小川 急性期治療を担当したら,慢性期はプライマリケアの先生に診ていただくということがかなり多いと思います。 そのときに大事になるのが二次予防だと思います。二次予防についてお願いしたいと思います。
宮内 二次予防は冠危険因子のコントロールに尽きると思います。 特に高血圧,脂質異常症,糖尿病という生活習慣病のガイドラインに基づく厳密な管理が重要です。 目標値は,新しい『動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 年版』では,2 次予防の LDL コレステロールの目標値は 100 mg/dL となっています。 ACS は安定型の虚血性心疾患に比べ 1 年間で心血管事故のリスクが 10 倍高いと報告され,その理由として責任病変以外に不安定プラークを保持しているためといわれています。 このため,米国では ACS に関してはオプションではありますが 70 mg/dL が目標値となっており,LDL コレステロールは十分下げる必要があります。
次に血圧ですが,『日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン 2004 年版』では若年・中年の高血圧患者の降圧目標値は 130/85 mmHg となり, 糖尿病を合併すれば 130/80 mmHg となっています。 以前言われていたような J カーブ現象,過度の降圧はかえって心疾患を増やすということは否定されているので, 最適血圧とされる 120/80 mmHg をめざした厳密な降圧の方向にあります。 基本薬は,虚血性心疾患の場合はβ遮断薬と,ARB か ACE 阻害薬となりますが,十分な降圧が得られなければ Ca 拮抗薬を加えることになります。
糖尿病のコントロールは,HbA1cを用いて 6.5 を目標値としますが,現実的には非常に難しいと思います。 ただ,急激にではなく,徐々に近づけます。
使用薬剤も心不全と同様に負荷をとる治療が中心になってきています。 インスリンを強制的に放出させるというより,今出ているインスリンの感受性を上げる薬剤,たとえば PPARγに作用するピオグリタゾンのような薬,α−グルコシダーゼ阻害薬(α−GI)を使う,インスリン抵抗性を改善する薬剤を最初に用います。 それでも効果不十分の場合には,スルフォニルウレア(SU)薬を使う流れにあります。 実際,糖尿病の虚血性心疾患患者に対してはインスリン感受性を上げる薬剤のほうが,SU 薬より長期予後を改善するという報告があります。
小川 石原先生,それ以外の薬としては,いかがでしょうか。
石原 まず抗血小板薬に関しては,今はアスピリン薬が主流になっています。 もうひとつ,今はステントを使って治療していますので,パナルジンをどうするかという話になります。
パナルジンの場合,副作用として,ごく少数ですが,汎血球減少症による症状が出ます。 この多くは発熱です。それらを単純に風邪と診断して,抗炎症薬などを投与されてしまうと, 発見が遅れてたいへんなことになる可能性があります。 そういったことをいちおう理解したうえで使用していただき,疑いがあれば,専門医に送り返してもらいたいです。
特に投与期間は,従来のステント(bare metal stent:BMS)を使った場合には 1〜2 ヵ月ですが, 薬剤溶出性ステント(drug−eluting stent:DES)の場合には少なくとも最低で 1 年は投与しなくてはいけません。 場合によってはさらに長期投与が必要となります。そのあたりのことは専門的治療を行った先生と相談しながら進めていただきたいと思います。
石原 先ほどの 3 つのリスクファクターに関していえば,脂質異常症の治療は,スタチンの登場以来, プライマリケアの先生のほうがむしろ私たちよりもしっかりとされているので,まったく問題はありません。 ただ投与時期は,MUSASHI−AMIの結果では,早期から投与してよいという結果は出ています。
また高血圧に関しても,レニン・アンジオテンシン系(RAS)を抑制する薬が基本になることは間違いなく, β遮断薬も当然加えなければいけません。しかし,日本人はスパスムが多くて,まったくスパスムの既往がなかった患者さんがその後スパスムを起こして来られることも, 私自身経験しています。ですから,Ca拮抗薬もこれまでのように目の敵にする必要はないと認識する必要があります。
特にリスクファクターで重要なのは,糖尿病です。平均すると 4 人に 1 人の患者さんが糖尿病をもっておられますが,残りの人たちに経口ブドウ糖負荷試験(Oral
