寺本 2007 年 4 月 25 日に,『動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 年版』(2007 年版)を公表しました。改訂の背景を簡単に説明すると,次の 2 つです。 1 つはわが国の生活習慣が欧米化あるいは都市化し,栄養学的に,疫学的に変化したことです。 もう 1 つは,前回の『動脈硬化性疾患診療ガイドライン 2002 年版』(2002 年版)の公表以降わが国でも , NIPPON DATA(National Integrated Project for Prospective Observation of Non−communicable Disease And its Trends in the Aged)80 や磯先生, 北村先生たちの大規模な疫学調査結果が次々に論文になりました。 さらに MEGA(Management of Elevated Cholesterol in the Primary Prevention Group of Adult Japanese)Study, JELIS(Japan EPA Lipid Intervention Study)という介入試験結果も発表されています。 本格的なエビデンスが日本でも得られたので,これらを集約したガイドラインを作成したいという気運が高まってきました。
その間,種々の研究レベルも向上して,リポ蛋白や動脈硬化という概念がかなり明確になってきました。 それらを盛り込むことも改訂動機の一部です。これらを前提に,本日は話を進めていきたいと思います。
寺本 佐々木淳先生,ガイドラインの概要をご説明いただけますでしょうか。
佐々木 予防に重点をおき,名称を 2002 年版の“診療”から“予防”ガイドラインに変更しました。 主な変更点は,これまでは“高脂血症の診断基準”でしたが,これに低 HDL−コレステロール(HDL−C)血症が含まれるのは不自然だという議論が以前からあり, 2007 年版では“脂質異常症(dyslipidemia)”という国際的な呼称に変更しました。
また診断基準,管理目標値から総コレステロール(TC)を省きました。 TC 値より LDL−コレステロール(LDL−C)値のほうが動脈硬化に強く関係していることから, コレステロール値は LDL−C 値により管理する必要があるからです。 特にわが国では TC 値のほうが普及していたので,2002 年版までは併記していましたが,2007 年版でいよいよはずしたわけです。
診断基準の数値に関しては,変更が必要なエビデンスはなく, これまでどおり LDL−C 値は 140 mg/dL 以上,HDL−C 値は 40 mg/dL 未満,トリグリセライド(TG)値は 150 mg/dL 以上のままです。
ここで強調したいのは,これらの値を超えたら即座に薬物治療に移るという基準ではないということです。あくまでもスクリーニングのためのもので, リスクの低い人には生活習慣の改善を,リスクの高い人には生活習慣の改善を行うとともに薬物治療の併用を考慮するべきことを明記しています。
|
佐々木 リスク別脂質管理目標値では一次予防と二次予防を明確に分けました。 そして,一次予防をさらに 3 つに分け,低リスク群,中リスク群,高リスク群としています。 具体的には,LDL−C 値以外の主要危険因子,つまり加齢(男性なら 45 歳以上,女性なら 55 歳以上),高血圧,糖尿病(耐糖能異常を含む), 喫煙,冠動脈疾患の家族歴,低 HDL−C 血症,の数によって,0 なら低リスク,1,2 個は中リスク,3 個以上は高リスク,となっています。 すでに糖尿病,脳梗塞,閉塞性動脈硬化症の既往がある人は高リスク群に入ります。各群の管理目標値は 2002 年版と同様です。
今回,管理目標として LDL−C 値低下率が新たに導入されました。 LDL−C 値の低下率と冠動脈イベントの抑制率との関係は,LDL−C 値をある程度低下させると抑制率はそれほど上昇しなくなり, 飽和曲線に近い状態になります。つまり,LDL−C 値を 20〜30%減らせれば,それ以上減らしても抑制率はそれほど変わりません。 それで,2007年版では管理目標値とは別に,LDL−C 低下率も管理目標として提言しています。また高 TG 血症の場合には,nonHDL−C を使うことも新たに提言しました。
寺本 2007 年版について,菅原正弘先生,実地医家の立場でどう受け止められましたか。
菅原 確かに患者さんには“高脂血症”という用語に違和感があったようです。たとえば糖尿病も同様で, 「注意するのは尿糖ではなく高血糖なので,高血糖症がわかりやすい」と言われたこともあります。変更直後なので, “脂質異常症”にもなじんでいませんが,メタボリックシンドロームと同様,そのうち違和感はなくなるでしょう。
また 2002 年版では,本文中に LDL−C 値を重視すると記載されていても,表の最初に TC 値が出ていました。 そのため,患者はどうしてもTC 値を意識してしまう。2007 年版では削除されたので, 今後は LDL−C 値を中心に進めるといったメッセージが,医師だけでなく患者さんにも伝わると思います。
ガイドラインは医者も大事だが,一般の人にどうやって普及させるかも重要だと,私は考えています。 特に LDL−C 値については,当然下げたほうがよいのですが,新聞や週刊誌に「コレステロール値は高くてもいい」といった記事がしばしば掲載されます。 こういう状況下では,医者がいくらエビデンスに基づいた話をしても,なかなか聞き入れてもらえないといったこともあります。 まず,誤解を解くことからスタートしなければなりませんので,多くの時間と労力を費やしてきました。 今回の改訂を機に一般の方にもガイドラインが浸透すると,治療に入りやすくなるでしょうね。
菅原 2007 年版は,変わったかなと思う反面,数値はそう変わっていませんね。数値はいずれも踏襲されていますから,あまり混乱はなかったと言えます。
最近は脳梗塞でも,ラクナ梗塞よりアテローム血栓性脳梗塞が非常に増えてきています。 2002 年版は動脈硬化性疾患という名称でも心筋梗塞のほうがメインでした。 今回はそのあたりに注目していましたが,脳梗塞の扱いには変わりがありませんでした。 危険因子のなかにも,心筋梗塞の家族歴はあっても,脳梗塞の家族歴は含まれていません。
中性脂肪の扱いも変わらなかったですね。健診から受ける印象では,HDL−C 値が低い方は非常に少なく,危険因子として拾い上げるのは難しいです。 より異常値を示す頻度の高い中性脂肪値も危険因子の項目に入れていただきたかったですね。