られています。 更年期以降でリスクの高い女性には,健康寿命を考え,食事療法や運動療法とともにスタチンの使用も必要だと思っています。

 ただし,女性は長期服用になる可能性が高いので,安全性を考え,第一世代のスタチンや少量のストロングスタチンから始めたほうが無難だと思います。 必ずしも管理目標値までは低下しないケースもありますが,目標に到達しなくても, ある程度下げておくことでかなりの効果があると考えています。

佐々木 特に女性の場合は男性と比べ冠動脈疾患の発症リスクが著しく低く,リスク評価は絶対リスクで考えなければなりません。 今回,NIPPON DATA80 のリスクチャートが掲載されていますので, 個々の絶対リスクをおよそ知ることができるようになりました。今回は実際の使用方法を作成するまでにはいきませんでしたが, 参考にしていただきたいと思います。

寺本 私はおそらく補遺というかたちで,NIPPON DATA を使用したリスクカテゴリーを補充すべきだろうと考えています。

菅原 高齢女性は,かなりリスクは高いということになりますね。

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