寺本 廣部一彦先生は 2007 年版の改訂委員もされておられますが,産業医として,どのように 2007 年版をとらえられましたか。
廣部 菅原先生のご意見には産業医として共感する点も多いです。 ただ,健康人を含めた大きなマスを対象にしていると,たとえば「中性脂肪が 156 mg/dL だと,その方を患者さん(病人)とよぶのが適切か?」と思っています。 なかには,「高脂血症という病名がつくし,保険病名でもあるのだから,患者と言って差し支えない」という意見もあります。 しかしわれわれ予防医学の立場では,メタボリックシンドローム同様,“ハイリスク・ホルダー”といったとらえ方をしています。 脳卒中や心筋梗塞などを起こせば,患者(病人)になると考えています。
わが国では事業者に課せられた定期健診があり法定健診項目が決まっており,そこにはまだ TC が入っています。 2008 年度から LDL−C に変更されるので,1 年間ほどギャップがあることになります。 それまでは Friedewald の式を使用し対応していくことになります。私たちは数年前から LDL−C を中心にしています。 私は機会があればほとんど LDL−C で説明し,産業医間でも TC では判断しないというルールをつくっています。 だんだんと慣れてくるのではないかと思っています。
私たちが 2007 年版を使うに当たって,その特徴であるリスクの重なりを重視しようと考えています。 たとえば,健診結果の通知にも組み入れ,高血圧・糖尿病・脂質異常などを複数もっている人に対してはおのおの軽くても“ ハイリスクである”とコメントするなどです。これはメタボリックシンドロームとも関連します。 また,性差をふまえ脂質異常症を考えようというスタンスでいます。
さらに,TG 値に関わる脂質異常の扱いです。LDL−C 値も高いが TG 値も高い人,TG 値だけ高い人, LDL−C 値だけ高い人を,きちんと分けて個別に対応しようと考えています。
寺本 最近は LDL−C 値で判断することが,かなり普及してきました。 ですが,いまだに私どものところに,「TC値が高いから」と,HDL−C 値が高いだけで紹介されてきます。
廣部 それは,定期健診で毎年約 5,000 万人が測定されているという状況がありますから。 大きく変わるのは2008 年以降になるでしょう。
菅原 “TC 値は 220 mg/dL 以上が異常”ということは国民の間にも広く普及しましたので, 今後は“LDL−C値は 140 mg/dL 以上が異常”と頻繁に打ち出していけば,なじんでいただけるものと思っています。
寺本 先ほど菅原先生がおっしゃったように,市民啓発運動は必要だと思います。 2007年版の作成に携わった動脈硬化診療・疫学委員会も日本動脈硬化学会も,そのことを重視しています。
菅原 さらにマスコミ対策が重要だと思います。できれば討論会や勉強会などを行い, 情報発信源として影響力のある方々にも知ってもらう必要があるかと思います。
廣部 そういう努力はとても大切です。一般論として,本はアンチのものだけが出版され, まともな本は売れないので出ませんから。
寺本 佐々木先生,危険因子の考え方について,まとめていただけますか。
佐々木 LDL−C 値以外の主要危険因子として,加齢,高血圧,糖尿病,喫煙,冠動脈疾患の家族歴, 低HDL−C 血症を取り上げています。文献では動脈硬化性疾患の危険因子は 200 以上報告されており, 主要なものを取り上げました。そのなかに,高TG 血症は入っていません。
というのは,TG に関する疫学エビデンスはわが国でも発表されてきましたが, 独立した危険因子としてまだ十分確立されていないからです。単相関が認められても, HDL−C 値で補正すると相関がなくなることが多いわけです。
また,高 TG 血症は,TG 値を下げる薬剤があり,保険診療ができますが, 低 HDL−C 血症は,HDL−C 値を特異的に上げる薬剤がなく,考慮すべき危険因子として対応しています。 もちろん,LDL−Cの管理と同時に合併する危険因子の修正を行うことが重要です。
寺本 動脈硬化性疾患という用語には,種々の疾患が含まれます。 ですから,危険因子もかなり広範囲なので,それらを包括的に検討していかなければいけません。
寺本 危険因子が増えれば,治療はより積極的に,ということになるかと思いますが, 患者さんに対し,どのようなかたちで治療をすすめられておられるのでしょうか。
菅原 脂質異常が発見される機会は健診が圧倒的に多いのですが,
他の疾患でフォロー中の患者さんに偶然発見されるケースも少なくありません。
その場合には,すでに他のリスクを抱えているわけですから,十分に配慮します。
いろいろな危険因子がありますが,特に重要視しているのが喫煙です。
禁煙が達成できればリスクは相当軽減されますし,それは意志によって実現可能です。
通院されている生活習慣病の患者さんの喫煙率は,
そのクリニックの生活習慣病に対する姿勢と診療能力を反映しているとも考えられ,重視しています。
寺本 禁煙は非常に重要な問題で,日本は文明国でありながら,欧米の方が驚くくらいに喫煙率が高い。 産業医の先生方も非常に腐心されているのではないでしょうか。
廣部 禁煙を推進することはとても重要です。私たちが行った心筋梗塞発症率調査(3M study)でも,喫煙は非常に高いリスクでした。 また喫煙は,完治できる慢性疾患のナンバー 1 と言われています。
禁煙サポートは個別対応ですが,できるだけシステマティックに行いたいと考えています。 具体的には,全社員と接点のある定期健診をいかに利用するかということに尽きます。 定期健診の問診では,喫煙に関する質問でかなりの分量を割いています。 喫煙量,ライフスタイルとの関連,喫煙に対する意識などです。 受診者の回答は,「今のままでよい」,「本数を減らしたい」,「低ニコチン,低タールにしたい」, 「できればやめたい」とさまざまです。
この「できればやめたい」と答えた人には,その場で禁煙サポートのルートに乗れるような体制をとっています。 そこで呼気中の CO 濃度や尿中コチニン(ニコチン代謝産物)濃度を測定し個別禁煙指導をしています。 毎年継続していると,「今はやめる気はない」という人のなかにも,「あのときはああいう話も聞いたな」, 「CO 濃度がとても高かった」,「尿中にコチニンがたくさんあった」などと思い出し, 将来の禁煙の契機になります。このような地道な禁煙サポートの積み重ねが大切だと思っています。
寺本 2007 年版には,喫煙のリスク,禁煙の効果など,日本人のデータを掲載しています。 おおいに利用していただき,禁煙のメリットを認知してもらうことが重要です。
菅原 5 年,10 年ではなくて,禁煙から 2 年で効果が出てくることを患者さんにお話しすれば, だいぶ変わってきます。
佐々木 欧米では,心筋梗塞による死亡率がおよそ 20 年で 50%近く低下しています。 その寄与因子を調べた結果,禁煙がおよそ 50%でした。
廣部 しかも最も安価な方法ですね。