Glucose Tolerance Test:OGTT)をしてみると,糖尿病,耐糖能障害(IGT),それから正常とがほぼ同じ比率となり,結局,半数程度が実は糖尿病を合併しています。
IGTを含めると,約 3/4 がなんらかの耐糖能異常をもっています(図 2)。
これらの人たちは食後高血糖に関係していて,決して予後が良い人ではなくて,しっかり治療しなければいけない方々です。 まず,そういう人をきちんと診断していく。HbA1Cが高くないからといって安心せずに, 心筋梗塞やACS を起こした人はその時点でハイリスクですから,きちんと OGTT を行う。 もし 4 回採血がたいへんでしたら,前値と 120分値だけでかまいません。 あるいは,1 日は空腹時血糖値を測定し,次のときにはブドウ糖を飲んでもらい,2 時間後に採血してみる。 それで診断していただいてもよいと思います。
石井 ACS の二次予防については,心筋梗塞の二次予防ガイドラインが先日出ましたが, 食生活の改善や運動の励行が推奨されています。ただ,厳しいのは食塩を1 日 6 g 以下ということです。 生活習慣の改善が基本的に最も重要で,その後に,薬物治療となります。 薬物療法はガイドラインに具体的にわかりやすく出ていますから, そういったものを目安に行えばよいと思います(図3)。
石井 抗血小板薬の投与時に,われわれ循環器医が見落としやすいのですが,消化管出血が非常に多く,そちらのケアも必要かと思います。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の消化管出血で死亡する人は,米国では AIDS と同程度だそうです。 通常の H2ブロッカーの量では効果がないとも言われておりますので,保険適用はありませんが, たとえばプロトンポンプインヒビター(PPI)なども選択肢のひとつとして,今後考えていく必要があるのではないかと思います。 心臓は良くしたけれども,別のことで亡くなったという話になると,患者さんにとっても私たちにとっても不幸なことです。
小川 PPI は,アスピリンなどの副作用の予防には有用だという話は聞きます。
石原 確かに,私どもでも短期間に何例か,消化管出血を経験しました。 ある PCI 後の患者さんは,「最近胸がしんどくなってきた」と言うので,再狭窄になる狭心症を疑って入院させてみたら, ヘモグロビンが下がっていて消化管出血でした。今では PPI を最初の数ヵ月はルーチンで出しています。
石井 消化器科の先生に迷惑をかけることがありました。
宮内 われわれの施設でも消化管出血は年に数例と頻度は少ないのですが, 緊急入院となることが多く,大きな問題となっています。 NSAIDs 潰瘍で消化管出血が発生すればアスピリンとチクロジピンの両者を中止せざるをえませんので, この予防のため標準プロトコールには PPI を加えています。
小川 日本でも,臨床試験が開始されるという話もありますね。
小川 致死的な不整脈に対する治療は,非常に難しいと思いますが,宮内先生のところはどうされていますか。
宮内 β遮断薬は基本治療としており,不整脈の発生閾値を上げるようにしていますが, 心機能良好例ではあまり心配はしていません。問題は心機能不良患者での心室性不整脈で,アミオダロンを処方しています。アミオダロンを処方しても,1 回でも失神ないしは心室頻拍(VT)が起これば植え込み型除細動器(ICD)の適応と考えています。
石原 不整脈に関しては,頻度が日本人の場合は低く,米国人では多いようです。 日本人は非常に頻度が少ないので,心機能が悪いだけでICD をするというのは,少なくとも日本では現実的ではないと思っています。
ただ,宮内先生がおっしゃったように,アミオダロンをいったん投与して, それから ICD にいくかといえば,われわれのところは,エピソードがあったらすぐICD というようになってしまいます。 アミオダロンは,ICD を導入後,それでも起こるような人に追加で出すという場合がむしろ多いです。 突然死の予防効果は現在,アミオダロンよりICD のほうが高いとされていますから, 心機能が悪くて 1 回エピソードがあるとわかれば,ICD 適応としています。 その後の不整脈の予防にはアミオダロンは有効だろうと考えています。
石井 石原先生のご意見にまったく同感です。先ほど宮内先生もおっしゃいましたが,低心機能でないかぎりはほとんど問題にならないかと思います。
小川 むしろ十分に薬物治療でやったほうがよいということですね。わかりました。